エログロ上等な百合ゲー世界に転生したTS淫魔さんは双子の姉を守り抜きたい

こびとのまち

オオカミとウサギの関係性

「──というわけで、明日その子と会う予定なの」

「えっ? えっ? えぇええ……!?」


 突然のことで戸惑うかもしれないけれど、どうか耳を傾けてほしい。ボクは今、思わず頭を抱えたくなるような非常事態に直面している。


 簡単に状況を説明すると、双子の姉が特に親しくもない同級生と密会の約束を交してきたのだ。なんでもがあるんだとかで、放課後の校舎裏に呼び出しを受けたらしい。


 そんなことを姉自身の口から聞かされたボクは、激しく動揺し取り乱した。あわわわわ……!


「そ、それはダメ! うぅ、お願いだから行かないで、お姉ちゃん……」


 いつものようにボクの部屋でくつろぎ、就寝前のスキンケアをしているマイペースな姉。そんな彼女の腰へと縋りつきながら、ボクは必死に懇願する。


「え~? でもさ、一度交わした約束は簡単に破っちゃいけないと思うのよね、お姉ちゃんは」

「それでも……ダメなものはダメだから!」


 姉の正論すぎる返答に対し、ボクはといえば駄々をこねる子どもみたく「ダメ」と繰り返すことしかできなかった。


「その子ね、とっても緊張した面持ちでわたしに声をかけてきたの。もしかすると今頃は、明日に備えて心の準備とかしているのかも……」

「うぐぅ」


 耳元でそう囁く姉の声音には僅かに喜色が混じっている。きっと、その子から告白される未来なんかを想像したのだろう。最終的に想いを受け入れるかどうかは別として、他人から好意を向けられるのって嬉しいことだもんね。純情な我が姉らしい反応だ。


「ねぇ侑咲、どうして明日会いに行っちゃダメなの? お姉ちゃん、理由が知りたいなぁ。ふふっ」

「……それは、言えない、けど」


 堪らず俯く。理由なんて言えるわけがなかった。


 だって……この世界が実はエログロ上等な百合ゲーの舞台で、お姉ちゃんはヒロインたちから凌辱される運命にある主人公だから、なんて説明したところで信じてもらえるはずがないのだもの。





 この世界の正体ってやつに気づいたのは、たしかボクたち姉妹がピカピカのランドセルを背負って小学校に通い始めた頃だったか。やがて幼馴染となるショートヘアの少女、慧沙えすな あおとの出会いによって、眠っていたボクの記憶は呼び覚まされる。


 蒼はボクたちのことをオオカミ、ウサギと呼んだ。姉の名前が逢華おうかでボクの名前が侑咲うさだから、という非常に安直な発想から生まれた呼び名である。


 そして、ボクはそう呼ばれる双子姉妹の存在をから知っていた。




 『スズランにくちづけて』というタイトルのゲームをご存知だろうか?


 それは所謂、成人向けの百合ゲーだ。植物に関する知識があれば顔をしかめたくなるようなタイトルのそれは、過激な性描写と残酷描写を売りにしている上級者向けの代物だった。


 そんな内容だとは露知らず、美麗なイラストに騙されてパッケージ買いした前世のボクは……それはもうしっかりとトラウマを植え付けられてしまった。あれは生まれ変わりを経た今でも苦い思い出である。


 で、その百合ゲーでめちゃくちゃのぐちょぐちょにされる主人公の名前は小日向 逢華。そう、ずばり今世でのボクの姉というわけだ。


 ちなみに、ボクこと侑咲もルートが用意されたヒロインのひとりだったりする。当事者になった身としては、まったくもって迷惑極まりない話なのだが……。




 うん。この際だから、侑咲ルートの展開についてもさらっとネタバレしてしまおう。


 作中における侑咲は、自分の半身のような存在である姉に異常なほど依存し切っていた。そんな姉がヒロインたちと友人の域すらも超えかねないほどに親しくなっていく様を見せつけられる日々は、彼女にとって耐え難い苦痛そのものだったのだろう。その内心は、次第にどす黒い嫉妬と情欲で染まっていく。

 そして、他ヒロインと主人公の親密度が一定のラインを超えたタイミングで、妹との間にいくつかのフラグが立っていると侑咲ルートへ突入するのである。


 ルート突入後には、姉の心を独占するために侑咲が幾度となく過剰なを仕掛けてくるようになる。そのスキンシップの内容はアウトな方向に際限なくエスカレートしていき、やがては……。


 ぎりぎり残酷描写こそないものの、救いようがないドロッドロの共依存関係に堕ちて壊れていく展開は筆舌に尽くし難かった。ルート中盤以降なんて、姉妹揃って目からハイライトが抜け落ちてたもんなぁ。


 エンディングが流れ終わった直後にボクは思わずこう呟いた。「オオカミとウサギって呼び名のくせに、関係性はまるっきり逆じゃないか!?」と。


 こほん、閑話休題。


 何はともあれ、蒼のつけた呼び名によってそんな記憶が溢れるように蘇ってきたのである。


 記憶を取り戻した当時のボクは、ショックのあまり一週間ほど高熱で寝込んだ。そうして熱にうなされるボクを、何も知らない姉は甲斐甲斐しく看病してくれた。ボクの姉は幼い頃からいつだって優しい。そんでもって、慈愛に満ち溢れた聖母のような存在だ。さすがは皆から愛される百合ゲー主人公!


 熱が引いて心身ともに復活したその日、ボクは密かに心の内でふたつの誓いを立てた。


 ひとつ。ボクは絶対に作中の侑咲みたいな歪んだ妹にはならない。

 そもそも自分は前世の記憶を持つ転生者である。姉に依存していた侑咲とは別人と言っても過言じゃないし、実際依存していない。このまま健全な姉妹の関係を続け、姉に迷惑をかけないような真っ当な人生を志すべきだろう。


 ふたつ。姉をヒロインたちの魔の手から、そして数多のエログロ展開から守り抜く。

 ぶっちゃけ、展開のエグさでいえば侑咲ルートはまだまだ無難な部類なのだ。何せ、ルートによっては画面が真っ赤に染まったりするからね。

 ボクは転生者ではあるが、同時に逢華の妹でもあるわけで……血の繋がった姉が酷い目に遭う未来を黙って受け入れるわけにはいかないのである。


 そんな誓いを胸に成長を重ね、遂に作品の舞台である籠ノ宮高校へと進学したのがちょうど半年前。幸いなことに、幼馴染である蒼以外のヒロインたちとは深く関わる機会すらないまま、あっさりと二学期を迎えることができた。


 で、ほんのちょっとだけ油断して無意識に気を抜いていたのがいけなかったのだろう。今日になって、こんな非常事態に陥ってしまったってわけ。ぐぬぬ。




 それにしても、まさかいきなりヒロインのひとりが姉を呼び出すなんてなぁ……。何のフラグも立っていないはずなのに、些か展開が急すぎるのではないか。と、この世界の神にクレームを投げつけたくなる。


 まあ、いるかどうかも分からない神に矛先を向けたところでどうにもならないか。そんな暇があるなら頭をフル回転させ、どんな手段を使ってでも姉を説得しなければ。


「お姉ちゃん、お願いだから考え直して! その代わりにボク、なんでもするから……ね? ね?」


 とりあえず今は、しつこく食い下がり続けるしかあるまい。もちろん簡単に折れてくれるだなんて都合の良いことは考えていないが、いつかは──




「今、って言った?」




 ……ほぇ!? ちょっ、顔が近い!


「ねぇ、今なんでもするって言ったわよね!? ホントになんでもしてくれるの?」

「えっ……う、うん、もちろん」


 予想外な姉の食いつきっぷりに、ボクは思わずたじろいでしまう。こんなに目の据わった姉は珍しい。一体どうしてしまったのだろう。


 いや待て、落ち着いてよ〜く考えてみろ。この展開って、ボクにとってはかなり好都合なんじゃないだろうか。だってほら、いつも優しい姉が妹のボクに危険なことをさせるとも思えないしね。


 よし、このまま話を進めてしまおうじゃないか。


「ボクにできることならなんでもするからさ、明日はその子と会わないでね……って、聞いてる?」

「えへへ、何してもらおうかなぁ。迷っちゃう〜」

「……お、お姉ちゃん!?」


 あれ? どうしてか分からないけど、ちょっぴり不安になってきたかも。前言撤回すべきかどうか迷い始めたボクを尻目に、姉がを口にする。


「う〜ん。だったら、わたしの頬っぺに侑咲からキスをしてもらおうかな」


 良かった、危惧したほどヤバい内容じゃないや。

 もちろん赤の他人にそんなことお願いされたらドン引きするけれど、仲良しな姉妹の間柄だったら頬っぺにキスするくらい普通のことだ。たぶん。


「わ、わかった。えっと、じゃ……さっそくだけどやっちゃうね? いい?」

「えぇ、お姉ちゃんはいつでもウェルカムよ!」

「……うぇるかむ!?」


 あのさ、そんな露骨に期待しまくりな態度で待ち構えられてしまうと、なんだか変に意識しちゃって恥ずかしくなってくるんだけど……。


「ほらほら、早く〜」

「うぅ、急かさないでよ、お姉ちゃん!」


 姉の頬っぺへと近づくにつれて、自身の顔が熱くなっていくのがわかる。なんだこれ、なんだこれ!?


「あと少し、だね。楽しみ」

「うぅうう……」


 ええい、ままよ!


 ボクはなるべく余計なことなど考えないよう精神統一しながら、姉の柔らかい頬っぺに唇を押しつける。直後、鼻腔にふわりと甘い香りが流れ込んだ。


「…………んっ」


 数秒の沈黙を経て、ボクは姉からゆっくりと距離を取る。そして、まだ熱い顔を隠すように背け、乱れてしまった呼吸を整えることに集中する。


「ふふっ、ありがと。わたしへの愛が唇の先からひしひしと伝わってきたわ。それにしても侑咲ってば、お姉ちゃんのこと好きすぎでしょ。一瞬でそんなに赤くなっちゃって……可愛い!」

「お姉ちゃん、たま〜に意地悪になるよね……」


 とりあえず姉は満足してくれたみたいだし、ヒロインからの呼び出しなどという地雷イベントも無事に回避できるわけだから全然いいんだけどね。

 落ち着きを取り戻し始めた頭でそんなことを考えていると、澄んだ表情の姉が静かに囁きかけてきた。


「それじゃ、これからは最低でも一日一回、よろしくね? お姉ちゃんはいつでもウェルカムだから」


 …………?


「えっと、よろしくって……何が?」

「何がって、またまたすっとぼけちゃって〜! そんなの当然、キスのことに決まっているじゃない」

「ん? んんんんん!?」


 んんんんんんんんんんんんんん!?


「わたし、侑咲からキスしてもらうのが一度限りだなんて言っていないもの。ふふっ、そうでしょ?」


 姉はそれだけ言い放つと、嬉しそうに颯爽と自分の部屋へ帰ってしまう。その背中を呆然と見送ったボクは、下唇に指を添えつつ涙目でこう叫ぶことしかできなかった。


「そ、そんなの屁理屈だぁ〜!!!!」


 ぐすん……。


 こうしてまんまと姉に嵌められつつも、差し迫ったバッドエンドの芽を摘むことには一応成功したボクなのであった。めでたしめでたし。





「……で、どうしてお姉ちゃんはボクのベッドに我が物顔で潜り込んでいるのかな!?」

「ふふっ、偶にはそんな日があってもいいでしょ。ほら、昔はよく二人で一緒に寝たじゃない?」

「いや、それはお姉ちゃんがひとりじゃ怖くて眠れないって駄々を捏ねるから……」

「そうね、侑咲はお姉ちゃんに甘いものね」


 そう嬉しそうに呟きながら、肩を揺らして姉がくすくすと笑っている。その笑顔は妹であるボクの目から見ても可愛らしい。まあ、そんなことは今どうでもいいんだけどさ。


「もう、お姉ちゃんってば!」

「ふっふっふ〜」


 要するに、歯磨きをして寝る準備万端の状態で自室へ戻ってきたら、ベッドが姉に占領されていたというね。つい先ほどは、逃げるようにして出て行ったくせに……。まったくもって油断ならない姉である。


「ねぇ、いつまでも突っ立ってないで、侑咲もベッドに入ってきたら? 明日も学校があるんだから、あんまり夜更かしは良くないわよ」

「ボクが今こうして突っ立っているのは、お姉ちゃんの所為なんだけどね……!? というか、高校生にもなってシングルベッドに二人は厳しくない?」

「大丈夫、わたしたち姉妹揃って小柄だから。くっついて寝れば、十分余裕あると思うわ!」


 お姉ちゃん、さっきからやたらとテンションが高くない? もしかして、キスの流れからずっとそのテンションを維持している感じ……?


「そういえば、さっきはなんでキスなんてお願いしてきたの? たしかになんでもするとは言ったけどさ」

「だって侑咲、最近妙にわたしから距離を取ろうとするんだもん。ほら、早く隣においで」


 促されて仕方なくベッドに寝転びながら、ボクは姉の言葉に反論する。


「そりゃそうだよ、ボクたちもう高校生だよ? いつまでも幼い頃と同じではいられないって」

「え〜!? そんなの寂しい! ぐすん、姉離れを考えるにはまだ少し早いんじゃないかしら」


 明らかな嘘泣きとともに上目遣いでじっとボクを見つめる姉。彼女の常套手段だけど、その手にはさすがに乗らないからね?


 そもそもボクが距離を取っているとは言っても、一日中くっついて行動していることには変わりないんだよなぁ。だって姉から目を離したら、何か危機が迫ったときに守れなくなっちゃうもん。


「まさか、お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃった?」

「も〜、そんなわけないじゃん! こんな可愛くて優しい姉を嫌いになる妹なんていないから!」


 何度でも言うが、ボクの姉は百合ゲーの主人公なだけあってお世辞抜きに可愛らしい。昔からそれは理解していたけれど、最近はその可愛さにますます磨きがかかっているように感じる。しかも、高校生ともなれば色気まで醸し始める年頃なわけで。


 そんな姉に幼い子どもの頃と同じような距離感でベタベタされては、ボクの理性が揺らがないとも言い切れない。何しろボクの前世での性別は男なのだ。


 いや、侑咲として歳を重ねた今ではもう自分のことを女としか認識できないし、姉に対して家族以上の感情を抱くこともないんだけどね。


 とりあえず、万が一ということもあるから適切な距離感ってやつは大事にしたい。ボクはそう思っているのに……姉はそんなこと知るもんかと言わんばかりに容赦なく甘えてくる。


「お姉ちゃん、が絡まって……」

「ふふっ、こうしていると落ち着くのよね〜」

「くっ、くすぐったいんだってば! ひゃああっ」


 掛け布団の裏側でがくるくると絡み合う。もちろん悪戯な姉の仕業である。

 くすぐったさのあまり意図せぬ嬌声が漏れ出たボクは、枕に深々と顔を沈めた。





 ……ん? 人間には生えていないだろうって?


 あぁ、そういえばひとつ重要なことを説明し忘れていたよ。この世界の住人は──
















 約半数が淫魔なんだよね。

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