第5話 アリスさん、初めて日本のスーパーへ行く
父さんが運転する車に揺られて数分。
家から最寄りのスーパーに到着すると、僕たちは駐車場に止めた車から出た。
僕からすると、学校の登下校でも傍を通る途中にある、いたって普通のスーパー。いつも見慣れた場所に、アリスさんは爛々とした瞳で見ていた。
「さて、選ぶものは健斗に任せていいな?」
「うん。それに昼食作った時のこともあるから、アリスさんにも食材選びながら訊きたいし」
父さんからの質問に答える僕。その話をすぐ傍で聞いていたアリスさんがこっちへ振り向いてきた。
昼食を作った時、最終的に卵焼きにしたけど、最初は卵かけご飯に使おうとした。
その時、フランスでは卵を生のまま食べる習慣がないことを初めて知った。味の好みやアレルギーの他に、フランスでの食べ方の違いがないかを聞きたい。
せっかくアリスさんが留学しに日本へ来たのに、嫌な思い出が残るのはよくない。僕ができることと言えば、作る用意するご飯に気を付けること。
それくらいしかないけど、できることはしておきたい。
他のことは父さんや母さんがサポートするはず。アリスさんがホームステイすると決まった時点で僕にも話してほしかったけど。
そんなことを思いつつ、僕たちはスーパーに入店する。その後、カゴとカートを取ると、アリスさんが僕に顔を合わせてくる。
「ケントさん」
「どうしたの、アリスさん?」
話しかけてきたアリスさんに僕は言葉を返す。すると、彼女が店内の先を指差してきた。その先、お菓子コーナーをウキウキした顔をして見つめていた。
すると、傍にいた父さんが話してくる。
「お菓子か。確かにフランスじゃ見かけないものがいっぱいあるな」
言われてみると、日本で売られてるお菓子は和洋折衷、多種多様だ。それに、僕も日本で売られてるお菓子しか知らない。フランスのスーパーで売られてる商品との違いを教えてもらえるいい機会かも。
とは言っても、お菓子より先にまず買い足すものがある。
「お菓子は最後に買うけど、先に明日からの食事の食材を買うのが先だよ。そのために来たんだ。今のうちにアリスさんに食べられるものとか教えてもらわないと」
「へぇ。健斗も献身的だな? それとも、相手がアリスちゃんだからか?」
また父さんがからかってきたよ。
こうなったら、無視してアリスさんと食材を選んで、食べられるものを教えてもらおう。そう考えた僕は彼女に話しかけた。
「アリスさん。先に食材を選びたいんだ。アリスさんが食べられるものとか、食べられる料理とか一緒に選びながら教えてもらえる?」
そう言うと、目が合ったアリスさんは明るい表情のまま首を縦に振ってくれた。それを見て、僕はカゴをカートに乗せて移動していく。
そして、真っ先に向かったのは生魚コーナー。切り身や、おろされていない魚が並んだ棚へと着いた。その後に僕はすぐにアリスさんに話しかける。
「昼間に生卵の状態で食べないって聞いたけど、生の魚とかもフランスじゃ火を通して食べるのが普通なの?」
アリスさんへと尋ねると、僕の言ったことに頷いてくれた。
卵だけじゃなくて、魚も生で食べないのか。肉は日本でも加熱するのが普通だから問題ないけど、日本だと魚は生でも食べる。
聞いておいてよかった。もしアリスさんと外で食事する時に粗相しなくて済む。
「それと、アリスさんはフランスでどんな魚料理食べてたの?」
「
「ぽわそんむにえる? と、まくろ、お……? って?」
アリスさんの口から急に聞いたことのない言葉が出てきた。二つ目に関しては聞き取ることもできなかった。そんな僕の様子に気付いたのか、話してくれたアリスさんも困り顔になってしまう。
するとすぐ傍から、
「
と、父さんが翻訳してくれた。
その説明を聞いて、僕は自然に「へぇ」と声が漏れた。
「フランスも北は大西洋、南に地中海、西にイギリス海峡に挟まれた国だから、魚料理も多いんだ。ただ、日本みたいに生のまま食事する文化がないってだけだ」
「まあ、日本でも火を通す魚料理もあるわけだし、サバも出てくるなら、魚料理は問題なさそうでよかったよ」
よく考えてみたら、日本だって生で食べない魚を煮込みや焼いて料理する。
それが分かったし、問題なさそうだ。
とは言っても、父さんが通話した時に今晩は出前にするのは聞いた。明日からの料理を考えるなら、今日のうちに生魚を買うわけにもいかない。
「今日の夕飯は出前だから生の魚と肉は買わないとして。次は——」
そう口にする途中で、僕の目にはアリスさんがお菓子コーナーに顔を向ける姿が見えた。
「アリスさん。先にお菓子コーナー見るだけ見てみる?」
一応尋ねてみると、アリスさんは瞳を輝かせてすぐに首を縦に振って来た。
よほど日本で売られてるお菓子を見たいんだな。
買うのは後にしても、見る分には困らないし。アリスさんにとっては、初めての日本のスーパーだから、楽しんでもらえた方がいい。
そう思った僕は、アリスさんと一緒にお菓子コーナーへと向かった。
左右の棚には様々なお菓子が綺麗に並べられている。袋詰めのもの、単品で置かれたもの、子供から大人まで楽しめるお菓子がたくさんある。
その中で、アリスさんは何か見つけて、すぐに歩み寄っていった。駄菓子が並ぶ棚の前に止まると、それらの商品に目を輝かせながら見つめていた。
「駄菓子って、フランスじゃ珍しいの?」
ふと気になったことが口から零れると、アリスさんはすぐにスマホを取り出す。その後、すぐに画面をタップして僕の前に見せてきた。
『フランスにもスナック菓子は存在します。しかし、今私が見ているお菓子はどれも、母国では見た事のないものばかりで、とても興味深いです』
スマホから流れてくる日本語の音声。見せてくれた画面には、一方にはフランス語、もう一方には日本語が表示されていた。
さっきタップしてたのは、日本語翻訳するために文章を打ってたのか。
今の僕への返事は、アリスさんがそのまま日本語で話すのには難しかったみたいだ。そうじゃかなったら翻訳ツールを使わない。いざという時のために用意しておくのも、当然の準備ではあるか。
それはそれとして、ここにあるお菓子だけでも、ほんの一部。他にもたくさんの駄菓子はあるし、スーパーには並ばない専門的な生菓子もある。
今の様子からするに、アリスさんはそれにも興味があるんだろうな。
「アリスさんの気になったお菓子を教えてよ」
ここまで興味津々なアリスさんが気になるお菓子が何なのか僕も興味がある。そんなことを思って尋ねてみる。するとアリスさんはキラキラした瞳をしてお菓子コーナーに並ぶ商品を次々に指差した。
その後、スマホ翻訳ツールでどこが気になっているか音声を使って教えてくれる。
そして、彼女が指を差した、棚に並ぶほとんどのお菓子の感想を聞くことになった。そんな今日の買い物に要した時間の半分近くをお菓子コーナーに費やした。
「ケントさん! このおかし買っていいですか?」
「う、うん。アリスさんが食べきれる量ならいいよ……」
爛々とした顔してお菓子を手に取ったアリスさんは、僕に毎回尋ねてくる。子供っぽい一面に可愛く思う一方、選んでいく量は意外と多くて苦笑いしてしまう。
その後、お菓子を決め終えたアリスさんは、何かをやり遂げたような達成感が溢れていた。
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