第8話「美しさは、いつも他を置き去りにする」
「応援合戦、あんな気合い入れてんだ……」
「すごかったね。pixiv以外で初めてI字バランス見た」
午前の部の最後、高2男子の騎馬戦が終わり、1位独走のB組を追う俺達F組という展開で迎えた昼休み。
カフェラウンジは競技終わりの生徒達で賑わっていて、チア衣装からクラスTシャツに着替えた俺達もお昼のために人の列に並んでいた。
「はいよ!親子丼とロコモコ、どっちも大盛ね!」
「ありがとうございま〜す!」
俺は親子丼、黒谷ちゃんはロコモコ丼を注文し、端っこの方のテーブルに座る。
今更だけど俺達のクラスTの色は青。
1クラス40人、1学年7クラスの冬ヶ丘では赤がA組、オレンジがB組といったようにそれぞれのクラスに固有色が設定されていて、青に対応しているのが俺達F組というわけだ。
「そういえばさ、私定期的に白山くんのTwitter確認してるんだけど」
「うわ」
「白山くんって自撮りとかしか上げてないよね。それも無言。自我、出さないの?」
「絶対出さん。顔良いだけでチヤホヤされんだからそれで良いわ」
「ふふっ、確かにそうだね。勘繰られて白山くんを独り占め出来なくなるのが一番嫌だし」
そんなことを言いながらロコモコのハンバーグを口に運ぶ黑谷ちゃん。
あの一件があってからこころなしか彼女は一緒にご飯する度に、ゾクゾクするほど綺麗な歯を見せつけるように少しだけ大きく口を開くようになった。
俺としては供給ありがたいという反面手玉に取られているようで何とも言えない感情が胸の内で渦巻いているが、まああの犬歯がドストライクということだけは間違いない。
「ねえ、白山くん。今度私の歯磨きとかやってみる?」
「……え、マジで?」
「ふふっ、がっつき過ぎだよ。気持ち悪いね、白山くん。そういうとこも好きだけど」
「……風呂。歯磨きさせてくれんなら今日の帰り、一緒にスーパー銭湯行ってもいい」
「え、嘘!?ホントに!?」
「もしかして自分の発言とか覚えていらっしゃらない?」
くだらないにも程があるプロレスを繰り広げながらも大盛の丼ぶりを味わっていた俺達。
そして黑谷ちゃんが追加のプリンアラモードに突入したあたりで「あ」と聞き覚えのあるダウナーでアンドロジニーな声が響く。
その方向へ振り向くと、俺達と同じ青色のクラスTを着た氷室先輩がペットボトルの紅茶と焼き鳥のパック片手に立っていた。
「おつかれっす。白山さんに黑谷さん」
「あ、氷室先輩!氷室先輩もFだったんですね〜!」
「そっすね、三年間。二人とも、チア似合ってました」
「あれ、見えてたんですか?私達、踊ってはなかったんですけど」
「いや、友達が1年にめっちゃ可愛いチアいるみたいなこと言ってたんで、何人かで見に行ったんすよ。そしたら案の定お二人だったってだけっす」
「すいません、品のないこと話しちゃって」と少し申し訳なさそうに言う氷室先輩。
俺と黑谷ちゃんは同じことを考えているらしく、自然と目が合った。
「氷室先輩って女子とか恋愛とか興味あったんですか?」
言いやがったこいつ!?
「そっすね……ないと言えば大嘘になるくらいには人並みにあります。実際、3人くらいお付き合いしたこともありましたし」
「!?」
「……でも、全部フラれたんすよ。一ヶ月くらいで。「思ってたのと違った」「真面目過ぎる」「やっぱり合わなかった」……手ぇ繋いだのが、人生の最大値っす」
「え〜っと……なんていうか〜……」
「可哀想……」
クラゲヘアのクラゲでいう触手の部分をまとめたポニーテールを揺らしながら「何処でミスったかなぁ……」と嘆く氷室先輩。
まあ俺も恋愛経験ゼロだから気の利いた慰めやらアドバイスやらが浮かんでくるはずもなく、それを見守っていることしか出来なかった。
「……っていうか、黑谷ちゃんから何かないの?モテそうじゃん、俺の次くらいには美人だし」
「逆に聞くけど、私に釣り合うような人間がそうそういると思う?私は君が初めてなんだから」
「まだ何も起きてないだろ」
それからペットボトルの紅茶をぐいっと煽り、彼は顔を上げた。
「……ふぅ。すいません、こんな話聞かせちゃって。〆の高3混合リレー、自分出るんで見といてもらえると嬉しいです」
「了解です!わたし達、観客席から応援してますから!」
◇◇◇
「『F組独走ッ!!完全に抜け出したッ!!アンカー氷室、ぐんぐんぐんぐんと突き放すッ!!追いすがる赤Tシャツは完ッ全に置き去りだッ!!』」
「え、はや」
「氷室先輩、エースだったらしいよ。サッカー部最強のドリブラーだったらしい」
「『後ろからはなんにも来ない!後ろからはなんにも来ない!後ろからはなんにも来ない!』」
「杉本清?」
そして俺達高1女子の玉入れと高3リレー圧勝によって、見事F組は逆転優勝を果たし、気持ちのいい結果で体育祭は終了した。
「黑谷ちゃん、こんなあっさりでいいのかな?体育祭」
「ま、この作品の主題じゃないしいいでしょ」
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