やまんばの包丁

澳 加純

第1話 包丁を新調したんです。

包丁を新調すれば切れ味も

  上がり腕前上がった気分




 ええ。

 包丁を新調したんです。


 嫁入り道具に母が持たせてくれた三徳包丁を後生大事に使用してきたのですが、ついに新しい製品に乗り換えてしまいました。


 これまでの包丁はン十年選手で、わたしの結婚生活を縁の下でずっと支えくれた、もしかしたら同志ともいえるものでした。


 たまにプロの方に研ぎ直しをお願いしたり、自分でも簡易包丁研ぎ機で研いだり。

 大事に、大事に付き合ってきたのですが、日々の使用です。さすがにメンテナンスをしても、劣化が隠せなくなってしまいました。


 切れ味が鈍くなると、ストレスを感じるようになります。トマトの薄皮がスッと切れない、刺身の断面がよれよれになる。

 こうなると料理の映えも良くありませんが、なにより美味しくない。


 主婦が偉そうなことを――とお思いになるかもしれませんが、たかが主婦だからそう思うんですよ。


 たかが主婦、料理にだけ、そんな時間を掛けている訳にはいきません。


 掃除だって、洗濯だって、買い物にだって行かなくちゃならない。細々とした用事――しかも大方自分の用事ではなく家族のための用事だったりする――が、たか~い山のように積まれていたりするんです。


 それを片付けなくっちゃ、自分の時間が持てないんですもの。

 それをひとつひとつ片付けて行くのですが、片付け終わる前に新しい用事めんどうごとパターンが多いのもストレスの一因。

 そこにさらに切れない包丁のストレスをプラスするのも、って思いませんか。


 あまりストレスを溜め込むと精神的に良くないので、ここは潔く新調してしまいましょうか。


 気分一新。

 ン十年も大事に使ったのですから、決して余分な買い物ではないわよね?――と、言い訳半分で買い替えを検討し始めた矢先、とある商品に一目惚れ、ついに乗り換えることにしたんです。



 お迎えしたのは双子マークの包丁です。さらに専用の収納ボックス(ナイフブロックとか云うそう)が、そのまま研ぎ機シャープナーになっているというスグレモノ。


 包丁を出し入れする度に、ブロックの内部で刃先と砥石がこすれて、


 しゃー

 しゃー


っと、切っ先を研いでくれるんですよ。やはりきちんとした研ぎ直しは必要みたいですが、すぐに鈍る刃先のお手入れは簡単にできるのです。便利でしょ。


 おまけに、その音の心地よいこと。


 わたしには「料理頑張ってるね、偉いよ。偉いよ」という励ましの言葉にも聞こえるので、面白がって何度も包丁を動かしていたのです。

 が。シャープナーが研ぐ音を聞いた娘が、楽しそうなわたしを見て曰く。


 「山姥がいる」

 

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