第44話 本宅

「ああ、そうそう、ここだここ」


 ソルスが窓の外を見て、はしゃいだ声を出した。


 俺たちの乗る黒塗りの高級車はゆっくりと左に曲がり、大きな電動製の門をくぐって広大な敷地内へと入っていく。


 ここは、俺たちが昨日の早朝に訪れた場所だ。


 車はゆったりとした速度で敷地内を悠然と進み、巨大で威圧感のある邸宅の前で静かに止まった。


 邸宅の前にはいかつい顔の男たちが整然と並んでおり、その内の一人は俺が座る後部座席のドアを丁寧にお辞儀をしながら開けてくれた。


「降りるぞ」


 俺は隣に座るソルスに一言告げるなり、さっと車から降り立った。


 見上げると、コンクリート製のいかつい建物がそびえたっている。


 まさにヤクザの組長宅って感じだな。


 そう、ここは春夏冬あきない組の組長宅であり、俺たちは実に十時間以上をかけて東北のはずれの海辺から夜通し車を走らせてここに帰ってきていた。


 後ろを振り返ると、二台のフルサイズバンが俺たちの車に追随して止まった。


 と、その内の一台から、猿轡さるぐつわめられて縄で縛り上げられた男が、頑強な柴崎に引っ立てられるようにして姿を現した。


 途端に出迎えた組員たちに殺気が漲る。


 なるほどね。確かに彼女は皆に愛されていたようだな。


「こっちだ」


 俺たちと同じ高級車の助手席に乗っていた千弦が、邸宅の正面玄関にいざなうように言った。


 俺はソルスと顔を合わせてうなずくなり、千弦のあとについて玄関扉をくぐった。


 邸宅の中もまた、広大であった。実に広々とした造りで、余計なものが一切なかった。とかく成金の邸宅というものは、雑多なものが所狭しと飾られていてとても下品な印象を持つものだが、この家はそうではなかった。


「なかなか趣味がいいな」


 俺は前を行く千弦に向かってそう言った。だが千弦は自分の家ではないからか、それともなんと言って返せばいいのかわからなかったからか、無言であった。


 いや、おそらくそのどちらでもない。そんな場合ではないと考えたからこそ、千弦は答えなかったのだ。


 俺たちの後ろからは、柴崎によって無理やり引っ立てられた来栖がついて来ている。


 つまりこれから、被害者遺族と加害者本人が対面するのだ。


 俺たちの周りには大勢の人間が所狭しといたものの、響くのはわずかな足音だけであり、不気味なほどの静寂がだだっ広い空間を支配していた。


 俺たちは無言で千弦のあとについて広い廊下を真っ直ぐ進み、突き当たりの部屋へと入っていった。


 そこは、さらにだだっ広い畳敷きの部屋であった。とても数えられたものではないが、百畳は優にあるのではないだろうか。例えるならば、大きな温泉旅館の大広間が近い。百人以上の人たちが浴衣を着て一斉に夕食を摂るような部屋。あれをもっと上品に造り変えたような部屋に俺たちは通された。


 千弦は畳を踏みしめ、部屋の中央を歩いていく。俺たちもその後に続く。


 そして部屋の端近くまでいくと、そこで千弦は振り返った。


「ここで座って、しばし待っていてくれるか」


 足元を見ると、そこには高級そうな厚手の座布団が敷いてあった。


 俺は無言でその座布団の上に腰を下ろし、あぐらをかいた。


 ソルスが俺を真似するようにして左横に座る。


 千弦は俺たちが座るのを確認するなり、俺の右隣りの畳の上に姿勢を正して正座した。


 すぐに柴崎が来栖を引きずるように連れて、俺たちの後ろにどっかと座った。


 さらにその後ろに他の組員たちが、綺麗に列を成すようにして次々と座っていく。ざっと見た感じ、七、八十人はいるようだ。なかなかの人数だな。


 それにしても皆、ずっと無言だ。千弦以外はこれまで、一言も口を利いていない。


 さすがの俺も圧迫感を感じるほどだ。


 と、右手の障子がスーッと音もなく開いた。


 そしてその向こうから、ひとりの男性が姿を現した。

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