第36話 異世界人と死神

 俺は軽く笑みをこぼし、肩をすくめた。


 チラリと横を見ると、他のヤクザたちは全員地面に倒れ伏していた。


 俺はゆっくりと歩いて柴崎の元を離れ、ヤクザたちを倒したであろう男に近づいていく。


「おい、全部ひとりで片づけたのか?」


「殺してないぞ」


 ざっと見た感じ、ソルスの言うとおり死者はいないようだ。


「何人か残しておけよ。俺、まだ誰も殴ってないんだぜ」


「コインで柴崎の鼻を潰したろ。しかもあれ・・で、呼吸を奪っていたし」


「見てたのか」


「ならいいじゃないか」


「俺自身に手ごたえはないし、それじゃつまんねえよ」


「それならもうひとり残っているぞ」


 ソルスがスーッと左腕を上げ、ひとりの男を指さした。


 その指の先には、千弦令司がいた。


 千弦は目をスーッと細めて俺たちを見つめている。


 俺は進路を変え、ゆっくりと千弦に向かって歩いていく。


「どうする?俺たちには勝てないことはわかったろ?」


 千弦はゆっくりと肺腑の中の空気を吐き出した。


「お前たちは何者だ?今のは到底人間業には見えなかったが」


「話せば長いし、何より信じない」


「言ってみろ。今のを見た後なら、たぶん何でも信じるだろうよ。例えお前たちが宇宙人だと言われてもな」


 俺は思わず吹き出した。


「ハッ!宇宙人か!だが近い、かなり近いぜ。ほとんどニアピンだ」


 千弦がまたも目をスーッと細めた。


「ふざけてるのか」


「いや、ふざけてない。本当に近いんだよ」


「どう近い」


 丁度千弦の目の前にたどり着いた俺は、そこで立ち止まった。


 そして至極真面目な顔つきとなって言った。


「俺は異世界から来たんだ。つまりは異世界人ってわけだ」

 

 千弦は間髪入れず冷静に言った。


「ふざけるな」


「おい、話が違うじゃねえかよ!信じるって言ったろ!」


「そんな与太話を誰が信じる」


「お前、宇宙人って言われても信じるって、さっき言ったばっかじゃねえか!」


「あれはあくまで例えだ。本気で言っているわけがあるか」


「この野郎、ムカつくなあ。問答無用でやっちまおうかなあ。おいソルス、どう思う?」


 俺はいつの間にやら横に来ていたソルスに問いかけるも、なにやら不思議そうに首を傾げていた。


「おいソルス、どうした?」


 ソルスはキョトンとした顔で言った。


「ウチュウジンとは何だ?」


 異世界では魔法学が発展している代わりに、科学が未発達だ。それは天文学も同様で、こちらでいう中世並みの知識しかない。たぶんだけど、地動説を唱えている奴はまだいなかったと思う。だから宇宙という概念がそもそもない。それは死神にとっても同じだった。ただし、あの世という概念はあるが――


「……ああ、話がややこしくなるから、それについては後で説明してやるよ」


 俺はあらためて千弦に向き直った。


「まあいいや、信じないならそれで」


 俺の言葉に千弦はそれまでで最も目を細めた。


 そしてしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「本当なのか?」


 俺は間髪を入れずに答えた。


「本当だ。ま、もっと正確に言うと、元々はこの世界で生まれたんだが、十五の時に異世界に転移しちまったんだ。で、二十年経ってつい昨日こっちに戻ってきたんだよ」


 千弦はこちらの真意を測るようにじっと見つめている。


「その話を信じろと?」

 

 俺は肩をすくめた。


「やっぱり信じるつもりなんてないんじゃねえか」


 千弦は俺を見つめながら、またも考え込んだ。


 そして、やはりしばらくして口を開いた。


「正気で言っているんだな?」


「そうだよ」


「そっちの奴も同じか?」


 あー、こいつの説明は面倒くさいな。でも嘘を吐いたところでなあ。


「こいつは違う。信じられないと思うが、こいつはいわゆる死神だ」


 千弦が呆れたように息を吐き出し、目を瞑った。


 だよなあ。いくらなんでも異世界人と死神の相棒バディなんて信じられるわけがないよなあ。 


 するとソルスが、場の空気を読まずに頓狂な声を出した。


「なぜ信じられないんだ?ああ、そういえばこちらの世界では、死神はおとぎ話にしか出てこないのだったな」


 ソルスはそう言うとにまーっと笑い出し、突如くるっと踵を返して後ろを向いた。

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