第26話 手製の槍
だいぶ年季が入っている。ちょっとした地震でも起これば、今にもぺシャンと朽ち果てそうだ。
それほどに目の前の小屋はあまりにも小さく、あまりにも
ここにいるのか。この中に――
いるのだろう。
少しでも力を込めれば崩れてしまいそうな扉の隙間から、明かりがほのかに覗いている。少なくとも誰かいるのは間違いない。
さて、どうするか。
まずは声掛けしてみるか。それともノックか。
ノックはまずそうだ。たぶん壊れる。
いや、別に壊れてもいいか。どうせ警察に突き出すんだし。
俺は方針を定めるなり、躊躇なく扉を叩いた。
一応コンコンと鳴らすつもりだったが、案の定一発目で扉にバカンと大きな穴が開いてしまった。
その瞬間、室内にいる何者かが動いてガタッと大きな音が響いた。
やはり、いる。
俺は大きく空いた扉の穴から、中を覗き込んだ。
「来栖、いるんだろ?」
その瞬間だった。
何かが俺の眼を貫かんと、空いた穴から迫り来る。
俺は咄嗟に首の筋肉に力を込めて顔を引き、と同時に腰を反らせてその何かをギリギリのところで躱した。
バギャッと大きな音を立てて扉が四散した。
俺は一旦全体を見極めようと、後方に向かって大きく跳んだ。
そしてキュッと砂浜に音を立てて着地すると、その正体を見た。
そこには、短く鋭い槍のようなものを両手に構え持った男が、焦慮の色を面に表し立っていた。
見覚えのある顔だ。ほのかな月明かりの下とはいえ、はっきりとわかる。
「来栖京介だな?」
俺の問いに、来栖は答えなかった。
ただ奇声を張り上げ、月明かりに鈍く光る槍を闇雲に突いてきた。
俺は冷静に刺突を躱しながら、来栖の得物をじっと見つめた。
これは――お手製の槍ってところか。たぶん何らかの鉄の棒の端っこを、研いで尖らせたものだろう。
この日、この時に備えて用意していたってわけだ。
だが――
俺は来栖の突きを冷徹に見極めるなり、手刀を一閃した。
来栖の右手に直撃し、瞬時に槍を叩き落す。
と、来栖が痛みから悲鳴を上げた。
当然だ。俺の鍛え上げられた手刀を受けた以上、奴の右手首は骨折の憂き目にあっているはずだ。
来栖は折れた右手を左手で抱えるようにうずくまり、悲鳴を上げ続けている。
闇夜に響く、おっさんの悲鳴。
俺は思わず舌打ちした。
あの帰還した日の出来事を思い出してしまったからだ。あの弟の腕を叩き折ってしまった時の出来事を。
「うるせえよ」
俺は思わず呟くように言った。
だが来栖には聞こえていないのか、悲鳴は止まらない。
俺の心は
「うるっせえんだよ!これ以上
俺のドスの効いた怒声に、来栖が押し黙った。苦悶と焦慮が混じり合ったぐちゃぐちゃな表情を浮かべて俺を下から見上げている。
俺は大きく息を吐き出すと、冷静さを取り戻した。
「来栖京介だよな?」
来栖は一瞬躊躇したものの、もはや完全に心も折れているらしく、数秒後にこくりとうなずいた。
俺はそこで、何故かもう一度意味なく舌打ちをした。
来栖は認めたのだ。これで万事解決だ。
それにも関わらず俺は何故今、舌打ちをしたのか。これはまだ苛立っているということなのか。だとしたら一体何に対して苛立っているのだろうか。
俺は自分でもわからず、そのためにもう一度舌打ちをした。
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