第23話 別路線
黒いカーテンが大きく揺れ動いた。
どうやら俺と視線が合って動揺したようだ。
さてどうするか。
加害者家族に会って、何を聞くというのか。
犯人の居場所を知っているわけもないし、もし仮に知っていたとしても、それを俺に教えてくれるとも思えない。
ならば、会ったところで意味はないか。
壁の落書きなどを見れば、この家の者たちの現状はある程度推察できる。
今、カーテンの隙間から俺たちを覗き込んでいた意味もだ。
三十五歳の成人が起こした事件の責めを、その家族が負うというのは酷というものだ。
未成年ならともかく、成人である以上責任の所在は加害者本人にのみあると俺は思う。
やはり加害者家族に会う意味はない。俺は改めてそう思い、横のソルスに告げた。
「行くぞ」
だが返事がなかった。
ソルスは何やら庭の片隅をじっと見つめていた。
「どうした?」
改めて声をかけると、ようやくソルスが反応した。
「いや、なんでもない」
ソルスはにやりと口の端を上げてそう言うと、踵を返して歩き始めた。
俺はソルスの反応に嫌な感覚を覚えたものの、それ以上に嫌なものを見てしまったためか、スルーしてその後を追った。
しばらく俺は、無言であぜ道を歩き続けた。
犯人の所業はひどいものだ。うら若き女性の命を強引に奪い去ったのだ。責めを負うのは当然だ。
だがその家族に責はない。犯人が成人である以上、監督しようがないからだ。
だがそう考えない者たちもいる。壁に落書きをした連中だ。
実に卑怯な行為だと思う。このようなことをする連中というのは、この世の中で最も卑劣な人種だとも思う。なにが楽しくてこんなことをするのだろうか。こんなことをして、どう満足するのだろうか。
醜悪だ。実に嫌なものを見た。反吐が出そうだ。犯人の行為にもだが、あの落書きをした連中に対してもそうだ。
まったく、最悪な気分だぜ。
「機嫌が悪いようだな」
唐突に横を歩くソルスが言った。
俺は思わず眉根を寄せた。
「そうだな。気分が悪いんでな」
「なぜだ」
「壁の落書きを見たろ」
「見たな」
「どう思う?」
「実に人間らしい行為だ」
あれが?
俺は片眉を跳ね上げ、ソルスを見た。
ソルスは意地悪そうな笑みを浮かべ、にんまりとしている。
お前の挑発になど、乗ってやらんぞ。
「ところで、残留思念はこのままずっとまっすぐ進んでいるのか?」
「いや、この先で左に曲がっている」
俺は左方向に何があるのかと思い、首をめぐらした。
そこには、おそらくは国道と思われる大きな道が斜めに向かって走っていた。
「大きい通りがあるな」
「そこで右に曲がっている」
「通り沿いに何があるのかな」
ソルスがすかさず言った。
「電車に乗るのだろう」
俺は驚いた。大通りの先を見るも、電車も高架橋も一切見当たらなかったからだ。
「なぜそう思うんだ?」
「聞こえるからだ」
俺は眉根を寄せて問いかけた。
「聞こえるというのは、電車の音か?」
「そうだ。だいぶ先だが、確かに聞こえる」
まだ俺の目には高架橋や線路らしきものは微塵も見えないし、無論電車の音など聞こえるはずもなかった。だが人智を越えた死神には聞こえるのだろう。ソルスは確信をもって言っている。
「そうか。どれくらい歩いたら駅に着きそうなんだ?」
「ニ十分くらい歩いた先にあるようだ。今電車は止まっている」
なるほどな。故障とかでもない限り、そこに駅はあるのだろう。おそらくは先程の下氷線とは異なる別路線の駅が。
「わかった。とりあえず大通りに出よう」
俺は丁度差しかかった十字路を左に曲がり、大通りに向かって歩みを続けた。
「なるほど。ここで別の路線に乗り換えたのか」
俺はソルスの案内に従って国道を歩き、その道沿いにある駅の看板を見た。
そこには
「路線とはなんだ?」
ソルスの問いに、俺が答える。
「電車ってのは線路の上を走るだろ。だから決まったところしか走れない。なので色々な路線が走って地図を埋めているんだよ」
「路線と路線の間は歩くのか」
「歩く場合もあるし、タクシーとかバスとか色々な交通手段があるよ」
「バスとは?」
「大型の車だ。何十人も乗せられる」
「それは自由が利くのか?」
「利かない。決まった道路を走る。だが大抵別の鉄道路線間を繋いでくれている便利な乗り物だ」
「なら俺たちもそれに乗ればよかったじゃないか」
「必ず路線間を繋いでいるわけじゃない」
「ふむ、では不便だな」
ぐぬぬ。ああ言えばこう言う。こいつは本当に腹が立つ奴だ。
だがまあいい。こいつと不毛な議論などしている場合ではない。
「残留思念は駅の中に入っているんだな?」
「そうだ」
俺は無駄口を叩くのはやめて、さっさと駅の中へと入っていった。
簡素な駅だ。路線は違えど、唐舘駅ととてもよく似ている。唐舘駅との違いは無人駅ではないということくらいだ。田舎の駅というものは、えてしてそういうものなのかもしれない。
俺はソルスに笑われないよう、少し緊張しながら券売機にお札を投入した。
多少手間取ったところはあったが、無事なんとか購入することが出来た。
俺が顎を上げて得意げな表情で切符を差し出すと、ソルスは小馬鹿にするような薄ら笑いを頬に張り付けながら受け取った。
「スマートではなかったな」
「うるせえよ。ちょっと手間取っただけだろうが。二度目にしては上出来だ」
「俺ならもっと上手く買える」
ちっ、くだらない対抗意識持ちやがって。
「じゃあ次に買うことがあったら、お前が買えよ」
するとソルスが無邪気な笑顔を見せた。
「わかった。俺が買おう」
なんだこいつ。切符を買ってみたかったのか。それで俺に嫌味をかましたのか。それだったら最初からこいつに買わすんだった。
まあいい。それよりも――
「残留思念は――」
ソルスがすかさず言った。
「こっちだ」
どうやら切符を買えるのがうれしくてたまらないらしい。弾んだ声で間髪入れずに言いやがった。
だったら、今後は全部こいつにやらそう。
俺は今後の新たな方針を定めるなり、ソルスの後に続いて駅の階段を昇った。
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