防災祈願は我らにお任せ その2
「……で、ワシのところに来たわけか。」
「まぁ、そんな感じです。」
翌日、途方にくれた俺はスサノオ様とパソ神様を連れて千手院を尋ねていた。
昨日、酔いのすっかりさめた状態で慌てるスサノオ様と散々協議したのだが。我々だけでどうにかできるはずもなく、さりとて他の八百万の神々に今更相談するわけにもいかず。
……結局、八百万の神が駄目なら、ありがたき御仏のお力に頼ろうという話になったのだが、喫茶店に呼び出され、事情を聞いた千手院はあからさまに不愉快な顔をした。
「お前ら、こないだの事を棚に上げてよぅそんなこと言えるな?『困ったときの神頼み』とはよう言うたもんや。」
「まぁ、神様じゃなくて仏様なんでそこはいいかな、と。」
「余計悪いわっ!お前らはどうか知らんけど、仏教っちゅうのはれっきとした哲学なんやぞ!」
仏教徒のくせに、思ったより執念深い奴である。
……まぁ、敵対した事しかないので無理もない話だが。
とはいえ、はいそうですかと帰るわけにもいかない。
喫茶店の外はどんよりとした黒雲が垂れ込め、いつもより強めの風が吹き抜けている。天気予報によれば、噂の巨大台風はまっしぐらに関西を目指しているという。
時間がない。
俺は天災を防ぐためには致し方なしと、無愛想な彼をまぁまぁとなだめ、ことさら笑顔で話題を切り替えた。
「いやぁ、それにしても千手院さんって本当は建設局の人だったんですね。しかも本名が「田中」とは知りませんで、ホント、探すのに苦労したんですよ?」
不満げにコーヒーをすする千手院に頭をかきながら愛想笑いで答える俺。
手元にある先ほど改めてもらった本業の側の名刺には、しっかりとお堅い役職とありきたりな名前が刻まれていた。
肝心の名刺に電話番号があることに気づかなかったため、我々は大阪市役所に駆け込んで彼を呼び出そうとしたのであったが、そんな人間も部署も存在しないため、実は先ほど市役所の受付で押し問答になっていたのである。
このままでは捜査は難航する……に見えたのだが、たまたま市役所に出向いていた田中さん……もとい、千手院さんとばったり出くわし、現在に至るわけである。
「当たり前じゃ!今どき霊能力で税金が下りるかっ!大体、本名で物の怪の相手しとったら危のうてしゃぁないやろ!」
「……で、写真つきの名刺配っとったんかいな。コレはうかつやなぁ。」
「いやはや、公務員って副業はご法度ですから、たまたま通りかかってなかったら、千手院さんクビでしたねぇ。」
まさに神縁というべきか、はたまた神の思し召しか。
俺は背後のスサノオ様と名刺を眺めながら、大いに笑う。
……だが、千手院はそんな俺たちに言葉になぜかえらく不満げであった。
「笑い事やないわ!」
和気藹々とスサノオ様と話す俺たちにテーブルを殴りつける千手院。
……いかん、和ませるつもりが。逆に怒らせてしまったらしい。
俺は店中の人間がこちらに注目していることに気づき、慌てて周囲を見回しながら、彼に落ち着いて座るよう目配せをした。
……さすがに、「神がお怒りなんです」などと説明するわけにも行かず。俺と千手院は二人してアイコンタクトを交わすと、一転、周囲の人々に愛想笑いをふりまき、先ほどから不審な目をこちらに向けていたウエイトレスさんを呼んでコーヒーのおかわりを頼む。
周囲の注目がそれたことを確認すると、俺たちは今度はさすがにひそひそ声で話を再開した。
「……まぁ、ここは大阪の危機ということで、ひとつ勘弁してくださいよ。天災で焼け野原になっちゃったらお役所だって困るでしょ?」
「そのお役所も、副業の事実がばれたら続けられんしなぁ。」
「いまこそ懺悔すべきです」
「……お前ら、それ脅しの文句やぞ。」
……さすが、姿が見えてない神々は好き放題である。
口々に俺の背後の神々に言葉を浴びせられ、さすがに怒鳴るわけにもいかず苦虫を噛み潰したような顔をする千手院。
俺はそれに慌てて背後の二柱の神を背後のテーブルの下に押し込んだ。
「……ちょっと!それが人に物を頼む態度ですか!」
「……ゆーてもわしら神やしなぁ。あいつ生意気やし。」
「懺悔すべきときです。」
「と、に、か、く!今は黙って頭を下げてください!でないと、みんなに本当の事話しますよ!」
「……。」
さすがの荒神、スサノオ様も事実をぶちまけられ、神話のように袋叩きにされたくないらしい。
俺に睨み付けられると二柱の神はしぶしぶテーブルから顔を出し、頭を下げる。
その姿に千手院はさすがに拍子抜けしたようであった。
「……お願いします。」
「……します。」
「……お前、しばらく見んうちに、エライたくましくなったなぁ。」
……どうやら、謝る神々にではなく、神々を謝らせた俺に驚いているらしい。
もうこの際どっちでもいい。
俺はそんな彼に顔を寄せるとここぞとばかりに耳打ちする。
「……ここで八百万の神に恩を売っといて損はないですって!無茶は承知ですから一つ、お願いしますよ。」
……。
俺の追い討ちに、千住院はしばし無言で目をつぶった。
そして、手にしたコーヒーを飲み干すと。黙ってテーブルの上の伝票をこっちに寄せる。
――払え、ということらしい。
その仕草に、俺は笑顔でその伝票を取り上げ、彼の肩をぽんぽん叩く。
すると彼は、大きく咳払いしてコーヒーカップを受け皿に戻した。
「……まぁ、確かに天災が起こると聞いては確かにワシも黙っておられん。この財政状況で大阪市を更地にされたら、自治体は間違いなく破産やしな。」
「じゃぁ、仏法の力でなんとかしてもらえます?」
「……まぁ、さっきも言うたけどお前らとはちごて仏法は人を導く教えやから限界はある。……が、話を聞いてくれる仏さんはおる。薄汚れた衆生の救済をしてくれはるありがたい菩薩さんやから。今からそこに行ってみよう。」
「助かります。」
彼の言葉に頭を下げると、我々は彼のコーヒー代を払い。その喫茶店を後にした。
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