天神様の嫌いなお祭り その8
「無駄や、榊はん。アンタもこの仕事してたら、汚らわしい言霊がどんだけ神を怒らせるかよう知ってるやろ?ましてや「文字」言うのんは言霊を形にする一種の呪術でもあるんや、こんな感情を形にしてインターネット上に焼き付けられたら、そら呪いでけったいな現象が起こるし、神は平静ではおられん。あてがネットを嫌がる理由、ようわかるやろ?」
そう言って不適に笑う天神様に、俺は戦慄を覚えその場に立ち尽くした。
その体から噴出すオーラは、明らかに神々しい神とは違う、静かな怨念と呪詛から来るものであったからだ。
肌から感じる感触で、そういえばこの神様はもともと怨霊であった事に俺はようやく思い出していた。
そして、その直感を裏づけするように、天神様は明石さんに言葉を掛ける。
「どないです?確かに明石さんのおっしゃるとおり、今回の件は道具やのうて、人の心から来とります。やはりここは一つ。その事を人間に分からせるべきやとは思いまへんか?こうやって、サイトを眺めててつくづく思うんやけど、こんなサイトを作る人間どもの穢れは、一度綺麗さっぱり払うのが一番ええと思いますのんや。ここは一つ、明石稲荷大明神さんのお力で、ガツンと天罰を下す時と違います?」
「ちょ、ちょっと!何を言い出すんですか天神様!」
いい加減話が物騒になってきた事を理解して、俺は真っ青になって天神様の言葉を遮った。
彼の言わんとしていることは、そう!ネットに対する祟り以上の事を人間に対して行おうと言うのだ。
言わずもがなそれは、天災や病の流行を指すことくらい、さすがの俺も理解が出来る。
慌てる俺の姿を鼻で笑う天神様に、どうやら彼は最初から明石さんを取り込むのが目的であったとようやく気付き、血の気が引く思いで彼を見た。
「……ほな、榊はんはこの愚かな人間どもの所業をどうにかできるんでっか?あんたの言うとおり、こいつらは人を批判するために、からかうためにここに集まって穢れた言霊をはき捨ててるんや。説得なんかに耳は貸さんし、論破しようもんなら揚げ足を取られる。そんな奴らの愚かな所業をどうやったら止められるんでっか?」
「……。」
……確かに、そんなことできるはずがない。
俺は天神様の言葉に反論できず思わず口ごもった。
確かにこの手のサイトは、情報提供の手段として活用されているように見えて実はある種ストレス解消の手段としても存在している。間違ったことを言っていると諭したところで、聞くはずもないし、迷惑している人間がいるからやめろと言ったところで聞くはずもない。
人間のおろかな一面を映し出したある種仕方のない行為といえばそれまでだが、さすがに神に対して「仕方がないじゃないですか、放っておきましょうよ」と言うわけにもいかなかった。
「確かに、この心の荒廃は尋常や無い。バブルを崩壊させてもなおこんなもん作る根性があるとはウチもびっくりや。やっぱりここは一つ、自然や神に対する畏れいうもんを分からせてやるほうがええかもしれんな……。」
そして、俺の後ろで、最も考えたくない結論に行き着く明石さん。バブルの崩壊もあんたらが仕組んだのかと、恐怖に言葉を失う俺を横目に、天神様は満足げに頷いていた。
「そう、おっしゃるとおり!今の日の本は豊かになりすぎて心が荒廃しすぎてます。ここは一つ、天変地異を起こして、人にはかなわん、恐るべき、敬うべきもんがあると言う事を分からせようやありまへんか!あて一人の力やったらでけへん事でも明石はんたち天津神さんたちの力があれば、必ず出来ます!それでこそ、うちら神々は、後々の世までも敬われていく存在になれるんでっせ?」
誰かこいつを止めてくれ!
皮肉にも言っていることが的を得ているので、人間代表の自分としては反論する余地も無い。
熱っぽく語る天神様に俺は明石さんの耳をふさいでしまおうかと言う衝動に駆られた。
だが、無常にも天神様の言葉は明石さんを大きく頷かせる。そして俺の目にも彼女の「存在」が何か別のものに変わっていくのを感じた。
「わかりました。やりましょう!天神さん。こないな穢れた言霊を許してたら。うちら神々の沽券に関わる。ここは一つど派手な天災を起こして。人間に己の愚かさを教えてやろうやなないか!」
そして、明石さんと天神さんは俺の目の前で固い握手を交わす。
神の立場を振りかざし傍若無人なことをし始めようとする二柱の神の言葉を俺は慌てて遮った。
「ちょ、ちょっと待ってください!明石さん!」
「なんやねん。」
「大昔じゃあるまいし、今時そんな手段で人間が改心すると本気で思ってるんですか!科学全盛のこの時代にどんな自然現象を起こしたって、人間は自然や神に対しての畏れなんか持ちはしませんよ!」
そんな時代錯誤な考えで天災など起こされてはたまらない。
二柱の間に割って入ると、長年生きてきた神ではあるが、さすがに俺は意見した。
そもそも、ネットの住人に自然現象で天罰を下し、改心させるという考え方自体、現代に生まれた俺にはわけがわからない。そんな超婉曲的なメッセージを受け止め、改心する人間がいまどきどこにいるというのか?
神ならではの発想かもしれないが、時代錯誤もはなはだしい。
俺の真剣な言葉に、明石さんと天神様は痛いところを突かれたようだった。
二柱の神々はお互いの顔を見合わせ、下を向いて黙り込んだ。
――しばしの沈黙。
やがて明石さんは大きく息を吸い込み、憂いを含んだ、空しい表情で瞳で天井を見上げる。
確かに神にとってはむごい言葉だったかもしれない。
しかしそれは悲しむべき事ながら事実だった。科学全盛の時代、天災が人の心に何を訴えるのだろう?人々の悲しみと不幸を増やして一体どうなるというのか――。
むごいとは知りつつも、辛そうな顔の明石さんから俺は決して目を離さなかった。
そして俺の真剣なまなざしに、彼女は静かに口を開く。
「……そうやな、確かに、今の人間には天罰なんか時代遅れなんかもしれん。でも、コレだけは言える。」
「なんですか?」
「天罰下したら、少なくともウチの気は晴れる。」
開き直った!
さすがに彼女の言葉に返す言葉もなく、口をあんぐりとあける俺。
とうとう本音丸出し宣言した明石さんにかける言葉があろうもなく、俺はそのままの表情で力なくその場にへたり込んでいた。
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