「オーバーライト・ワールド 〜価値なきもの、世界を救う〜」
伝福 翠人
ゴミスキルと世界の余命
埃(ほこり)っぽい空気が、肺を満たす。
ここは「探索者ギルド」の裏手に広がる、通称「ガラクタ市」。
ダンジョンから排出された、価値のつかない廃品が山積みになった場所だ。
「……次」
ユキは、無感動な声で呟き、目の前の錆びた鉄屑に手をかざした。
彼の視界に、淡い光のウィンドウが浮かび上がる。
【 ただの鉄屑 】
・価値:銅貨一枚。
・特記事項:使い道はない。
「はぁ……」
溜息が漏れる。
これが、Fランク探索者ユキの日常だった。
彼が持つスキルは【鑑定】。
ただそれだけ。
モンスターと戦う力も、魔法を放つ才能もない。
人々が「ゴミスキル」と呼んで憚(はばか)らない、最弱の補助スキルだ。
今日も、稼ぎは銅貨数枚。
これでは今夜の宿代にもならない。焦りが胸を焼く。
何か、何か一つでも価値のあるものを。
藁(わら)にもすがる思いで、ユキはガラクタの山を漁り続けた。
その手が一つのアイテムに触れる。
それは、手のひらに収まるほどの、奇妙な黒いオーブだった。
埃をかぶってはいるが、他のガラクタとは明らかに違う異質さを放っている。
しかし、どの探索者もこれには目もくれていなかった。
どうせ「鑑定不能」か「呪いのアイテム」のどちらかだろう。
(どうせ、俺のスキルじゃロクな情報は見えないだろうけど)
自嘲しながらも、ユキは【鑑定】を発動させた。
いつも通りの、無機質なウィンドウが……開かない。
「――ッ!?」
瞬間、視界が真っ白なノイズで埋め尽くされた。
焼けるような激痛が頭蓋の内側を走り抜ける。
まるで、脳に直接、膨大な情報が流れ込んでくるような感覚。
『スキル【鑑定】の熟練度が最大に達しました』
『上位スキル【概念鑑定(がいねんかんてい)】に進化します』
聞いたこともないアナウンスが響く。
痛みが引いた時、ユキの目の前には、先ほどとは比較にならないほど詳細な情報ウィンドウが展開されていた。
【 "核"の欠片(劣化)】
・状態:機能停止(99.9%)
・内包概念:【ダンジョン・システム】
・情報:この世界を維持するための管理システム「ダンジョン」の中枢を担う核の一部。
「ダンジョンが……世界を、維持?」
意味が分からない。
だが、情報はそこで終わらなかった。
オーブから流れ込む知識が、ユキの脳内で再構築されていく。
世界の構造、システムの真実、そして。
『警告:システム中枢の汚染が臨界点に達しています』
『世界の維持可能時間(リミット)を再計算します』
ごくり、と喉が鳴った。
そして、ユキの視界に、絶望的な文字列が叩きつけられた。
『――世界の寿命は、残り365日』
「そ……」
そんな、と声にならなかった。
全身から血の気が引いていく。
世界が終わる? 一年後に?
呆然と立ち尽くすユキの背後。
ガラクタ市の喧騒(けんそう)が、まるで遠い世界のことのように聞こえる。
その、すぐ真後ろに。
いつの間にか、一人の人影が立っていた。
「それ、面白いものを見ているね?」
低い、男の声だった。
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