第十二話「チーム編成」

 帝国軍学校・巨兵演習場第三ブロック。

 コンクリートの壁とレンガ造りのダミー建物が、迷路のように並んでいる。路地、広場、十字路。


 “市街地戦想定区画”と呼ばれるそのフィールドを、見学用デッキから多くの生徒たちが見下ろしていた。


 デッキの一角には、軍服姿の男が二人、肩を並べて立っている。

 一人は、整備科担任、クラウス・ホフマン軍曹。腕を組み、どこか砕けた雰囲気。

 もう一人は、きっちりと襟を正したパイロット科教官、ヴィルヘルム・ラーデル大尉。鋭い目つきに、隙のない姿勢。


「ずいぶん本格的な市街地だな。俺らの頃は、こんな立派な演習場なかったよな」

「貴様の頃は、そもそも巨兵科って名前すらなかっただろう、ホフマン軍曹」

「おいおい、同期に“貴様”はねえだろ、ラーデル大尉殿」

「肩書きで呼んでやっているだけ感謝しろ。……で、今回の“推薦組”をどう見る?」

「動きは荒いが、面白いのが揃ってる。そっちは“お行儀のいい優等生”だろ?」

「口のへらん奴め」


 二人の軽い火花をよそに、生徒たちのブリーフィングが始まっていた。


「ごほん…」

「ルールは単純だ。五対五のチーム戦。隊長機を落とすか、相手チーム全滅で勝利」


 ホフマンが前に出て、壁に貼られた大きな紙の地図を棒で叩く。

 その地図は背後から赤と白のランプで照らされており、場所ごとに丸い頭のピンが立っている。


「位置情報は、観測班と管制室からの無線をもとに、ここでピンを動かして共有する。ちなみにこの装備バカ高いんだぞ、丁寧に扱うように!」


 整備科のアナが、きらきらした目でマップを見つめた。


「今回の趣旨は、“巨兵科のチーム運用”だ。ついでに制御装置――MMAS《マス》のログも取る。良くも悪くも、動きは全部記録されると思っておけ」


 MMAS。

 一度覚えさせた動きを繰り返し再生し、少しずつ滑らかにしていく“動きの記憶箱”。

 ちゃんと勉強している整備科の何人か――マキやアナは、それがどれだけ厄介で、どれだけありがたいかを知っていた。


「それからもう一つ」


 ここで、ラーデルが前に出る。

 パイロット科の生徒たちの背筋が自然と伸びた。


「今回は“貴族側”と“一般側”に分かれてもらう。貴族推薦と一般入学、どちらが“隊”として機能しているか――見る良い機会だ」


 冷静な声が、演習場に響く。


「貴族側の隊長は――レオンハルト・フォン・ヴァルクス」


 金髪の少年が一歩前に出て敬礼した。


「一般・推薦側の隊長は……ミレーネ・フォーゲル」

「え、わたし?」


 ミレーネが目を丸くする。


「フォーゲル。お前の指揮評価と適正を見れば妥当だ。……嫌なら今のうちに言え」

「いえ、やります」


 ミレーネは、すぐに表情を引き締めた。

 ラーデルは満足そうに頷くと、一歩引く。


「細かいルール説明はホフマンに任せる。……リーゼは動くだけじゃ意味がない。どう使うか、今日はよく見ておけ」

「おう、偉そうに言いやがって」

「‥‥ふん‥‥」


 同期の軽口に、何人かの生徒が小さく笑った。


     

 チーム編成が始まると、さっそく一つ目の“問題”が顔を出した。

 貴族側のコーナーで、レオンハルトがメンバーを選びながら顎に手を当てている。


「前衛は……カール、お前は当然だ」

「光栄です、レオン様!」

「中衛は私とエーリヒ。後衛はメカニカ担当に一人……」


 そこへ白衣姿の技術科生が割り込んだ。


「隊長殿。今回の演習、機動重視カスタム機のデータも取りたいと申し上げたはずですが」

「……ああ」


 視線を向ければ、整備区画の一角に青く塗装されたフロッグⅡが見える。

 標準機よりわずかに細い脚部。肩には大ぶりなツヴァイヘンダー型の剣。左腕に軽シールドと固定バルカン。

 その横に、壁にもたれているのは黒髪の少年――ロルフ・フォン・アイゼンブルク。


(こいつか……)


 レオンハルトは、喉の奥に小さな棘が刺さるような感覚を覚えた。

 過去の模擬戦。

 まともに一対一で渡り合えた記憶が、一度もない。

 力押しでも、技でも、どこか“底が見えない”。

 そして時折、ふとした瞬間に滲む、本物の戦場の匂い。

 殺気とまでは言わないが、肌にピりつ付く何か。


「ロルフ・フォン・アイゼンブルク候補生にも参加していただきたい。機動性特化カスタムの検証になります」


 技術科生が淡々と言う。


「……」


 レオンハルトは、軽く咳払いしてから口を開いた。


「アイゼンブルク殿」


 無意識に敬語になってしまい、自分で少し苛立つ。


「何か用?」

「本日の演習、我がチームに――」

「断る」


 あまりにも即答だったので、一瞬頭が真っ白になった。


「……理由を伺っても?」

「必要?」


 ロルフは軽く肩をすくめる。


「ただの“貴族の名誉回復ショー”なら、興味はない」


 近くで聞いていたフリッツが、吹き出しかけてミレーネに小突かれる。


「お前なあ、もうちょっとオブラートってものを」

「いや、事実だろ」


 ロルフは続けた。


「……そうだな。あの子が向こうのチームに入るなら、話は別だけど」


 視線が、見学デッキに向かう。

 緑の制服で身を乗り出している少女――マキ・オルガン。


「あの整備屋の庶民か?」


 レオンハルトが眉をひそめる。


「前の試験での動き、見たよ。あれだけ“機体の言うことを無視する”乗り方はそうそういない。興味がある」

「……」


 技術科生が、横から淡々と追い打ちをかける。


「そういうことです、隊長殿。オルガン候補生が一般側で出るなら、アイゼンブルク殿も参加してくださるそうで」

「ち……」


 フリッツがニヤニヤと近寄ってくる。


「チーム揃わないなら演習中止か? 勝ちたいんだろ、レオンハルト」

「黙れ、平民」


 吐き捨ててから、レオンハルトは深く息を吸った。


(ここで引いたら、貴族の名折れだ)


 観覧デッキに顔を向ける。


「……オルガン!」


 名前を呼ばれ、マキは肩をびくっと揺らした。


「は、はいっ!」

「その……本日の演習、出る気はあるか」

「え、最初から出るって聞いてたんですけど」

「ぐっ……!」


 致命的なツッコミに、どこかから「ぷっ」と笑い声まで漏れる。

 ラーデルが小さく咳払いをした。


「オルガン。君は実技評価も高い。今回も出場前提で編成している。あとは本人の覚悟だけだ」

「……出ます」


 マキは短く答えた。


「整備科ですけど、リーゼのことを知るには、乗ってみないと分からないことも多いって、クラウス先生たちに言われました。……それに」


 義手の指先に、ぎゅっと力を込める。


「もっと強くなりたいので」


 ラーデルがわずかに目を細める。


(……良い目だ)


 レオンハルトは、渋々ながら頷いた。


「……よかろう。君が出るなら、アイゼンブルク殿も参加してくださるそうだ。――全力で来い」

「さっきのはまだ帳消しになってないぞ」


フリッツは煽るだけ煽りたいようだ。


「うるさい!」


レオンハルトは顔が真っ赤になっている。


 ホフマンが肩を揺らして笑い、ラーデルは小さくため息をつく。


「やれやれ。仲が良いのか悪いのか分からん連中だ」

「お前が言うな、ラーデル」

 


    

 チームB。隊長、ミレーネ・フォーゲル。

 簡易ブリーフィングルームに広げられた市街地マップを前に、ミレーネが色付きピンを一本ずつ刺していく。


「前衛2、中衛1、後衛2で行くわ。前衛はマキとフリッツ。わたしが中衛。後衛はエリーゼとアナ」

「はい!」

「おう!」

「エリーゼは高所から狙撃。アナは観測と補助、それから動きの悪かったところをメモしておいて。あとで制御装置(MMAS)の調整の参考にするから」

「えっと、MMAS≪マス≫のログですよね」

「うん。あの“動きの記憶箱”ね。今日みたいな演習だと、すごいデータが取れるってクラウス先生喜んでた」

「ボクのだけ歪みまくりそうで怖いんですけど……」

「まあ、マキのは赤い線だらけになるでしょうね」

「先生に負けず劣らずひどいこと言いましたね、今!?」


 フリッツが口を挟む。


「いいじゃねえか。線がうねってるってことは、それだけ派手に動いたってことだろ?」

「うねりすぎて制御装置が泣くんですよ……」


 ミレーネが二人を手で制した。


「とにかく、最初の突入だけは隊として動くことを優先。マキもフリッツも、暴走しないこと」

「了解です」

「分かったよ、隊長」

「エリーゼ」

「なに」

「撃てる時は撃って。でも、“今日のフィールドは障害物だらけ。無理に撃たなくていいから、その代わりよく“見て”」

「了解」


 短い返事。だが、そこには信頼できる重みがあった。

     


 一方、チームA。隊長、レオンハルト・フォン・ヴァルクス。


「前衛はロルフ殿とカール。中衛は私とエーリヒ。後衛がメカニカ一機」


 レオンハルトはマップ上にピンを並べる。


「ロルフ殿は右路地から。機動力を活かして敵前衛の一機を切り裂いていただきたい。カールは左でフリッツを足止めしろ。あいつは正面から突っ込んでくるタイプだ」

「任せてください、レオン様!」

「エーリヒは中距離火力だ。私の指示に合わせて射角を変えろ。後衛は弾薬と損傷確認に専念。……MMASの記録も忘れるな」

「了解しました」


 ロルフは少し離れた場所から、その様子を静かに見ていた。


「いい?」

「何でしょう、アイゼンブルク殿」

「ちゃんと合図を出してくれれば、それに合わせて動くよ。バラバラに突っ込まれると、さすがに無理」

「……当然だ」


 レオンハルトは、ほんの一瞬だけ視線を泳がせた。

 見学デッキから、ラーデルがそれを見下ろし、小さく笑う。


「真面目だな、あいつは」


「お前と違ってな」と、ホフマンが返す。


「何か言ったか?」

「なんでもございません、大尉殿」


つづく

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