オルゴール戦記

ファナ少佐ちゃん

第一話「目覚める鋼」

 1937年―――二足歩行重機リーゼが社会の重責を担い始めてから15年。

 運搬、建設、軍事、警察――その姿は日常に溶け込み、人々の生活を根底から変えていった。

 世界は確実に、変わり始めていたーーー。


 農地が広がる閑静な村で、鳥の囀りが辺りを包んでいた。


(ジジジジジ……ジジ)


 その音は、家の外壁に取り付けられた旧型の発動機の修理音。

 その近くには、クレーンのように構えられた作業用リーゼ、オルゴール1号のアーム。

 その鋼鉄の掌に腰を下ろし、汗をにじませながら修理作業に没頭するのは、

16歳の少女――マキ・オルガンだった。


 右腕の義手が、金属の工具を器用に操っている。歯車の調整、配線の確認、彼女の動きには一切の無駄がない。義手の関節部がわずかに軋む音すら、彼女には作業の一部に過ぎなかった。


「ふう……これで動くかな?」


 最後のナットを締めると、発動機は一度、ちらつくように明滅し、次の瞬間、低くうなるような音を立てて始動した。

 老夫婦の家の電灯が一斉に灯り、辺りにほのかな温かみが戻る。マキは汗を拭いながら、小さくガッツポーズを作った。


「降ろして、オルゴール」


 そう言うと、オルゴール1号のアームはゆっくりとマキを乗せたまま地面へと下がる。


「治ったのかしら? マキちゃん、ありがとうね〜」

「いやあ、ほんと助かるわ。ろうそくの火じゃ料理もままならなくてねえ」


 家の中から顔を出した老夫婦が、満面の笑みで手を振る。

 マキも笑顔を返しながら工具箱を閉じた。


 片付けを終えたところで、老婆が慌てて駆け寄ってきた。


「今日はお昼食べていかないの?」


 その言葉に、マキは一瞬心が揺れた。だが町での買い物を思い出し、申し訳なさそうに首を振る。


「すみません、今日はちょっと時間がなくて…」


 オルゴールのコックピットへと駆け足で向かいながら、マキは振り返って手を振る。


「よし! オルゴール、出発するよ!」


 当然、返事はない。

 けれど、マキは思わず語りかけてしまう。静かに始動する音が、唯一の相槌のようだった。


 踵のホイールが地面を蹴り上げるようにして走り出すオルゴール。

 足元で巻き上がる土煙が、陽に照らされ黄金色に揺れていた。


「夕飯、何にしようかな? オルゴール。お爺ちゃんの好きなアレにしようかな…」


 独り言混じりに進むその道すがら、マキはラジオのスイッチを押す。

 機内スピーカーから、ノイズ混じりのニュースが流れてきた。


『…テログループ“アトラスの矢”、首謀幹部の移送が開始された模様です。軍警察中隊が護送を担当し、安全確保中です…』


 その瞬間、マキの指がわずかに震える。

 喉元を何かが通り過ぎたような違和感と、胸の奥がざわつく感覚。彼女は無意識にアクセルを踏み込んでいた。


 街道の先、帝都方面の空がわずかに霞んで見える。

 ラジオの声は、その先で起きつつあることを淡々と告げていた。


 ――そのニュースが流れている、その頃。


     


 重厚な鉄の車輪がレールを擦り、金属の悲鳴のような音を立てながら列車が走る。

 帝国西部の山間部を抜け、都市部へと続く長いトンネルを進む軍用高速列車。

 その車両のひとつには、異様な静寂が漂っていた。


 そこに座るのは、一人の男――アーヴェ・フォルク。

 “アトラスの矢”の幹部にして、数々のテロを指揮した張本人。

 手足を拘束され、顔の半分を覆うバイザー越しに、彼はかすかな笑みを浮かべていた。


「……帝国の車両は、いつ見ても無駄に重厚だな」


 皮肉を言うような声に、警備兵が目を光らせる。

 だが、彼の前に立つ軍警察の中尉が、静かに手を上げた。


「余計なことを言うな。目的地は目前だ」

「帝都の収容施設…か……あそこは墓場だ」


 アーヴェは小さく笑い、背もたれに身を預ける。その笑いは、列車の軋む音と混ざり、どこか不吉な響きを帯びていた。


 車両後部の無線からは、規則的な通信が流れる。


『護送列車、第七区間を通過。予定通り輸送車への切り替えポイントへ向かう』


 中尉は短く返答し、周囲の警備兵に目を配る。


「気を緩めるな。帝都まであと三時間。ここを抜ければ安全圏だ」


「はっ!」と敬礼した声が響く。

 だが、一人の若い兵士の手が、わずかに震えていた。汗が顎を伝い、制服の襟を濡らす。


「……本当に、大丈夫なんでしょうか。情報が漏れているという話が──」

「軍警察に抜かりはない。そのための輸送車への切り替えだ。ダミー輸送車も出す」


 中尉の言葉は冷たくも断言的だった。

 だが、車内に漂う緊張の空気は、列車の振動と共にどこか重く沈んでいた。


 やがて列車は、都市外れの輸送ポイントに到着する。

 車両の横には、エンジンを唸らせる装甲輸送車の隊列が整然と待機している。

 護衛には、装甲車とリーゼ部隊。

 その中でもひときわ目を引くのは、軍警察のエリートが駆る機体――

 フロッグポリス・セカンドが悠然と立っている。陽光に照らされた装甲が、輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。


「輸送車両、出発準備完了。これより都市部ルートへ移行します」

「よし、行け!」


 中尉の号令で、列車からアーヴェを乗せた輸送車がゆっくりと動き出す。

 舗装された石畳の街道を進むと、遠くに街の尖塔群が見え始める。


 その頃――同じ街の外れ、倉庫街。


 積み上げられた荷台の影に、数人の男たちが身を潜めていた。

 手にはライフル。薄暗い路地の中、腕に黒い矢の紋章を刻んだ影が、ひそやかに息を潜めている。


「……準備完了。輸送車列が通るのは、あと五分」

「計画通りにやれ。連中がポイントに入った瞬間、仕掛ける」


 低く、濁った声が響く。

 その中心に立つのは、巨大なリーゼ数機。機体の肩には、塗り潰された識別番号。


「ボスを取り戻す。連中に、目にもの見せるぞ」


 男の声が終わると同時に、遠くから車列のエンジン音が近づいてきた。

 都市のにぎわいの中で、鉄と火薬の臭いが静かに混ざり合おうとしていたーーー。


 

    


 街の輪郭が見え始め、マキとオルゴールは大通りに入ろうとしていた。

 街は、昼でも人で溢れていた。

 運搬用、建設用、警察用の多種多様なリーゼが行き交い、地面はその巨体の振動で微かに揺れている。


 マキは駐機場にオルゴールを止めると、勢いよく飛び降りた。

 メモ帳を広げ、買うべきものを口に出して確認する。


「えーと、お肉と野菜と…あとミルクも…」


 ビール片手に昼から騒ぐ人々の間を縫いながら、マキは肉屋へと向かった。


「マキ、今日はソーセージか?」

「うん、サービスお願い!」


 肉屋の店主が笑いながら袋を手渡そうとした、その時だった。


(ドォン!)


 轟音。

 視界が一瞬、白く閃いたかと思えば、続いて建物の向こうから黒煙が立ち上る。

 耳をつんざく爆発音に、人々の叫びが重なる。


「テロだあああ!!」

「テロ…!? まさか…」


 マキの背筋に冷たいものが走る。

 幼い頃の記憶がフラッシュバックする。

 母の叫び、血に染まった床、自分の小さな手が赤く濡れていた光景。


 過呼吸気味になるマキ。

 キーンとなる耳鳴りで何も聞こえなくなっていたその時、足元の、割れたガラスが鈍く光った。


「…助けなきゃ、助けなきゃ!!」


 マキは全力で駆け出した。

 オルゴールの操縦席に飛び乗り、機体を始動させる。

 巨大なボディが震え、目を光らせて立ち上がる。


 戦場と化した街。

 テロリストのリーゼが暴れ回り、銃火が飛び交う中、避難する親子の上に建物の瓦礫が崩れ落ちようとしていた。


「間に合えええええッ!!」


 マキは機体を巧みに操作し、オルゴールの巨体をその前に滑り込ませた。

 ホイールが石畳を削り、重たい瓦礫が肩部装甲を叩き潰す。

 中で警告灯が赤く点滅するが、親子は無事だった。


「早く逃げて!!」


 敵の銃口がこちらに向く。

 オルゴールが盾になったまま動けない。

 焦りと恐怖が交錯する中、マキは周囲に視線を走らせた。


「…あれだ!」


 破損した軍警察のリーゼが落としたシールドが、半ば瓦礫に埋もれていた。


「当たれ!!」


 マキはワイヤーアンカーを射出し、それを引き寄せると、その勢いのまま敵機にぶつけた。


 後部の動力部に命中したのか、装甲がへこみ、噴き上がる煙。


「止まってくれた?!」


 敵機が爆音を立てて倒れる。だが、まだ終わりではない。


「なんだ?! 新手か!!」


 動揺するテロリスト。


「まとめてかかれ! 時間がない!」


 テロリストたちが連携を取り始めた。

 マキはリアボックスから巨大レンチを左手で引き抜き、再び戦場へと身を投じる。


 振り抜かれる鋼鉄の一撃。

 風圧で周囲の粉塵が舞い、1機、2機と敵機がなぎ倒されていく。


「なんなんだ、こいつ…!?」


 次の瞬間、オルゴールの目が怪しく輝く。

 出力計が異常な反応を示し、敵の一機を捕捉すると、その機体は宙に舞い、まるで解体されたかのようにバラバラとなって地面に散った。


「残り…一機?!…」


 マキの手が震える。息は荒く、額から汗が滴る。

 一瞬、街が静まり返ったように感じられた。


 破壊された装甲車の上に、ひときわ異様なシルエットが現れる。

 軍警察仕様のリーゼ――フロッグポリス・セカンド。

 その胸部装甲には、さっきまで護送にあたっていた中隊章。

 そのコックピットに、仁王立ちする影があった。


 ──幹部アーヴェ・フォルクが、奪った軍警察のリーゼを乗り込み、見下ろしていた。

 右腕には分厚いパイルバンカー。

 左腕のシールドの脇には、近距離用ショットガンの砲口が覗いている。


「面白いなお前!!」


 スピーカー越しの声が、耳障りなほど楽しげだった。


「まるで、あの女みてえだなああ!!」

「あの女…?」


 マキが思わず呟いた瞬間、アーヴェ機の左腕がわずかに跳ね上がる。


(来る――!)


「死ねや、黄色いのおぉ!!」


 乾いた炸裂音。

 ショットガンの散弾が扇状に吐き出され、空気を裂いた。


「っ……!」


 マキは咄嗟に操縦桿を倒し、ホイールを全開で回す。

 オルゴールの足元が横滑りし、石畳の上を火花を散らしながらスライドする。

 散弾が、さっきまでオルゴールがいた空間を薙ぎ払った。


 背後の建物の壁が蜂の巣のように抉れ、ガラス窓が一斉に粉々に砕け散る。


(あと半歩、遅れてたら……)


 息をすることさえ忘れそうになる。

 アーヴェは笑いながら、追撃のショットガンを撃ってきた。

 散弾が地面を抉り、石片がオルゴールの装甲を叩く。


「逃げ回るだけかよ、ああ!? “あの女”はもっと前に出てきたぜ!!」

「あの女って……誰のことですか!」


 問い返しながら、マキは建物の陰に滑り込む。

 角を利用して一瞬視線を切ると同時に、アーヴェ機が建物の角を吹き飛ばした。


(ドゴォン!!)


 ショットガンの弾が壁ごと角を削り、粉塵が噴き出す。

 ホイールをきしませながら後退するオルゴール。

 視界は悪い。だが、その隙間から、パイルバンカーの先端がぎらりと光るのが見えた。


「隠れんなよ!」


 アーヴェ機が突進してくる。ホイールの唸りと重量の乗った衝撃で、石畳がひび割れていく。


「来るっ!」


 マキがシールドを構えるのと、パイルバンカーが突き出されるのはほとんど同時だった。


(ガギィィィン!!)


 凄まじい衝撃。

 シールドごと機体が後ろへ弾き飛ばされる。マキの身体がシートに叩きつけられ、視界が揺れた。


「まだ…まだっ…!!」


 シールドの警告ランプが真っ赤に点滅する。

 前面装甲は、ほとんど持ちこたえていない。

 息を整える間もなく、二撃目が来る。


「終わりだァ!!」


 アーヴェ機がショットガンを地面に向け、牽制の一斉射。その爆音と粉塵に紛れて、死角からパイルバンカーを突き込んでくる。


「っ――!」


 マキはシールドを斜めに構え直す。

 だが、防ぎきれなかった。


 パイルバンカーがシールドを貫き、支柱ごと粉砕した。

 金属片がオルゴールの胸部装甲をかすめ、警告音が機内に鳴り響く。


「ぐっ……!」


 手にしていたシールドは、もはや原型を留めていない。


 続く右拳が、オルゴールの左腕関節を正確に叩き潰した。

 関節部がひしゃげ、配線が露出して火花を散らす。

 唯一の武器である巨大レンチが、力なく地面に転がり落ちた。


「左腕が…動かない…っ!」


 左側の操作レバーを引いても、反応はない。


「ハッ、丸腰じゃねえか!」


 アーヴェ機がホイールを鳴らし、半円を描くようにマキの周囲を滑走する。

 右のパイルバンカーがいつでも突き出せる間合い。

 左のショットガンは、逃げ場を潰すようにじりじりと向きを変えていた。


「終わりだ!!」


 パイルバンカーの先端が、狙いを定めて迫ってくる。

 距離はほとんどゼロに等しい。


(ここまで……?)


 喉がひりつく。


 その瞬間――

 オルゴールの動力ユニットが、突如として悲鳴のような高音を上げた。


「……え?」


 出力計の針が、あり得ない値まで跳ね上がる。

 計器盤のランプが一斉に明滅し、薄い振動が機体全体を走り抜けた。


(プツッ)


 何かが切り替わるような感覚。

 マキの心臓が、強く一度だけ脈打つ。


 マキの義手も同じように光を放ち、指先が震え始める。義手の内部の動力ユニットが唸りを上げた。


「な…なんだ!? この光は!」


 アーヴェが動揺する。


 次の瞬間、オルゴールが視認できない速さで横に滑走。


「なにっ──!?」


 パイルバンカーが突き通していたはずの空間には、もうオルゴールの胴体はない。

 代わりに、地面を抉るだけの空撃ち。

 石畳が砕け、粉塵が舞い上がる。


(速い……!)


 マキ自身が、その加速に追いつけない感覚を覚える。

 ホイールが悲鳴を上げながら、オルゴールは円を描くようにアーヴェ機の背後へ回り込んでいた。


「クソッ――!」


 アーヴェがショットガンを乱射する。

 だが、そのほとんどは空を撃つか、遅れた位置の地面を抉るだけだった。


「今――!」


 右アーム、まだ動く。

 マキは、残された右拳に全出力を込めた。


 オルゴールの右アームがうなりを上げて伸びる。

 アーヴェ機のボディ側面――咄嗟にガードした右腕のパイルバンカーに、拳がめり込んだ。


「ぐっ……!」


 厚い装甲が歪み、内部のフレームが軋む音が伝わってくる。

 制御系統が乱れたのか、アーヴェ機の関節がガクガクと震えた。


「まだだッ!」


 マキは続けざまに足を踏み込む。

 ホイールをロックし、左脚の義足にまで負荷がかかるのを感じながら、全体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。


 オルゴールの脚が、アーヴェ機の腰関節を蹴り砕く。

 バランスを崩した敵機が宙に浮きかけたその瞬間、マキは追うようにホイールを解放した。


「うわあああああッ!!」


 跳び上がるように加速し、上から右拳を叩きつける。


 頭部と胸部の境目を狙った渾身の一撃。


(ドゴォォ!!)


 嫌な音とともに、アーヴェ機が地面に叩きつけられた。

 装甲の合わせ目から火花が吹き出し、油と煙の臭いが一気に周囲に広がる。


 ボロボロになったオルゴールの拳から、金属片がぽろぽろと落ちる。


(プシューーー……)


 動力系統の過負荷で、オルゴール各部から白い煙が噴き出した。

 マキの視界が、一瞬白くかすむ。


「はぁ……はぁっ……」


 息が荒い。

 計器は、ほとんど真っ赤な警告で埋まっていた。


 そこへ、軍警察の応援部隊が到着する。


「な……なんだ、この有様は……!」


 複数の装甲車とリーゼ部隊が周囲を取り囲む。その中のひとりが、オルゴールの黄色い外装を目にして叫んだ。


「あれは…オルゴール!?」


 フロッグポリスの一機から降りてきた男がいた。

 短く刈った髪、見覚えのある軍警察の制服。


「マキか!? マキ!」


 彼――カール・リープマン軍警察官は、マキの知り合いだった。


「マキ、大丈夫か!?」


 彼は駆け寄り、酷く歪んだコックピットハッチに手をかける。

 何とかこじ開け、中の様子を確認しようと身を乗り出した。


「終わった…の?……ごほっ…」


 マキがかすれた声で呟いた、その次の瞬間。


「っ……!」


 鮮血が彼女の唇から溢れ、前のめりに崩れ落ちる。


「マキ! マキ!!」


 カールが慌てて受け止める。

 彼女の顔は真っ青で、呼吸も浅い。


「誰か、救護班を!! メディックを呼べ!!」


 喧騒の中、少女の命が、光と鉄の匂いの中で揺れていた。


 ――つづく


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