第5話 創造神、降臨
金曜日・午前九時。
新会社・プレゼン支援チームの島。
ホワイトボードのいちばん上に、今日の大きな文字。
【本日 14:00〜 合同セミナー】
テーマ:プレゼン効率化の取り組み
持ち時間:20分
持ち込めるスライド:自由(※自己申告)
その下に、ことねが書いた項目。
1.自社の取り組み紹介(10分)
2.実例デモ(5分)
3.Q&A(5分)
「自由って書いてあるけど、実質“やりたい放題”ってことですね」
白石ことねが、少しだけ眉をひそめる。
「“自由”って書かれると、だいたい“枚数制限なし”って思う人が出てきます」
春日紗良が苦笑いした。
「というか、“枚数制限なし”だと思っている人たちが、今日いっぱい来る場ですよね」
城戸結衣がノートPCをぐるっと回して見せた。
「プログラム表、見ます?」
スケジュールには、いろんな会社の発表タイトルが並んでいる。
・A社「伝わる資料作成術 〜アニメーションで魅せる〜」
・B社「デザインの力で“刺さる”プレゼンに」
・C社「プレゼン自動生成AIの可能性」
・旧会社「創造神が語るパワポ宇宙論」
・うちの会社「10分で決めるための“必要十分”プレゼン」
「宇宙論……」
ことねがプログラム表の一行を指でなぞって、遠い目になる。
「やっぱり御堂さん、タイトルから飛ばしてきますね」
紗良「“創造神が語る”って、普通に書くんだ……」
結衣「フリじゃないですか? “神”って名乗った人を“6枚”で黙らせるマンの出番ですよ」
「今日はまだ黙らせないからな?」
俺――朝倉 迅は、苦笑しながら言った。
「今日は、“うちのやり方でもちゃんと決まります”ってデモだけ。
神様に説教するのは、もうちょっと先」
ことねがホワイトボードに、今日の目標を三つ書く。
【今日の目標】
・20分で終わる
・実例ひとつ見せる
・誰か一人「真似したい」と言わせる
「勝ち負けじゃなくて、“真似したい”をひとりでも増やす。そこからですね」
紗良がペンでカチカチ音を鳴らしながらうなずく。
「じゃあ資料、もう一回だけ確認しましょうか」
◇
会議室のプロジェクターに、
俺たちのスライドが映る。
1枚目:タイトル&結論
2枚目:10分会議の現状(“時間オーバー/資料多すぎ”)
3枚目:必要十分ルール(10分=6枚と、決めたいことリスト)
4枚目:実例(星野の20枚→6枚のビフォーアフター)
5枚目:導入後の効果(時間ぴったり/評価コメント)
6枚目:問い合わせ先と、ひと言メッセージ
結衣がクリックしながら言う。
「一応、“20分で6枚”にしてます。しゃべる時間を増やしたぶん、アニメーションゼロです」
ことね「“パワポ宇宙論”の直後の枠なので、あっちが体力を削ったところに、こっちの“楽さ”を見せる感じで」
「ソシャゲで言うところの持久戦型だな」
俺がそう言うと、三人ともぽかんとした顔をしたので黙った。
◇
午後一時。
合同セミナー会場。
貸し会議センターの大ホールは、
薄いカーペットと、紙コップのコーヒーの匂いがする。
椅子はずらっと並び、前には二面のスクリーン。
受付近くのポスターには、
例のプログラム表がでかでかと貼られていた。
・13:00〜 A社
・13:30〜 B社
・14:00〜 旧会社(御堂)
・14:30〜 うちの会社(朝倉)
「前座が全部“盛る側”ですね」
結衣が小声で言う。
「盛り上げていただいたところに、“片付けに来ましたー”って感じで行きましょう」
ことねが、首から提げた来場者カードを指で直した。
「緊張してます?」
「そりゃまぁ」
俺は正直に答える。
「だって、元の職場の“創造神”が、すぐ前の枠なんだぞ」
紗良が、ちょっとだけニヤッとした。
「“前職の神”って言葉、なかなか面白いですね」
◇
13:00。
A社の発表。
スクリーンいっぱいに、次々と写真が飛び込んでくる。
タイトルが回転し、文字が波打ち、画像がフェードイン。
「……うん、普通にうまいですね」
ことねが真顔で感想を述べる。
「“動き方”のセンスがちゃんとしてる人がやると、こうなるのか」
紗良「アニメーション多いけど、内容はちゃんとしてますね。でも、これを真似しようとした人が、御堂式みたいな事故物件になるわけで」
結衣「“センスのない人向けに、動かないテンプレを配りたい”欲が高まります」
13:30。
B社の発表。
今度は、色と余白が綺麗なタイプ。
写真が大きく、文字は少なく、いかにもデザイナーがいる会社だ。
「“これが正解”だと思われるとそれはそれで辛いですね……」
ことねが苦笑いする。
「“絵心ないから無理”って諦められちゃう」
紗良「うちは“絵心ゼロでも、枚数と構造でなんとかしましょう”派ですからね」
結衣「デザインじゃなくて、時間と決定を守る宗派」
◇
そして、13:59。
司会がマイクを持って言う。
「続きまして、C社様——の予定でしたが、ご都合によりキャンセルとなりましたので、代わりに旧◯◯社様の特別セッションをお送りします」
ざわっ、と会場が少しどよめく。
スクリーンに、新しいタイトルが映し出される。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
特別講演
『創造神が語る パワーポイント宇宙論』
講師:御堂 誠 氏
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「出た……」
俺が小さくつぶやく。
スポットライトがゆっくりとステージを照らし出す。
そこに立ったのは、紛れもなく御堂 誠だった。
ネイビーのスーツ、無駄に光沢のあるネクタイ。
胸ポケットには、なぜかレーザーポインタが二本刺さっている。
マイクを受け取ると、
彼は軽く会場を見渡して、笑顔を作った。
「本日の創造神です」
会場、クスッと笑いが起きる。
(そこはちゃんとウケるんだな……)と心の中で突っ込む。
御堂は、ゆっくりと続ける。
「今日ここにいらっしゃる皆さんは、“パワーポイントに苦しめられた側”と、“パワーポイントで誰かを苦しめた側”、両方いらっしゃると思います」
また、笑い。
「私は、どちらもやってきました」
笑いが少し大きくなる。
「だから今日は、“作る側”として、全部の機能をどう“救う”かという話をしたいと思います」
スクリーンに、御堂のスライド1枚目が映る。
タイトルが、ふわっと光って現れる。
画面の右側には、小さくアニメーションの一覧がぎっしり。
結衣が、俺の耳元で囁いた。
「創造神の本気だ……」
◇
御堂の講演は、
技術的には、正直、すごかった。
図形がクリックに合わせて意味のある順番で現れ、動画はキレイに埋め込まれ、複数の要素が“きちんと”動いている。
「アニメーションを全部使おうとして、全部グチャグチャにしてる人とは次元が違いますね……」
ことねが小さく言う。
「“使い方をちゃんと理解したうえで、全部入れてる”」
紗良「だからこそタチが悪い」
御堂は、画面に映る図を指さしながら続ける。
「この機能には、このエンジニアの汗が入っています。このトランジションには、このデザイナーのこだわりがある。それを“めんどくさいからオフにする”というのは、私は“作る側への礼儀を欠いている”と考えます」
会場のあちこちで、メモを取る人がいる。
「全部の機能には、居場所がある。その居場所を探すのが、我々“創る側”の使命です」
ことねが、ペン先でノートをトントン叩く。
「“全部の機能には居場所がある”。言い方としては、綺麗ですね」
紗良「でも、それで“全部の会議で全部使う”に行っちゃうのが問題なんですよね」
結衣「“全部救おうとして、全員疲れさせてる”感じ」
御堂は、今度はこう言った。
「もちろん、“時間”には限りがあります。しかし、限りある時間だからこそ、豊かな表現を詰め込む意味がある」
(いや逆だろ)と心の中で総ツッコミしながら、
俺は冷静にメモを取る。
・エンジニアへの敬意 → 全機能使用
・“表現の豊かさ”=要素数の多さ
・時間の制約を、“盛る理由”にすり替え
最後のスライドは、宇宙空間の写真に、白い文字で一文。
「作り手の意図を全部使い切ることが、神への礼儀である」
そして、御堂はマイクを持って一礼した。
「本日の創造神の話は以上です」
拍手。
かなり大きい。
ことねが、小声で言う。
「……普通に“講演会”としては、完成度高いですね」
紗良「“技術的にすごいけど、真似したら死ぬやつ”の典型」
結衣「“表現の宇宙”ってタイトルにふさわしい宇宙っぷりでしたね……」
◇
休憩時間。
ロビー。
紙コップのコーヒーを持って、
俺たちは少し離れた場所から御堂を見ていた。
御堂は、質問に来た参加者たちに囲まれている。
「アニメーションのタイミングはどうやって決めてるんですか?」
「動画って、どこまで入れていいんですか?」
質問が飛ぶ。
御堂は楽しそうに答えている。
「“全部オフにしてから考える”だけは、絶対にやめてください。それは、この道具を作った人たちへの裏切りです」
(やっぱり、そこなんだよな……)
俺がそう思っていると、
御堂と目が合った。
一瞬だけ、
本当に一瞬だけ、
彼の目の奥の温度が変わった気がした。
御堂は、こちらに歩いてくる。
「……やあ」
ネクタイを少し直しながら、笑顔で。
「久しぶりだな、朝倉くん」
「どうも。今日の“宇宙論”、拝見しました」
「“宇宙”は、まだ入口だ。今日のは、1次宇宙くらいだな」
どう返していいか分からない単語が飛んでくる。
御堂は、俺の後ろにいる三人を見る。
「そちらが、新しい“使徒”たちか」
ことね「使徒ではなく、同僚です」
紗良「創造神教に入信する予定はありません」
結衣「“アニメーション全部オフ教”でもないですけどね」
御堂は、少しだけ目を細めた。
「“必要十分”だとか」
「聞いてましたか」
「見ていた」
御堂は、指で空中に四角を描くような仕草をした。
「六枚だとか、十枚だとか。枚数で“正しさ”を測ろうとするのは、私としては、少し寂しい」
「正しさじゃなくて、“時間内に終わるための仕掛け”です」
俺は淡々と返す。
「時間を守ることで、“聴いている人の生活を守る”ほうを優先したい」
御堂は、ほんの少しだけ笑った。
「“下界の生活”か」
「そうです。“上”の都合で、いつまでも終わらない会議に付き合わされるのは、もううんざりなので」
御堂の目が、わずかに光を増した。
「いいね」
「え?」
「その“うんざり”は、悪くない。ただ――」
御堂は、ポケットから小さなUSBメモリを取り出し、指でつまんだ。
「“神にうんざりした人間”が、どこまで“道具”を理解しているか。それは、確かめたくなる」
ことねが一歩前に出る。
「道具を全部理解していなくても、“時間と人”は守れます」
紗良も続ける。
「“全部使う勇気”より、いらないぶんを捨てる勇気のほうが、現場には効きます」
結衣が、最後にサラッと刺す。
「そして、“全部盛ったプレゼン”より、“ちゃんと終わる会議”のほうが、聞いてる人にはありがたいです」
御堂は、しばらく三人の顔を見た。
それから、俺を見た。
「……なるほど」
USBを軽く握りしめる。
「今日は、“必要十分”の話を聞かせてもらおう」
「ありがとうございます」
「そのうえで――」
御堂は、ごく自然な声で続けた。
「いつか、“三枚で創造神に説教する会”をやろう」
三人が同時にこちらを見る。
俺は、ほんの一瞬だけ息を止めてから、言った。
「そのときは、“三枚で足りる議題”を用意してください」
御堂の口元が、わずかに歪んだ。
「神への注文が多いな、君は」
「“下界の生活”を守るためです」
御堂は、笑っているのか笑っていないのか分からない顔で言った。
「では、“下界の生活”とやらを、見させてもらおう」
◇
14:29。
司会がマイクを持つ。
「続きまして——
株式会社◯◯ プレゼン支援チーム様より、
『10分で決めるための“必要十分”プレゼン』です」
俺は深呼吸をひとつして、
ステージ袖から客席を見た。
さっきまで“宇宙論”で光に包まれていたスクリーンは、今は真っ白なままだ。
前列のど真ん中に、御堂が座っている。
腕を組み、目だけはこちらをじっと見ている。
ことねが小声で聞いてくる。
「震えてます?」
「ちょっとだけ」
紗良「大丈夫です。“盛る側”のあとに“片付ける側”の番ですから」
結衣「“創造神のあとに、掃除の神”ですね」
「誰が掃除の神だ」
そう返しながらも、
少しだけ肩の力が抜けた。
マイクを受け取る。
ライトが、目に少しまぶしい。
「プレゼン支援チームの朝倉です。今日は、“必要十分”という言葉を、枚数じゃなくて“終わる会議”のほうから話したいと思います」
1枚目のスライドが、アニメーションなしで静かに現れる。
――ここから先、
“創造神の宇宙”とは真逆の、
“10分で終わる世界”の説明が始まる。
それが、
ちゃんと届くかどうか。
この20分で決まる。
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