腐れ縁、花となる。
煙芸春巡
第1話
嫌に蒸し暑く、うだるような夏日和。
エアコンの修理が来るのを待つ間、私はその暑さをどうにか出来ないかと、製氷器に入った氷を袋に入れ、それを服の下から胸元に押し当てる。
「あじぃ〜」
流石にというかなんというか、修理業者が来るのがわかっているからどうしても服を脱ぐわけにはいかないし、かといってこの暑さはなんともし難く、氷を当てるのは仕方なしの最終手段だった。
「何だかんだ効果はあるなぁ。とっとと来ないかなぁ、修理業者」
夏の休日。
普通だったらエアコンの下で悠々自適に暮らしているはずの今日。
それがどういうわけかサウナの様に蒸した空間で、人体の耐久テストをする羽目になっている。
そんな私を、やっと祝福するかの様に、玄関のチャイムが鳴る音がした。
やっときたか。
若干の嬉しさを抱えながらドアを開けた私の前に現れたのは、修理業者なんかじゃなく、全く別の人間だった。
そこに居たのは、小学生の頃から関係の続く幼馴染の姿だった。
「なんだ、
「ごめんねぇ、また泊めてちょうだい」
「なに、また捨てられたの。今付き合ってたのは男だっけ?」
「もう、捨てられたなんて。もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいじゃん」
愛菜、
私の幼馴染で、半ば腐れ縁みたいな関係の、それでも大切な友達。
「これで何人目だっけ?」
「うーん、それはちょっと考えたくないかなぁ」
「また泊まってくの?」
「うん、お願いしてもいいかな」
「まぁ別に問題ないけど、今部屋の中くそ暑いよ?」
「エアコンつけてないの?」
「それがさぁ、昨日壊れちゃったんだよ。幸い今日修理が来るんだけど」
「それはまた災難だったね。アンラッキーガールズだ、私達」
「ふふ、いいね。それ」
「でしょ、今思いついた」
「で、どうする? もし嫌なら直った頃に連絡するけど」
「うーん。いいや、このまま泊まらせて」
手荷物もあるし。
そう言った愛菜は勝手知ったる我が家という感じで部屋に入ってくる。
「うわっ、本当に暑い。こりゃサウナみたいだね」
「でしょ?」
「やっぱり今時エアコン無しだと無理だね」
「だよねぇ」
そのまま湯気が出るんじゃないかと思う猛暑の中、私たちは肌着一枚でひたすら耐え続ける事にした。
「そういえばさぁ、最近なんかゲームとかやってないの?」
「うーん、最近は特にやってないかなぁ。PCもここに置きっぱだったしねぇ」
そういうと、私たちは何か示し合わせたわけではないが、PCの置かれたデスクを見る。
何だかんだ2人で暮らすことの多い私たちは、何だかんだそうするのが当然の様に家賃を折半して、今は少し広めの部屋に暮らしている。
勿論、愛菜も家賃を払っているから、それといきなり来ても暮らせる様に、この部屋には私の私物だけじゃなくて愛菜の私物も置かれていた。
「そういえば置きっぱだったねぇ、PC」
「置きっぱだねぇ、パソコン」
「こんな部屋暑くて大丈夫かな」
「まぁ電源付けてなければセーフじゃないかな?」
そういうと、余りの暑さのせいか、会話も少なくなってくる。
沈黙。普通他の人といると、沈黙は気まずさを伴うものだと思うけど、どうも私たちは、というよりは私は、だけど、愛菜と居る時の無言の時間は嫌いじゃない。
なんだかその時間はあって当たり前で、落ち着く時間に思えるからだ。
「修理業者来ないかなぁ」
「中々来ないねぇ」
時間で言えば、もう着いてもおかしくない頃合いだ。
そんな事を考えていたら、またもやピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音がした。
「ん、来たかも。私出るね」
「わかった〜、その間に服着ちゃお」
そういう愛菜は上に一枚羽織り始めていた。
予想通り来たのは修理業者で、やはり忙しいのかちゃっちゃとエアコンを直していった。
ようやく生命の危機があるその暑さから解放された私達は、いつも通りの同居生活に戻っていく。
「そういえばさ、今度はなんで捨てられたのさ」
「もう、せめて振られたっていってくれないかなぁ?」
「ん、それでなんで振られたの?」
「ん〜、なんか無理なんだって」
「えっ、何それ。生活とか趣味が合わない的な話?」
「そんな感じかもね、私の中の理想を感じてそれが無理なんだって」
「なにそれ、変なの」
「ねー、別に押し付けたりしないしそのままで居てくれたら良いのに」
「まぁ、でも火花が居てくれればそれでいいや、持つべきものは幼馴染です!」
「早く誰か捕まえてよね。私物あるせいでこっちは彼氏も作れないんだから」
「そうは言っても嫌いじゃないんでしょ、この生活」
「それは、確かにそうだけど」
確かに、この生活は嫌いじゃない。
彼氏は作れないけど、愛菜と暮らすのは何だかんだ心地良い。
だからずるずるとこんな生活を繰り返していて、多分愛菜も同じ理由で振られてはここにくるんだと思う。
いっその事私と付き合ってみる?
なんて事を言おうとしたけど、そうした所で今と何か変わる様にも思えなくて、結局言うのはやめた。
もう何度目かも忘れた、そんな同居生活だった。
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