第4話 予期せぬ知らせ

「え、え、え、うそー」


玄関の方から菜穂子の大きな声がする。そしてそのあとに子ども達二人が飛び回っているような音も聞こえてきた。


「おいおい、あまり騒ぐと近所の人に怒られるぞ」


そう言いながら廊下に出ると、菜穂子が一枚の紙を両手で持ちながら駆け寄ってきた。


「パパ、当たったのよ」


「えっ」


「あの広尾のマンション」


「はっ?」


手渡された紙をみると「当選のお知らせ」と書いてある。厳選な抽選の結果、云々と書かれているが、要するにあのマンションに入る権利を得たということらしい。


「どうするよ」


「どうするもこうするも、あなた、行くに決まってるじゃない」


「子どもたちの学校は?」


「転校よ。ね?」


子どもたちの意思もすでに確認しているらしく、二人とも首を縦に小刻みに振っている。


「沙耶、せっかく頑張って入った中学なのにいいのか? ちょっと大変だけど通うこともできるんだぞ」


「ん、いい」


小さく答える。今年から幕張の私立中学校に通うようになったのだが、学業について行くのが大変でしかも友達関係もあまりうまくいっていないらしい。これを機に一度公立の中学校に入り直し、再度高校受験した方がこの子のためになるのかも知れない。


「翔太、お前は? 友達と離れ離れになっちゃうけど、いいのか?」


「うん、まあさみしいかもしれないけど、来ようと思えばここに遊びにこれるし。あと、向こう行ったらSwitch2買ってもらえる」


ちらっと菜穂子をみると彼女は目を逸らした。ははぁ、買収工作か。


「あと、我々だけじゃなくて、他の家の人と一緒に住むことになるんだぞ。それは大丈夫なのか?」


「うん、仲良くするよ。リッチな暮らしのためにはそれくらい、なんてことないよ」


これも菜穂子に吹き込まれたのか、あるいは友だち同士でそんな話をしていたりしたのだろうか。


まあでもそこまで言うならと思い、再び当選通知の書類に目を落とす。来週末に現地での物件確認があるらしい。そしてその際に同居することになる家族との面会もあるとのこと。そしてそれから一週間以内に返事をして双方とも入居に同意する場合には1ヶ月以内に転居する。それが条件だ。


もし仮に片方が入居を断った場合、もう片方の家族は入居を望んでいたとしても入ることはできない。ペアはランダムに決められていて変更できないということになっている。手続きの煩雑さを考えればわからないでもないが、相手がこちらを気に入らなければこちらの(というか菜穂子の)夢も潰えてしまうということだ。なかなか厳しいな。


菜穂子もようやく落ち着いて書類を読み、まだまだ前途多難であることを理解したようだ。先ほどの狂喜乱舞した笑顔はどこかに行ってしまい、どうしよう、と小声で呟いている。


まあでもともかく部屋を見て、相手に会ってみないことにはわからない。ダメならダメで別に今と変わらないわけだし、都心のマンションの中を見るなんて機会はそうそうないんだから、まあ遠足気分で楽しんで来れば良い。そう考えたらだいぶ楽になった。オロオロし始めた菜穂子とは対照的に自分は逆に落ち着いてきた。

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