9話 造られた本当のワケ

 寒さに身を震わせつつもアパートの裏庭へと回り、現在は使われていない寂れた面影を残す駐車場の花壇に腰掛けた。

 熱々のシチューを飲みたいと感じるも体を大袈裟に揺らして暖を取り、少しの温度が宿ったところでファイルをそっと開けてみた。

 文字はぎっしり詰められていて、件のロボットの分解図も大量にあるから拝読に萎えてしまったが、ささやかな幸運というべきか、言語はチェチェン語だったのでやる気はちょっぴり出た。


 「えーっと、どれどれ……」


 文章が霞んで見えたから、何度か頭を振って目頭を押さえて、再び挑む。

 異世界でも古代文書の解読をよくしていたからかここのところ視力がすこぶる低下している。金が貯まったら眼鏡を買うか。

 大雑把に一通り読み終えたが……軍事の世界に蔓延る闇を体感した。


 正直に言って、吐き気が湧きあがってくる。

 アンドロイドという俺にとっては近未来的な存在だから最初こそワクワクしていたが、造られた真の理由を知って期待は完膚なきまでに壊された。

 理想論は戦場に不要、と言われれば何も反論できないのだが、倫理的には許せたもんじゃない。


 まず表向きには人間の歩兵の負担を肩代わりするために誕生したアンドロイドで力も通常の人間よりも強靭にプログラムされており、現場ではこよなく兵士に愛されていると書かれてあった。

 しかし、これは人間の適当なまやかしに過ぎない。


 確かに猟兵への愛情はあるが、それは歪曲された不純なもの。

 猟兵の開発経緯として戦地における性的暴行という項目を発見した。


 悲しいが争いにおいて蛮行は頻発する。組織の管理が雑でも丁寧でも、戦場に出向けば秩序を崩れる。戦場ではないが米軍基地のある周辺ではアメリカ兵による強姦やリンチが多発しているそうじゃないか。世界最強の軍の日常でこれなのだから、暴虐は消えない。


 そして猟兵が急遽造られることになった中心の事情は、ウクライナ侵攻。ロシア軍がウクライナへ一方的に攻め入り、資料によれば2026年にミンスクにて終戦合意がなされ、ウクライナ東部四州の領土割譲で決まったが、双方共に甚大な被害を負い現在も国境付近のインフラは完全に修復されていないとのこと。

 それでその紛争には深刻な問題が付き纏っていたが、まさしく犯罪行為である。


 長期化に伴い風紀は乱れ、ロシアとウクライナ双方による現地住民への暴行やレイプが多発した。逮捕しようにも警察が屈強なスラブ兵に敵うはずもなく、反対に殺されていたそう。流石にその事態を受けてウクライナとロシアの政府は黙っておくことはできなくなり、2023年の夏に一時的な停戦条約を結び、戦闘が始まるまでに両国の技術者が犯罪抑止のために研究を行い、そこから生まれたのが猟兵というわけになる。


 また猟兵には男性の風貌を持つ個体は敢えて製造されず、整った容姿の女性型しか生産されていない。戦場は飢えた男が多いから、その方が喜ぶのだろう。


 初期型の猟兵には排泄の機能も豊かな感情もインストールされていなかったが、兵士の要望によって次第に人間らしい醜悪なシステムが搭載されたと知った時は怒りに身が震えた。 


 法律上、猟兵はどんなに人間そっくりでも元を辿れば人に造られた物体だから、人権はない。したがって兵士にすれば格好の的。性交も合法的に可能だしサンドバッグにもさせられる。


 あと人工子宮の搭載もしっかり確認でき、猟兵の望まない妊娠が軍においては社会問題に発展しつつあるが、肝心の男は事前に逃げて行くが故に堕胎や人工中絶しかないそうだ。


 当然、人間の女性ならその男は投獄されているだろうし、イスラムの原理主義団体なら斬首している。けれど人間そっくりの塊だから見放され続ける。


 ただの機械とは思えないほどの精密な感情を持っているのに、こうも尊厳を身勝手で我儘な理由で踏みにじるなんて、憤怒を通り越して呆れて文句も思い付かない。

 胃の辺りを撫でながら資料をそっと閉じると、舌打ちを鳴らして重たい腰を上げた。


 「アッラーはこういう人達こそ助けるべきだと思うんだけどなぁ。犬や猫ですら保護されてるのに」


 あんなに立派な女性が動物以下の扱いだなんて納得できない。いや、人間に共感するのは愚かな思考だ。

 スラヴァが過去を言いづらそうにしていたのは、恐らく悍ましい行為を受けたからだと思う。

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