知らない人から届く通話履歴

 **小田切悠斗(おだぎりゆうと)**は、スマホの通知音に目を覚ました。

 深夜1時38分。

 布団の中で、枕元のスマホが震え続けている。


 仕事が忙しい時期とはいえ、この時間に誰かから連絡が来ることなどほとんどない。


 画面を見ると、見覚えのない名前が表示されていた。



【着信履歴】

• みてるよ(着信)

• みてるよ(着信)

• みてるよ(着信)



 悠斗は眉をひそめた。


 「……スパム?」

 

 深夜帯だから怖さも余計に増す。


 着信履歴の“みてるよ”という文字が、

 こちらの心臓を覗き込んでいるようだ。


 無視しようとして布団に潜り込むと、また震えた。



【着信中】


みてるよ



 悠斗は恐る恐る通話ボタンを押した。

 好奇心より、切るともっと怖い気がしたからだ。


 耳に当てる。


 「……もしもし」


 返事はない。

 ただ、息のような、風のような、

 “近い気配”だけが聞こえる。


 「誰ですか?」


 返ってきたのは、

 かすれた少女の声だった。


 「……みてるよ」


 悠斗は叫びそうになったが、

 声が喉につっかえて出なかった。


 少女の声が続ける。


 「……あなたの部屋、狭いね」


 悠斗は慌てて周囲を見渡した。

 一人暮らしのワンルーム。

 ベッド、机、テレビ、カーテン。

 普通の部屋。


 少女の声が、笑った。


 「カーテンの色、かわいい」


 その瞬間、悠斗は背筋が凍った。


 カーテンの色を電話越しに言えるはずがない。


 「……どこにいる」


 やっとの思いで呟くと、

 少女は即答した。


 「ベッドの下」


 悠斗は飛び起き、スマホを落とした。

 通話は続いている。

 ベッドから距離を取るように、壁際へ逃げる。


 恐る恐る、ベッドの下を見る。


 何もいない。


 暗いだけだ。


 悠斗は大きく息を吐いた。


 「ふざけんなよ……」


 だが、その瞬間、スマホから声が再び響いた。


 「うそだよ」


 少女の声が笑った。


 「ほんとはね……

  あなたの後ろ」


 悠斗は反射的に振り返った。


 誰もいない。


 その直後、スマホが落ちて通話が切れた。



 次の日。

 仕事へ行くためにスマホを見る。


【通話履歴】

• みてるよ(通話時間:00:46)

• みてるよ(着信)

• みてるよ(着信)


 怖くなり、履歴を削除した。


 その日の夜。

 帰宅後、スマホを充電しようとしたとき。

 見覚えのないアプリが増えていた。



「みてるよ」のメッセージアプリ



 通知はゼロ。

 不気味なくらい静か。


 悠斗は削除しようとしたが、

 アプリの「×」が反応しない。

 削除もアンインストールもできなかった。


 試しに開いてみると、

 アプリ画面は真っ黒だった。


 中央に白い丸い点がひとつ。


 ……カメラのような。


 何かを映しているような。


 押すべきではない、

 直感がそう告げていた。


 だが、指は勝手に近づいた。


 タップ。


 画面が切り替わり、

 動画が再生された。


 映っていたのは、

 悠斗の部屋だった。


 昨晩の、あのままの配置。

 ベッド、机、テレビ、カーテン。


 誰が撮影したか分からない映像。

 部屋の真ん中の空気だけが揺れている。


 やがて、画面の端に、

 影が映り込んだ。


 白く、細い、誰かの腕。


 その手が、カーテンをそっと撫でた。



 スマホから声が流れる。


 「やっぱり……

  かわいいね」


 悠斗は叫んで、スマホを放り投げた。

 床に落ちたスマホの画面は、

 まだ光り続けている。


 少女の声が、優しく語りかけてくる。


 「ねぇ。

  今日はね……

  そっちに行くね」


 やがて、スマホの画面に美しい白い指が映る。

 それは、画面の内側から、

 まるで外へ出ようとするように、

 じわりと押し付けられていた。


 表面がたわむ。


 ガラスが、内側から押されている。


 指が少しずつ、浮かび上がってくる。


 少女の声が囁く。


 「ねぇ……

  みてるよ」



 次の瞬間――

 スマホの画面にヒビが走った。


 ピシッ。

 ピシピシ……。


 ひび割れの隙間から、

 白い何かが覗く。


 指先ではない。


 もっと妙な形の、

 人間ではない何かが。


 それが外へ出ようと、

 画面の内側で蠢いている。


 悠斗は震えながら部屋を飛び出した。


 逃げた。

 外へ。

 夜の街へ。


 しかし――

 ポケットの中で、スマホが震えた。


 通知音が響く。



【新着メッセージ】


みてるよ

みてるよ

みてるよ



 悠斗のスマホのマイクは、勝手にオンになっていた。


 そして、少女の声が、

 はっきりと聞こえた。


 「……どこに逃げても、ね」


 



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