ふつかめのよる ①

 その後、しつこく追いかけ回してくるムトを適当にやり過ごし無事まいて、王宮探検に精を出し、用事を終えたサーラさん達と合流した。


 部屋でサーラさんが私の髪を整えながら、慰めるような、労わるような声で話し出す。


「ノア様……陛下は時折女性に対して厳しい態度をとられます。しかし、それも時間が解決してくれるはずです。共に過ごす時間が増えれば、自然とお二人の仲は深まりますわ」


 ――サーラさんは……きっと、陛下のあの事情のことを言っているんだよね。暗い顔をして私の服を見繕ってくれているアーシャちゃんも、全部わかっているのだろう。


「サーラさん、ご心配ありがとうございます」


「ノア様……今は信じられないかもしれませんが、あの方は決して冷たい方ではないのです」


「……そうですね。私はまだ陛下のことを知らなさすぎますね。……そうだ。サーラさん、陛下のこと、もっといっぱい教えてください! 私陛下と仲良くなりたいです!」


 サーラさんは目を潤ませた。


「ノア様……! えぇ、もちろんです! ノア様ならきっと、陛下を変えられますわ。ええと……陛下はですね、ああ見えてふわふわなものが大好きです!」


「いやどんなキャラ……」


「質感にこだわる男なのです!」


「そうですか……。あ、アーシャちゃん、夕食に着ていく服なんだけど、お願いがあって」


「なんでしょう?」

 

 ――そう。私には、とある秘策があった。


 準備が済むと、昨晩と同じように、夕食の間へ向かう。


 いざ――陛下のもとへ、出陣!


◇◇◇◇◇◇


「陛下! ごきげんよう!」


 食事をとる部屋戦場に入るなり、元気いっぱいご挨拶!

 

 陛下はちょっと面食らった顔をした。ついでに周りの皆さんも。

 

「あ……あぁ」


「隣、失礼しますね!」

 

 陛下が戸惑っている。


 ふふん、そうだろう。私の意図が読めないだろう。せいぜい悩むといい!


「……それにしても、えらく男っぽい服だな」


「気づいていただけました? アーシャちゃんに用意してもらったんです。カッコいいでしょう?」


「……ま、まぁ……」


 女嫌いと聞いたから、少し男らしい格好をしてみたのだ。残念ながら、効果はいまいちのようだけど!

 

 そしてすぐにまた、食事が運ばれてくる。


「……ノア、昼間は何をしていた?」


 食事に手を伸ばしながら、陛下は昨晩のことが嘘のように、和やかに話しかけてきた。


「えっと……王宮を探検していました。私のいた世界とはまるで違うから、新鮮で面白くって」


「ノアのいた世界とはどんな世界なんだ? 『ソームカ』はどんな場所なんだ?」


「どんな場所? うーん……そうですね……」


 改めて聞かれると難しい。私がいた世界は……どんな世界? どんな場所? そんなの真面目に考えたことはなかったけど……


「……私のいた世界、なかでも私がいた国は戦争もなく、平和な国だったと思います。……ですが、問題は沢山ありました。私の国では……少子高齢化が急速に進んでおり、物価上昇にともなう経済への影響も大きく……また人々のニーズは多様化・複雑化し、課題は山積みでした。その一方で国家も企業も家庭も財政状況はますます厳しくなり、人員も限られた中で対応せねばならず、効率的・効果的な運営が求められ……」


「役人の論文試験か!!」


 陛下のツッコミに、ムトが吹き出した。


「す、すみません、つい社畜魂が燃えてしまいました。あ、社畜というのは、家畜のように会社に働かされる人間のことです。私は朝から晩まで本当にずっと働き詰めの人間でして」


 陛下は眉をピクリとさせた。


「……その国では女も男のように働くのか?」


「はい。たくさんの女性が働いています。とても優秀で、男性に負けないくらい稼げる女性や、政治を行う女性もいるんですよ」


 ふと顔を上げると、ラビ陛下が真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「女も政治を……。面白い考えだな」


 そう呟いて、陛下はまた食事を口に運び始めた。


 こんな古代風社会だけれども、陛下は結構、柔軟なお考えをお持ちらしかった。


 そしてひと通り食事が終わり、陛下が立ち上がり、切り出した。


「ノア、今日は仕事がある。寝るのは別々の部屋だ。残念だが……」


 ――なるほど、別室で寝ると。

 やはり……そう来たか。

 

 だが逃してやらない!


「いやです陛下! 私ひとりじゃ寂しくて寝れません。一緒に寝ましょう!」


 周りの空気がザワついた。たぶん、女が寝室に誘うなんて破廉恥だとでも思われているのだろう。私だってちょっと恥ずかしい!

 

「いや、おま……」


「はい、陛下! 一緒に寝ましょう!」


 周りの視線が痛いが、負けない。私はどうしても、陛下と腹を割って話したいのだ。

 

 おどおどするその手を強引に引っ張り、廊下をズンズン進んだ。陛下は躊躇いつつも、渋々着いてきてくれた。(ついでにムトとサーラさんがついてくる気配もする)


 昨晩と同じ部屋に入り、戸を閉め、寝台の上にペタンと座る。


 陛下は――


 手を振り解き、そのまま寝台の前で立ち止まった。


 明らかに困惑している。


「……俺は女は嫌いと言ったはずだ。どういうつもりだ?…………わっ!」


 ちょっと無礼かと思ったが、陛下の手をもう一度取り、思いっきり引き寄せた。


 陛下が寝台に倒れ込む。

 私はその隣にコロンと横になる。


 寝台の上、二人うつ伏せに並ぶ形になった。


「陛下、強引でごめんなさい。でもどうしても陛下とお話をしたくって」


「言っただろ。俺はお前を…………」


 ――そこまで言って、陛下が息を飲む気配がした。


 たぶん、私渾身の変顔(白目)を見て、固まっているのだろう。


 そう。私は今、両下瞼を下に引っ張って、一国の王に向かい、思いっきり白目を剥いている。


「…………なに、やってるんだ…………?」


 陛下の、戸惑いあふれる声が聞こえた。

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