陛下!お戯れの前にお仕事です!ーハンムラビ王と始める古代メソポタミア冒険譚ー

すみRe

第1章 社畜女子、召喚される

ラルサ編

社畜女子、陛下に拾われる

「中川ー、会議の資料、明日までによろしくな」


「中川さん! あのデータ、保存しないで消しちゃいました! どうしましょう?!」


「ごめんね乃愛のあちゃん! 子供が急に熱を出しちゃって……。これ代わってもらえる?」

 

 中川さん!

 中川さーん!


 中川……さん……?!


「…………おい! 目を覚ませ中川! 誰か……誰か救急車を!!」



 ――私は、頑張りすぎました。


 中川 乃愛なかがわ のあ、24歳、社畜女子。


 仕事中、過労で倒れてしまったようです。


 そして、気づいた時には――。



◇◇◇◇◇◇



 目が覚めたら青い空の下、倒れていた。


 ふらつく体で立ち上がり、黒スーツの土ほこりを手で払い、辺りをぐるりと見回した。


 倒れていたのはひときわ高い場所、巨大な建物の屋上のような場所だった。眼下には高い壁に囲まれた、土色の町が広がっている。


 どこだここ。


 でもなんとなく、砂漠の中の町といった雰囲気だ。しかも……おそらく現代ではない。文明感がまるでない。古代のアラビアンな町。


 遠目に見える人々はアラビア風衣装に身を包んでいて、馬や牛、ラクダの姿も見える。くねくねした妖艶な音楽がよく似合う光景だ。


 ……うん。

 

 どう見たってここは、私の戦場職場・東京のオフィス街ではなかった。


「……なぜ私はこんなところに……」


 夢でも見ているのかしら。頬をつねってみるが、ちゃんと痛い。とするともしやこれは、噂の「異世界に飛ばされた」というやつではないか。


 ……あぁ私、ついに過労死して……今月残業時間やばかったもんなぁ……時空を越えたのだろうか。異世界に……転生? 転移? でもしたのだろうか。


 頭をぐるぐるさせながら後ろを振り返る。


 二歩ほど離れた距離に、男の人が一人、立っていた。


「……う、うわあああ!!」


 思わず悲鳴をあげてしまった。男の人も驚いたのか、一瞬肩をビクリとさせた。


 ――20代後半くらいか、背は高く肩幅があり、やっぱりアラビア風な衣装を着ている。ミルクチョコレートみたいに艶やかな褐色の肌に、額を隠す黒い髪。瞳はエメラルド色、美しい身体の上で輝く金色の装飾品。漏れ出ている高貴なオーラ。


 漫画から飛び出してきたかのような、エキゾチックな美貌! ザ・イケメン様がすぐそこにいた。


「こ…………」


 こんにちは、と言いかけて口をつぐむ。このどう見ても日本人ではないイケメン様、日本語は通じるのかしら。ここは無難に英語でご挨拶した方がいいかしら? ボ……ボンジュールの方がいいかしら? 異世界って何語しゃべるのかしら?!


 ひとり脳内で混乱を極めていると、イケメン様の唇が開き、動いた。



「……お前の名は?」



 きたッッ!! 日本語だ!!

 

 言葉が通じる安堵感に心が躍る。


「総務課の中川です!」


 勢い余って、つい社畜式ご挨拶をしてしまった私に、イケメン様は一瞬の間のあと、目を細めてニヤリとした。


「……よし。俺の妻に迎えよう」


「え?? なんで??」


「お前はそのためにここへ来た」

 

「い、いいえ……???」


 スピーディーな展開にもほどがある。ただでさえ訳の分からない状況なのに、出会って数秒のイケメンからプロポーズ(?)されるとは。いくらイケメンでもついていけません。


「あ……あの、実は私、なぜ自分がここにいるかわからないんです。まず、ここはどこでしょう?」


聖塔ジッグラトだが」


聖塔ジッグラト??……って、聞いたことあるような……どこかの国にあった建物でしたっけ」

 

「ここはすでに我が国バビルの支配下だ」


「バビル……??」


「バビル」

 


 知らん。


 知らないけどなににしろ、ここは東京からとんでもなく遠い場所で、そんな場所に突然、私は身ひとつで来てしまった。それだけは確かなようだった。


「……とりあえず降りるか」


「?……きゃっ!」


 イケメン様が近づいてきて、たくましい腕にひょいと体を持ち上げられた。人生初のお姫様抱っこ、24歳。


 イケメン様はそのまま、地上へと続く長い長い階段を降り始める。建物の下には無数の人が並んでいるのが見える。あの人たちはだれだろう。というかこのイケメンさまは誰だろう?!


 ……わからないが、プロポーズ(?)するくらいだし、悪いことにはならない……はず。今は大人しくこの人に着いていったほうがよさそうだ。というか、それ意外に選択肢がない。


「しっかりつかまってろよ」


「は……はい」


 言われたとおり首に腕を回し、しがみつく。美しいお顔が間近にあってドキドキしてしまう。しかも御身体から品のいい香りまで放たれている。密かに胸を高鳴らせていると。


「陛下! そちらは?!」


 下から男の人が急いで駆け上がってきて、イケメン様の足元でひざをついた。

 

 20代くらいの、短い金髪に黒い瞳が凛々しい男の人。顔に大きな切り傷の痕があり、体格も服装も見るからに戦士! 将軍! といった風貌。これまた新手のイケメンだ。


 その人は腰にぶら下げた剣らしきものに手をかけ、私を見上げ睨んでくる。いやなんで睨むの! 殺気がすごい! 思わずイケメン様の首に回していた腕に力を込めた。


「ムト。将軍のお前がそんな顔をすると、これが怖がる」


 やっぱり将軍だ! 金髪切り傷のこの人は、ムト将軍というらしい。


「……失礼しました。陛下、こちらのお方は?」


「光に包まれ現れた。『神からの贈り物』だ。俺の妻にする」


 ムト将軍は目を丸くする。

 私も一緒に丸くする。

 

「なんと……陛下、こんな不審な格好の女が、『神からの贈り物』……?」


「見慣れない格好だよな。まさに神の選んだ女だ」


「…………」


 目を見開いたまま黙り込むムト将軍。

 

 ……気持ちはわかります、将軍。

 

 私にも意味がわかりません。

 神?? 贈り物?? なんで??

 

 疑問いっぱいの私を抱えながら、陛下は再び階段を降り始め、ムト将軍も眉をひそめながらそれに続く。


 それにしても……「陛下」とは。


「あ、あの」


「ん?」


「陛下……のお名前を伺っても……?」


 すると横からムト将軍が、

 

「強き王、神々に愛されし王、世界の王、偉大なるバビル王・ラビ陛下でいらっしゃる」


 ご丁寧に教えてくれた。イケメン陛下はたいへん長い肩書きをお持ちでいらっしゃるようだ。


「ラビ……陛下」


「そうだ。夫になる王の名だ、よく覚えておけよ」


 そう言ってニヤリと笑う、ラビ陛下。

 イケメンの微笑みって心臓に悪いと心底思う。

 

 陛下はそのまま降り続け、だんだん地上が近づいてきた。下で並んでいた人たちは、降りてくる王を見上げ、ザワザワし始める。


「王よ……先ほどの光は? その女性は一体……まさか神が?!」


 誰かが声を張り上げた。その問いにラビ陛下が、力強い声で答える。


「……そうだ。我は神より贈り物を授かった!」


 その答えに、人々が一斉に歓声をあげた。


 ――陛下!! 陛下!! 陛下!!


 空気を震わす陛下コールの中、ラビ陛下は階段の途中で立ち止まり、私をそっと下ろした。その数段下でムト将軍も立ち止まる。


 これから何が起こるのだろう?


 不安で隣に立つ陛下を見上げると、エメラルドの瞳がまっすぐ優しく見下ろしてきた。

 

「ソームカ出身の……ナカガワと言ったか」


「あ……名字はナカガワ、名前はノアです」


「そうか。ノアの方が呼びやすいな」


 ラビ陛下はそうつぶやいて頷いて、私の腰を抱きよせた。そして人々の方を向き、右手をあげた。


 人々が黙る。

 陛下は声を張り上げる。

 

「皆に告ぐ! たった今、戦勝の褒美として、神より贈り物を賜った。我バビル王・ラビは、神より賜りし女ノアを妻とする!」


「おおおおおーーー!!!」


 ――堂々と婚姻宣言をなさるラビ陛下と、より一層大きな歓声でそれに呼応する人々。


 それに、ちょっと下から睨んでくるムト将軍。


 私は何が何だか、ぼうっと立ちすくむ。

 展開が早すぎてついていけません。

 

 ――そんな中、思い出されるのはもちろん、あのことだ。

 

「……あ、いけない」

 

「なんだ?」


「係長に修正するよう頼まれていた資料、直すの忘れてました……」


「カカリチョー?」


「係長……」


 ――異世界(?)にきても抜けない社畜脳。


 というか、私は本当に、これからこのバビル王?の妻になるんでしょうか。


 大丈夫でしょうか?!


 

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