ディストピアクエスト

第32話 法のコスト（五十嵐監督官）

　1. ⚙️ 暗殺者の血と「ルールのコスト」

​　岩山の塔での激戦後、大山——本名：犬山勲——は、ツヴァイハンダーを抱えた神保、そして奇襲に成功した葛西と共に、都心の合同庁舎へ向かっていた。

​　大山の脳裏には、10年前に銃声と共に終わりを告げた過去が、鮮明に焼き付いていた。

​「父親は西郷首相を暗殺した。理由？ 狂気だ。社会の効率主義に疲れ果てた男の、最も非効率的で原始的な暴力だ」

​　大山は、神保に向け、冷たい声で語った。「俺は、その**『狂気のコスト』の連鎖を断ち切るために生きてきた。そして、片倉は斧やドローンでその狂気を模倣した。だからこそ、次は法**を使う」

​　大山のタブレットには、労基官・**五十嵐（いがらし）**の顔写真が映っていた。

​「五十嵐は、法とルールの監視者だ。彼は、法という名の『コスト計算』に縛られ、悪質な派遣会社を徹底的に罰することができなかった。彼の**『正義の限界』**こそが、このゲームを止める鍵になる」

　2. 🏛️ 法廷への拉致

​　合同庁舎の裏口。五十嵐監督官は残業を終え、疲れた顔で薄暗い通用口を出てきた。彼は、手の中の資料ファイルが、自身が処分できなかった**「悪のコスト」**の重さだと感じていた。

​　その瞬間、闇の中から神保が現れた。彼の背後には、異形の長剣ツヴァイハンダーが輝いている。

​「動くな、労基官」

　神保の声は低かった。

​　五十嵐は逃げようとしたが、大山（犬山勲）が彼の前に立ちはだかる。

​「五十嵐監督官。我々はあなたを傷つけない。ただ、あなたの**『正義』**を、全世界に向けて公開する必要がある」

​　五十嵐は、彼らが単なる強盗ではないことを悟った。

「お前たち…派遣会社を訴えていた者たちか？」

​「我々は、究極の支配者のゲームの駒だ」

　大山は言った。

「そして、あなたは、そのゲームの**『審判』**になってもらう」

　3. 🎙️ 究極の支配者による「公開審理」

​　五十嵐は、廃墟となった工場の最上階に連行された。そこには、葛西が設置した簡易的な配信機材と、強力な照明が用意されていた。

​　大山のタブレットが、再びけたたましい警告音を鳴らす。

　究極の支配者（警告）：

　件名：システム干渉：公的な「法のコスト」の起動

​　ターゲット：労働基準監督官・五十嵐を介した**『法廷』**が承認されました。

​【ルール】：五十嵐監督官が、現在進行中の復讐の連鎖を『法的に無効』と判断し、それを公に批判した場合、古川剛のデータ損失を一時停止する。

​　大山は、マイクを五十嵐に差し出した。

​「さあ、監督官。あなたの正義を語る時間だ。我々の復讐は、法を犯している。それを公に非難し、この連鎖を止めてみろ」

​　五十嵐は震える手でマイクを握り、目の前のカメラの赤いランプを見つめた。

​「法を…批判するだと？ しかし、あなたたちが行っているのは…暴力だ！」

​「その通りだ！」神保が叫ぶ。「だが、あんたの法は、俺たちを救えなかった！ 俺たちの人生のコストを誰が計算するんだ！」

​　大山は、五十嵐の心に、決定的な一撃を加えた。

​「監督官。あなたを縛ったのは、法そのものではない。**法という名の『効率』だ。そして、私の父は、その効率に狂わされ、首相を暗殺した。あなたには、私たちが『狂気のコスト』**に堕ちるのを、法の名のもとに止める義務がある」

​　五十嵐の表情が、一瞬で変わった。彼の目の前に、過去の調査で知り合った、派遣切りで命を絶った何人もの労働者たちの顔がフラッシュバックした。彼らを救えなかった**「法の限界」**。

​彼は、深く息を吸い込んだ。

​「分かった。私が、この狂気の連鎖を、法の名のもとに、一時停止させる」

　4. 📢 監督官の裁き

​　五十嵐の言葉は、設置されたスピーカーを通じて、闇夜に響き渡った。

​「全国の、そして世界の監視者たちへ！ 私は、労働基準監督官、五十嵐である！」

​　彼は、感情を抑え、しかし強い意志を込めて宣言した。

​「今、この場で起こっている**『復讐の連鎖』は、法的に、いかなる理由があろうとも、絶対的に許されるものではない！ 暴力は、新たな暴力を生む『非効率なコスト』**である！」

　​五十嵐は、カメラに向かって、自らの正義を訴え続けた。

​「しかし、この連鎖の根源にあるのは、法が裁けなかった『社会的なコスト』だ！ 派遣会社が行った『合理的』と称する冷酷な切り捨てこそが、この悲劇の『非効率』な原因である！ 我々、法を執行する側も、その『限界』によって、彼らを追い詰めた共犯者である！」

​　彼は、自らへの批判をも含め、復讐のコストをゼロにする唯一のロジックを全世界に発信した。

​　その瞬間、大山のタブレットの警告音が、静かに消滅した。

　究極の支配者（確認）：

​『法のコスト』が認証されました。

​　復讐の連鎖は一時的に『休止』します。

​　次のコストの発生は、新しいターゲットが指定された後となります。

　大山は、安堵の表情を見せることなく、五十嵐を見つめた。

​「成功だ。監督官。あなたの**『正義のコスト』**が、古川の命を一時的に救った」

​　しかし、その成功の直後、彼らの背後で、ある異変が起こっていた。

​　大山の脳裏には2つのルートが浮かび上がった。

　💻 葛西の行動： 奇襲に成功した葛西が、労基官のシステム利用を見届け、次の行動（新たな復讐）に移る。

　🧟‍♂️ ゾンビの再臨： 一時停止したはずの復讐の連鎖を無視し、片倉ゾンビが**「最も非効率な獲物（大山）」**を求めて、この工場跡地へと迫る。