ゴブリン討伐

「で、何でお前がついて着てるんだよ!?」


 腰に剣を下げて、鎧というほど大仰なものではないが、身体の要所要所に防具を身に付けているヨーゼフのおっさんが言う。


「だって俺もゴブリンの群れを見てみたいんだもん」


 もはや定番のやり取りになりつつあるかな。

 ゴブリン討伐のためにピュセルを出発したヨーゼフのおっさんの後をこっそりと付けていた俺。

 身体は人間になったとはいえ、前世の技術は今もしっかりと継承されている。如何に高ランク冒険者が相手だろうと、人間に気配を気付かれる俺ではない。元々このリオン少年の身体は人間にしてはかなり出来が良く、頑丈で魔力量も多いしな。

 が、子供一人、身一つで一日以上はある道のりを歩いて行くのは体力的にも厳しいし、路銀の問題もある。

 うっかり姿を晒してしまった、という体を装って俺はヨーゼフのおっさんの前に姿を見せたわけだ。


「遊びじゃねえんだぞ!」


「勿論、分かってるよ」


「だったら今すぐ帰れ! マリアだって心配してるに違いねえんだぞ」


「でも、帰り道がもう分からないよ。俺一人じゃ帰れないって」


「うぅ。……」


 ここまで来てしまえば、子供一人でピュセルに帰るのはまず不可能と考えるのが普通だろう。

 ヨーゼフのおっさんは眉間に皺を寄せて頭を悩ませる。

 俺をこのまま連れて行くか、来た道を引き返してピュセルに帰るか。


「ったく、仕方ねえな。良いか。俺の傍を離れず、俺の言う事はしっかり聞くんだぞ」


「はーい!」


 このゴブリン討伐は、これからの生活費が掛かってるからな。ヨーゼフのおっさんにはせいぜい稼いでもらうぜ。

 それにこれは、今の俺の実力を測る良い機会になるかもしれない。



 ◆◇◆◇◆



 ピュセルを出発しておよそ一日と半日。

 俺とヨーゼフのおっさんは、クエストに記されていた森の奥深くへとやって来た。


「ねえ、おじさん。ゴブリンはどこにいるの?」


 実を言うとゴブリンの群れの魔力反応ははっきりと感じている。数は百どころか、少なくとも三百体は超えてるな。

 これは流石におっさん一人じゃ荷が重いかもしれない。


「この先だよ。こりゃ三百は超えてるな。ったくギルドも依頼を受理する前にちゃんと下調べくらいしとけよな」


 おっさんの感知魔法の精度は申し分ないらしい。焦ってる様子も無いし、案外大丈夫そうじゃねえか。


 その時だった。

 生い茂った草むらや木々の陰から多数のゴブリンが現れてはいきなり襲い掛かってきた。どうやらここからがゴブリンの縄張りらしい。


 ざっと見たところ数は十一体。

 手出しすべきかしないべきか。

 そんな事を考えている間に、ヨーゼフのおっさんは鞘から剣を抜いて、次から次へとゴブリンを斬って斬って斬りまくった。


「へえ。中々やるじゃねえか」


 いつもマリアの後ろで兵を指揮してるイメージしかなかったけど、ヨーゼフのおっさんも強かったんだな。流石はA級冒険者だ。


「おい。そんなところでボサッとするな。相手は数が多いんだ。こっちの存在に気付いていない今のうちに、奇襲を掛けて数を減らさねえといけねえんだ」


「うん! 分かったよ」


 圧倒的多数の敵に対して、奇襲で先制攻撃を掛けて数の不利をカバーするのは戦術的には正しい判断。マリアの後ろで旗を振ってるだけじゃなかったようだ。

 とはいえ、数の差があまりにもあり過ぎる。戦術どうこうでカバーできる範囲を明らかに超えているな。

 まあ、ヤバくなったら俺が助けてやるか。


 それから俺達はしばらくゴブリンの魔力反応が密集しているポイントに向かって移動を続けた。

 その間にもちょこちょこ数体のゴブリンに遭遇したが、ヨーゼフのおっさんが出会い頭に一瞬で処理した。

 やがて俺達の進む先には、洞窟の入り口らしきものが見えてきた。


「どうやら、あそこがゴブリンの根拠地らしいな」


「うん。そうだね」


 魔力反応はあの洞窟の奥に集中している。

 洞窟の出入り口があそこ一つだけなら毒魔法で毒霧を生成して洞窟内に流すだけで、中のゴブリンを一体も逃さずに毒殺で処理できるんだが、そもそもヨーゼフのおっさんにそんな提案をするわけにもいかないし。


「狭い洞窟なら、ゴブリンは一方向からしか攻めてこれない。囲まれる心配も無く戦えそうだな」


「正面から突っ込むの?」


「それしか無いだろ」


「まあ、それはそうだけど」


 今にして思えば大戦中、マリアはよく考え無しにこっちの陣に突っ込んでくる事が多かったけど、この親にしてこの子ありって事なのか、そもそもヨーゼフがマリアに指示を出していたのか。


「分かったら、ここで隠れてろよ! 流石にこっから先はついて来ない方が良い」


 そう言い残すとヨーゼフは、潜んでいた草むらから飛び出すと見事な剣技で、洞窟の前にいる見張りのゴブリン三体を切り捨てる。


「オラララララッ! ゴブリンども、一匹残らず討伐してやるからなあ!! 覚悟しやがれ!!」


 ヨーゼフの大声が洞窟内に反響して響き渡る。

 これで洞窟内にいるゴブリンは入り口に出現した敵の存在を認識して迎撃に出てくるはず。

 ゴブリンは人間よりも暗闇でも目が慣れやすい特性がある。暗い洞窟に入るよりも視界が確保できている入り口近辺で戦う方が良いと判断しての事だろう。

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