友達

ナツメ「はぁ~」

 思わずため息をついてしまう。

 自分から終わらせた関係だけど、やっぱりそれでも期待しちゃうわけで……。

ナツメ(今日は宮本さんから誘われなかったな)

 そんな酷い感想を吐き出したくなる。

 学校が終わって、最短でこの場所へやって来た。

 橋から土手を見下ろすことができ、土手には様々な植物が群生している。

 春はもう終わりに近づいている。少し前の幻想的な光景はもう見ることができない。

 地球は回る。季節は巡る。この世の中に不変はない。

 植物は色を変え、草木は枯れ育ち、私は……。

 いつも一人。特段、不満はない。一人なら誰かに気を遣うことはないし、一人の生き方はある程度心得ている。

 寂しいけど、淋しくない。悲しいけど、哀しくない。

 ……。

 それでもやっぱり……私は……友達と一緒にいたいって強く思う。


 小さい頃はどうだっただろうか。

 引っ込み思案で人見知り。誰かに話しかけるのが怖くて、一人で遊んでいたと思う。

 砂場で。公園の端っこで。教室の隅で。

 でも、小さい子供の感性というやつは純粋で余計な感情なんて一切入っていない。

 誰とでも仲良くなれるし、誰とでも遊びたくなる。

 私も誰かに誘われて、小さい頃だけは友達と遊んでいた。

 それから小学校に上がって、友達らしい友達はここでいなくなった。

 引っ込み思案で人見知り。それは小学生になったから治るわけはなくむしろ拍車をかけていった。

ナツメ「……」

 この頃から疎外感みたいなのは感じていたと思う。

 理由は明白で、私がハーフだから。

 髪の色。顔立ち。

 もう小さい頃の魔法なんてない。小学生にもなると何かしらの特徴があればいじる対象になる。

男の子「はーふなんだ」

女の子「にほんご、しゃべれるの?」

 幸い、いじられるぐらいでいじめにはならなかったのは良かったと思う。

 けど、ハーフだっていう外人性。引っ込み思案で人見知りの態度。

 日本語が話せないキャラとして確立してしまった。それに加えてずっと一人だったから、文化が合わないとか一人が好きって勘違いされ続けたまま私は過ごすしかなかった。

 そんなんだったからますます人と話すことはなくなって、話しかけられてもうまく会話を続けられず、変な空気にしてしまう。そんな私に友達なんてできるはずもなく、小学校の間も、中学校も、高校も。ずっと一人だった。

 行ってきます。

 ただいま。

 これが家を出るときから家に帰るまでの間に発した言葉。

 行ってきますの次がただいまを言う毎日。

 いくら一人でも最低限話せる人が一人ぐらいはいるって思われるかもしれないけど私には誰一人いなかった。恵まれなかった、なんて思ってはいない。自分が悪いのだから仕方ない。だから、ずっと一人で過ごした。正直、一人でいる時間は辛かった。

 グループワーク。

 二人組でのペア活動。

 お弁当の時間。

 学校行事の班分け。

 辛い時間だった。自分のせいだって解っているから苦しかった。誰も友達がいないのだから、誰も話せる人がいないから私はいつも最後まで余った。

ナツメ「……」

 顔を上げることなんて当然できない。

 ざわざわとした声が、すべて私の悪口を言っているんじゃないかって思う。

 誰かあいつ仲間に入れてやれよ。

 やだよ。

 え~人数的に私のグループ。

 誰も何でもない子は一緒のグループなんかに入れたくない。

 それも何かしらの行事ならなおさらだ。

 私だってグループを組むなら仲の良い子で埋め尽くしたい。

ナツメ「……」

 じゃんけん。先生からの打診。私はいつもそんな感じでグループから迎え入れられる。

 つらかったし、申し訳なかった。私のせいで時間を使って、私のせいで嫌な思いにさせてしまって。

 結局学校行事は行かなかったから、あの時間は、無理やり班に入れて色々と考えた時間を無駄にしてしまった。

 何度か迷惑をかけないよう頑張って話したことがある。グループワーク。二人組での作業。頑張ったけどうまくはいかず空気を悪くした。そんな私を見かねてか担任になった先生は学級委員やクラスで人気者の人たちなどに、私と話すよう仕向けた。言い方はあれだけど要は浮いているから気を遣ってくれた。ちょくちょく話しかけてくれたり、一緒に帰ってくれたりしたけど、数日経ってしまえばまた一人に戻ってしまった。

 連絡先。二件。お母さんとお父さん。

 両親には迷惑をかけまいと登校は続けていたけど、高二の夏休み。そこから休み続けている。

 友達がいないだけで引きこもるのかって、弱い人間だなって言われてるだろうけど、私には耐えられなかった。

 両親以外言葉を交わさない。みんながいる空間でずっと独り。存在しているはずなのにいない者みたいな感じで、私だけ世界から隔離されているようで。

 だから私は独りの世界を作るしかなかった。

 読書で。勉強で。寝たふりで。

 ふりをして聞き耳だけはしっかりと立てて、友達がいないなりに困らないよう情報収集は続けて。

 私の世界には誰もいない。私の世界の外では賑やかな世界が形成されている。

他クラスの子「あ、あの人が例のハーフ子?」

 私を指し示す言葉に思わず反応してしまいそうになる。

クラスの子「そうだよ」

他クラスの子「……日本語話せるの?」

クラスの子「わからない。話してるところ見たことないし、そもそもずっと一人だから」

 帰りは学校の人と時間が被らない時間を選ぶ。

 私はバス通学だったから、何本かバスを遅らせたり別バス停から違う経由路線を選んで乗り込んだり。

 家に帰って、スマホを見ても誰から連絡が来てるってことはなくて、休日も私は独り。

 正直、時代が時代だから一人でも生きていられると思った。一人での過ごし方は色々あって、実際一人で生きている人もいて、私も独りなんだから一人で生きてみようって。自分の世界を創ったのもその一歩。

 読書。意外と面白い。

 スマホをいじる。刺激になる。

 だらだらと休日を過ごす。リラックスできる……。

 一人でいる……気楽……。

 だけど……思った以上に独りっていうのはつらいよ。

 独りでいる時間だけが上手くなって、そんな日々を繰り返していって……徐々に教室へ行かなくなった。

 私がここへ来たのはそんな理由から。

 両親からの進めもあって、このまま引きこもっていても何も変わらないって思っていたから。

 私は変わりにきたんだ。友達を作って、もう一度前に進んでいこうって思ったんだ。

 陰キャなりに考えて、でも上手くはいかなくて。

 一度駄目だったぐらいで諦めなかった。出来なくても変われないに頑張ったつもりだった。

 なのに……私は……。

ナツメ「……また繰り返しっちゃったな」

 所詮は口先だけだった。

 過る。駄目だと主張する。お前にはできないと諦めろと言ってくる。

 宮本咲月さん。久しぶりに私と一緒にいてくれて、たくさん話しかけてくれた子。

 変わるきっかけを神様はくれたのかもしれないのに、私自身が無駄にしてしまった。

 自分が傷つきたくないから、本当に傷つけたくない自分の心を守るために周囲を否定してしまう。良くないことだと解っていても、それは自分の意思とは関係なく自動的に起こってしまう。

 一度逃してしまったチャンスはもう二度と手の届く範囲にすら巡ってこない。

 私はただ自分の部屋からここへと場所移動しただけだった……。


 朝。私はそれでも期待してしまっている。自分から終わりを告げたのに、もう一度ないかなって。

ナツメ「……」

 食堂を見渡してみたが彼女はいない。こんな私に毎日話しかけてくれた彼女はいない。

ナツメ(……朝ごはんって……こんなに味気なかったっけ……)

 通学路も。授業間の休みも。お昼も。

 ちょっと前の私に戻ったはずなのに。慣れたはずの一日だったはずなのに。

ナツメ(……一日って……こんなにも長いんだ……)

 また独りの世界に戻る。

 もう私は変われないのかもしれない。

咲月「ふ、藤沢さーん‼」

 あまりにも大きい声に思わず周囲を確認してあわあわしてしまう。

咲月「ふっ……はあ、はっ……ふじ、さわ、さん」

 ゼーハー。ゼーハー。

 両ひざに手を当て、想像以上に息を切らしてやってくる。

ナツメ「……大丈夫、ですか?」

 なんでこの人がやってきたのかは分からない。

 突き放したも同然の私に、彼女が話しかける意味が解らない。

咲月

 「あ、あのね、藤沢さん」

 「私、友達がいなかったの‼」

ナツメ「……え」

 呼吸を整えながら、宮本さんは勢いよく話す。



咲月

 「文字通りの意味とは、ちょっと違うけど……わ、私……友達、いなかったの‼」

 「中学生の頃、仲の良かった二人がいたんだけど、けどその子たちは私が知らない間に二人っきりで遊んでいて」

 「文房具とか思い出とか、私だって一緒にいたはずなのに、何ひとつ無かった」

 「バスの座席もそう。帰りの並びも。二人の背中を見て、私は一人後ろで」

 「きっと、あの子たちとは、都合の良い関係だったんだと思う‼」

 認めたくなった。認めてしまったら本当に負ると思ったから。

 仲の良い友達で、いつも一緒にいて、放課後までダラダラと話して。

 うざったがられてたとかハブられ気味とか、そんなの一切なかったけど、永遠なんてどこにもない。

 人はいつしか別れる。だいたいが大人だけど、進学するだけで、進級するだけで、濃密だと思っていた時間は終わりを迎える。

咲月「仲の良い二人の写真を見て、私は引きこもった。ああ、私って、大して仲良くないんだって思って……」

 答えが出た訳じゃない。過去が無かった事にもなってない。未だに、多分、あの子たちと出会ってしまうと気まずい気持ちにはなってしまうだろうけど……。

咲月

 「ぐっちゃぐっちゃになって。へこんで。苦しみながら悩んで。どうしたいのかなんて、私はわからないけど!!」

 「それでも、この気持ちだけは本物だから!!」

 呼吸を整え。そして次の言葉に想いを込める。

咲月「私と、私と友達になってください‼」


ナツメ(……え)

 宮本さんから言われた言葉を反芻する。

 友達に……なってください。

ナツメ「……それってどういう……」

咲月

 「そのまんまの意味だよ」

 「私と、友達になってくれませんか?」

 少し照れながら宮本さんは私に言う。

 なんで、私に?

ナツメ「私、宮本さんに、酷いこと言って……」

咲月「うん。ちょっと傷ついた。でも、関係ない」

ナツメ「……え」

咲月

 「勝手な想像だけど私にはわかる。本心ってなかなか素直に言えないよね」

 「傷つかないために嫌な言葉で塗りたくって、傷つくぐらいなら最初から何も無かった方がまじで」

 その言葉にドクりと心臓が反応する。

咲月

 「……返事はイエスかノーかで」

 「さあ、次は藤沢さんの番だから」

 そうして宮本さんは足早に去っていった。

 

咲月「うわぁーーーーーーーーーーー‼。メッチャ恥ずかしーーーーーーーーーーー‼」

 羞恥心に悶える。

咲月

 「あーあ。黒歴史確定だぁ〜!!」

 「私と友達になってください?今時、そんな言葉使う子いないって」

 「それに……」

 過去の自分語り。

 覚悟を決めて、意気しゃーしゃーと藤沢さんに話しかけに行ったんだけど……その場の雰囲気に流されてしまったと言えばいいのか。

 ……ちょっとエッチな表現だけど、あの空気感?あの時の感情にあてたれたのは事実。

 話したくはない、認めたくもないような自分の過去。

咲月「……でも不思議。すっと言葉は出てきたな」

 言いたいことを全部言えた訳じゃない。

 自分の想いを全部話せた訳でもないと思う。

 でも、何だろうかこの気持ちは。

 高揚感?達成感?それとも満足感?

 そのどれでもあって、そのどれでもないような。

咲月「……想いをぶつけるって、こんなにも、スッキリするんだ」

 やれることはやった。

 どうなろうが、どう思われそうが、後悔はない。

 これも一つの答え。絶対的な正解とは違う。

 けれど、私の心に悔いはない。

 すこし……ほんの少し……ほんの少しだけど……自分が好きになれたような気がする。

咲月「……あの時もこんな風に伝えられたら、少しはましな自分になれてたのかな……」

 あの時何を思っていて、どんな感情が私を支配していて、どんな事を言いたかったのか。

 どっちにしろボッチだったと思うけど、あの時以上に変な気持ちを抱え込まなかったかもしれない。

 この先に何があるのか。分からないけど大丈夫。

 そんな歌詞が心に染みた。


 私は駄目な人間。寝る前に何度も思ってしまう。

ナツメ(……)

 そんな言葉で頭をいっぱいにしてから眠りに落ちる。

 それが私のルーティンだった。

 そうすれば変な妄想をしなくてすむ。

 もう慣れてしまったからだろうか。こういった負の感情が自分を落ち着かせてくれる。

 だから今日も、そんな感じで眠りに落ちるのかと思っていたが、ベッドに入っても一向に眠気は襲ってこない。

 脳が覚醒している。

 目を閉じるのも嫌だって思うぐらい、私の気が昂っている。

【私と友達になってください】

 人生で初めて言われた言葉。

 私はその言葉を何回も反芻させている。

 未だに意味は解っていない。

 だって、そんな言葉をかけてもらえる関係性てなかったからだ。

 私といた時間はつまらない時間で、気まずいって何度も思わせてしまったはずだ。

 ここ最近の会話内容も鑑みてもそう。友達になれなるはずがない。

 一体全体どういった意図があってその言葉を言ってくれたか解らないのだけど……。

ナツメ「本物の気持ち……」

 嘘じゃないことは解っている。

 あれはどう見たって罰ゲームとかで嫌々言っている態度ではなかった。

 まるで……私と本当に友達になりたいと思って……言ってくれたみたいだった……。

 ……。

 私がここに来た目的はなんだ?

 私は何故ここへ来たんだ?

 自分の部屋から場所を変えるため?違う。

 同じ自分でいたいから?違う。

 私は、駄目な私を変えるためにここへ来たんだ。

 大切なのは覚悟と勇気。

ナツメ「……よし」


 朝。今日初めて、私から宮本さんに声を掛けた。

ナツメ「お、おはようございます」

咲月「……」

 話しかけられたのが意外だったのか、箸先を口に咥えたまま固まっている。

咲月「お、おはよう」

 仕方のないことだが気まずそう。

ナツメ「えーっと、そのー……」

 大切なのは覚悟。一瞬だけでいい。今、この時、三十秒にも満たない勇気があれば。それだけでいい。

ナツメ「わ、私と一緒に、登校してくれませんか‼」


ナツメ「……」

咲月「……」

 時間は有限。いつまでも無言のままではいかない。

 宮本さんも昨日はこんな気持ちだったんだろうか。

 心臓がバクバク唸っていて、頻繁に口の中が乾く。

 この恥ずかしいような緊張とはちょっと違う感情が身体を巡っていて暴発しそうな。

 でも、不思議なもので嫌とか逃げたいとかそんな気持ちは湧いてこない。

 覚悟が決まるとはこのことだろうか。ぶつけてみようこの想いを。

ナツメ「あ、あの‼」

咲月「は、はい‼」

ナツメ「昨日は、ありがとうございました‼」

 恥ずかしい。思わず頭を下げてこの気持ちから逃げ出しちゃったけど、でも私はこれでいいのかもしれない。

ナツメ「わ、私‼昨日は、うまく答えられなくて。でも、それは嫌じゃなくて‼ビックリしてしまって」

 きっと私は自分の気持ちをうまく言語化して話すことは出来ないだろう。

 事前に言いたいことを考えていた訳ではない。言いたいことだけ頭の中に浮かべてきたけど、他の言葉は今出てくる想いから。

ナツメ

 「私も‼友達、いませんでした‼」

 「宮本さんとは違って、私はボッチでした‼」

 「話しかけられてもうまく応えられない‼楽しいことなんて何ひとつ言えない‼」

 「教室の中、私だけ、世界が違うような気がして。傷つきたくないから‼期待したくないから‼一人でいることを受け入れていました‼」

 「私が引きこもってしまったのは宮本さんとは違う‼ただボッチだったから」

 声を張り上げ続ける。私ってこんなに声を出せたんだ。

ナツメ

 「部屋に引きこもって‼自分の情けなさに泣いて‼変わろうって思っても動けなくて‼」

 「この気持ちは宮本さんにあてられたものなのかもしれない‼この気持ちは一時的なものなのかもしれない‼」

 「それでも、いい‼私は、今、動こうって思えたから‼」

 きっと自分の本当の気持ちの十分の一にも満たない言葉。

 それでもいいんだ。大切なことは想いをぶつけることなんだと、私がそう思ったから。

ナツメ

 「私‼ボッチで‼つまらなくて‼口数も多くなくて‼楽しくない人間だけど‼」

 唯一言いたかった言葉。それだけは顔を合わせて言いたかった言葉。

ナツメ「こんな私と‼友達に‼なってくれませんか‼」

 悲しくないのに思わず泣いてしまう。

 ボロボロと今の熱い気持ちに反して涙が溢れてくる。

 自己満足で一方的。

 元は自分から切った関係。都合の良い人だなって思われても仕方ない。

 私は最低な人間。

 けれど、ちょっと不思議な気分かも。

 私の想いに、宮本さんが答えてくれなくても。それはそれでいいって思う私がいる。

咲月「……」

 宮本さんは目を見開き硬直中。

 しばし間があってから。

咲月「うん‼よろしくね‼」

 その言葉が私の心を軽くしてくれた。


咲月「いや~ウケになるとこんな気持ちになるんだね~。ちょっと照れちゃう」

ナツメ「……なんか言葉のニュアンス、違い、ませんでした?」

 何はともあれ友達?になれた私と宮本さん。

 今はこの余韻に浸ろうとゆっくりと、ゆっくりと遠回りしながら一緒に歩いている。

咲月「なんか終わるとほっこりするね。心が軽くなった~みたいな」

ナツメ「……はい……そう、ですね……」

 嬉しい雰囲気化と思ったら、藤沢さんの表情はどこか晴れ切っていない様子。

咲月「ん?どうしたの?何かあるならこの雰囲気に流されちゃって全部言っちゃいなよ」

ナツメ

 「……えっと、自分で友達になってくださいって言った手前、あれなんですけど……」

 「ちょっと冷静になって、友達ってよくわからないなって」

 「つまらなくても、あんまり喋らなくても友達なのかなって」

 ネガティブオーラが凄い。

 そんな考えすぎなくても……そっか……そうだったんだ。

咲月

 「私もさ、正直、友達ってよく分かってないんだよね」

 「あーだこーだ。違う。んな馬鹿なって考えて、友達にも訊いてみて、結局納得できる答えなんて用意できなくて……」

 分からない。だからその分気持ちが、想いが大切なんだ。

 人との繋がりは目に見えない。

 言葉は時に嘘が混じり、信用出来なくなる。

 答えが無い世の中に、答えを求めてしまうのはきっと不安だから。

 答えが無くても基準みたいなのはあってしまうと思うから、私はそこに達しているのかなって。

咲月「でも、答えなんて無くていいんだと思う。自分なりにこうじゃなって思う何かがあればいいんじゃないかって思う」

ナツメ「なんか、漫画で夢見た友情とはかけ離れていますね」

咲月「フィクションはフィクション。私達なりの友情を育んでいけばいいんだよ」

ナツメ「……でも、私、自信なんてありませんよ。宮本さんの友達って、胸を張って思えるのか。なんだか私が変わるために利用していると思ってしまって……」

 ふと古橋くんの言葉を思い出してしまった。

 そっか。

 あの時の私が今の藤沢さんで、あの時の古橋くんが今の私なのかもしれない。

咲月

 「今は自信が無くたっていいと思う。胸を張って友達って言えなくても、利用しているのかなって疑ってしまっても」

 「結局、人生とかと同じでさ、最後の最後にこの人と友達で良かったって思えたらそれでいいじゃん」

ナツメ「最後の……最後に……」

咲月

 「私だって自信ないし。これからも疑っちゃう時が絶対にある。でも、これはさ、自分だけの世界で完結してることだから」

 「大切なのは自分以外の世界の気持ちを知ること。私は、たとえ藤沢さんに利用されたとしても、それでいいから」

ナツメ「え。いいんですか。そんな関係で」

咲月

 「悪事に利用しないならね」

 「人間誰だって変わりたいって思うよ。特に私達みたいな人間は強く思ってる」

 「駄目だな。情けない。動けない。助けて、みたいな感じで」

 「人間、自分一人じゃ変われないと思う。絶対に外の世界からの、他人からの刺激がなきゃ絶対そんなこと思えないから」

ナツメ「……」

咲月

 「変わりたいなら変わればいい。その為に誰かじゃない、友達っていう存在がいると思うから」

 「心を開きたいと思ったら開いて」

 大切なのはすべてを言語化して話す技術ではない。

 知恵が無いながらも、言葉が足りないながらも、大切なのは想いを乗せること。

 つたなくてもいいから。空ぶってるって思われてもいいから。

 心にある想いをちゃんと相手に伝えること。

咲月

 「いつか友達って胸を張って言えるようになったらさ、今日みたいに言ってよ」

 「たとえ一方的でも私は藤沢さんのこと友達だって思い続けるし、私も友達って思えたらちゃんと伝えるから」

 「私も一人じゃうまく生きていけないからさ、一緒に生きてよ」

ナツメ「……」

 目を見開き藤沢さんを驚く。

 大丈夫。もう藤沢さんは卑屈になったりしないだろう。だって……。

咲月「って言っても、私の方が自信なんてないけどね。未だに友達ってよく分かってないし、藤沢さんと同じで胸を張って友達って言えないだろうし」

ナツメ「いいんじゃないですか今はそれで。心を開きたくなったら開いてくれればいいですから」

 こんなにも透き通った笑顔をしているのだから。

咲月「……ふっ。なにそれ」

ナツメ「私のお気に入りの言葉です」


咲月「……」

ナツメ「……」

 無事に思いをぶつけあえた私達。だからといって私達の関係が急激に変わることなんてなく、いつもみたいにだんまり。

 もちろん思いをぶつけた気恥ずかしさみたいなのもいっぱいあるだけど、本質的に私達の何かが変わった訳じゃない。

咲月「……やっぱり私達はこっちの方がいいね」

ナツメ「かもですね。こういう感じが落ち着きます」

 四月もあとちょっとで終わり。ちょっとと言ったけど多分二週間ぐらい。

 桜は散った。まだ残っている方が稀で、春の象徴はまた次の春を目指して己の姿を変え、季節が巡るのを待つ。

ナツメ「……でも、私、楽しく話せるようになりたいです」

 勇気を振り絞った感じの告白。

 確かに、自分の想いをぶつけた後って何でも出来そうな気がするよね。

ナツメ「……でも、いつも上手くいきません。宮本さんと話してた自虐ネタもダメダメでしたし……」

 過去の回想。

 私が地雷に足を踏み入れた思った気まずさは藤沢さん的には面白い話だったのか。

咲月「……ん~そういう話は、ちょっとあれかも。ほら人によってはあれだし」

ナツメ「……で、ですよね……宮本さんの反応的になんとなく察しはついていました……」

 少しだけへこんだ藤沢さん。

 ん~確かにあれなんだけど……そんな私なんかのアドバイスを真に受けなくていいのに。

ナツメ「話すのは好きな方なんですけどね」

 と、藤沢さんはボソッと呟く。

 ……。

 アドバイスなんておこがましくて到底私なんかに出来るものじゃないけど、そういう変わりたい挑戦してみたいって気持ちは尊重しなくっちゃっと思った。

 だって、自分が変わるために友達がいるって言ったのは私で、そういう関係性になれていければって思ったから。

咲月「じゃあさ、練習しようよ」

ナツメ「え、」

咲月「私と沢山話して、藤沢さんの理想になれるように」

ナツメ「……いいんですか?」

咲月「もちろん。私だって楽しい人間じゃないから練習したいしね」

ナツメ「……でも、つまらないことの方が多いですよ、きっと」

咲月「いいじゃん。なるべく多く話そうよ。面白くなくてもいいから」

 ある歌詞。どこで聴いたのかは覚えてない。けれど、その歌詞は私の心の中に深く残っていて。

ナツメ

 「……」

 「そうなるとますます私達不思議な関係になっちゃいますね」

咲月

 「まあ、これも友達の形だよきっと」

 「いつか。最後の瞬間にでも、友達って胸を張って言える関係性ならそれでいいのかも」

 「だから、今は、これくらいで‼」

 私達の関係を表すにはこれ以上ないピッタリな言葉だと思った。

ナツメ

 「……」

 「そうですね‼」

 藤沢さんの嬉しそうな笑顔を、私は初めて見てみることができた。



 パン。パンパン。

 入室と同時にクラッカーの音が響き渡る。

ナツメ「……え?」

一同「入部、ありがと‼」

 もう一度みんなでクラッカーを鳴らして藤沢さんを歓迎する。

ナツメ「え、あ、え⁉」

 サプライズ演出に藤沢さんは驚きを隠せないようだ。

 友達とも言えそうで言えないある種奇妙な関係になった私と藤沢さん。

 その勢いのまま部活へ勧誘してみたところ「入ってみたいです‼」とオッケーの返事を貰えた。

 特に何かする予定は無かったんだけど、みんなに報告したら中森くんが「どうせなら歓迎会やろぜ」と。

 中森くんの中では誰かが入る度に歓迎会をやる予定だったらしく、事前準備も万端、ネットで小道具は一式買え揃えていたらしい。

 中森くんがお昼休みに走って道具を取って行って……昼休みにあとは装飾するだけの形にしておいて……今の歓迎会に至る。

隼人「サプライズ大成功だな」

春樹「だな」

彩夏「久しぶりにこういうのやったわ」

 折り紙の輪飾り。散りばめた風船。机に並べられたお菓子に飲み物。そして、ようこその黒板アート。

 初めてだからってみんな気合を入れてやったけど……誰か入る度にこれをやり続けるのかなって思うぐらい派手にやってしまった。

ナツメ「……これは……いったい?」

 歓迎ムードに驚きつつも、自分が祝われていることに驚いている藤沢さん。

咲月「祝。我らボランティア部入部を祝って。みたいな歓迎会、なのかな」

ナツメ「はぁ」

隼人「まあまあ。細かいことは気にしないで。今日の主役はお誕生日席に」

 藤沢さんは三角帽子と紙コップを手渡され、私達も紙コップを持って自分の席に着く。

隼人「では、皆々様お揃いになったことで、本日の主役、藤沢さんより挨拶がありまーす」

ナツメ「……ぇ」

 藤沢さんは事態を読み込めず現在進行形でポカーン状態。

 なんて無茶ぶりなと思ってしまうが視線を注いでしまう。

ナツメ「これ、は?」

隼人「マイク。ラムネが入ってるお菓子の」

ナツメ「……」

 ……。

 自分の状態と周りの様子をよく眺め、そして……。

ナツメ「……え⁉」

 自分の状況を理解したみたいだ。

ナツメ「えー‼な、なんでですか‼」

隼人「ん~やっぱり今日の主役だか、ら?」

ナツメ「んなむちゃくちゃな」

 助けてくださいというアイコンタクトを送られるが、どうにもできないのが現状。

 助け船を出してあげたい気持ちはある。

 だが、助けたところで次の獲物が自分になるような気がして、みんな傍観を選んでいる。

ナツメ「……」

 藤沢さんは悩み、うーんと唸って、そして……。

ナツメ「……これも私に必要なこと」

 と、ボソッと奮起し、覚悟を決めたようだ。

ナツメ「えーっと、まずは、私の為に、このような、素敵な、」

隼人「ヒュ~堅苦しいぞ」

春樹「そろそろ黙ってろ」

隼人「がっ⁉」

 え⁉パイ投げ⁉いつの間に⁉しかも綺麗に当てただけじゃなくて少し鈍い音がした気がする。

春樹「どうぞ」

ナツメ「あ、はい」

 何事も無かったようにスーッと一呼吸してから藤沢さんは話し始める。

ナツメ「えーっと、確かに堅苦しいのはあれですけど、でも本当にありがとうこざいます」

 藤沢さんは深く頭を下げる。

ナツメ

 「この用意は私なんかの為にじゃないって、ある意味義務みたいなもの、っていうのは重々承知です」

 「でも、今まで生きてきた中で一番、心の底から、嬉しいことには変わりありません」

 「……私、ここに来るまでボッチでした」

 シーンと雰囲気が変わる。

 私達だからこそ、この話は誰よりも真剣に聞かないとって思う。

ナツメ

 「文字通り孤独の方の独りで、友達なんて今までで一人も出来たことなんてなくて」

 「グループワークだったり、班決めだったり、お弁当の時間なんかも一人で」

 「うまく話せない。うまく会話ができない。うまく人間関係が築けない」

 「そんな、情けない理由で引きこもってしまいました」

 「私が悪いっていうのは重々承知です。みんなにできて、私にはできなくて。なんで私は、って何回も泣いたことがあります」

 「友達がいない。人生の孤独。ここへ来たのはそんな理由です」

 自分にあったことをすべて話しているわけではない。

 過去にあった中で、話してもいいって思うことを選んで、でも、選んだ中でも最大限言葉と想いは詰め込んで。

ナツメ

 「私は、この部活に入って、皆さんの仲間になれたとか多分今は誇れないと思います」

 「仲間どころか友達すら言えないかもしれないです」

 「自分にとって都合の良い相手。そう思われても仕方のない事でしょう。ですが‼」

 スカート裾を握りしめ、精一杯の気持ちで。

ナツメ

 「私は皆さんと友達になりたいです‼」

 「あーだこーだ言っちゃいましたけど、心の底から、胸を張って、友達って言えるように成長していきたいです‼」

 「自分が変われるのかは自分の問題です。私はそれ抜きで皆さんと友達になりたいと思っています」

 「つまらなくて、後ろ向きで、口数も多くないですけど」

 「私と友達になってくれませんか‼」

 今言ってくれた言葉にどんな意味があるのか、私達だからこそより解ってあげられると思うから。

咲月「もちろん」

彩夏「なんかまじまじと言葉にされると照れくさいわね」

春樹「こちらこそ自信はないけど」

隼人「堅苦しいのはなしで。オレたちはもう友達だろ」

ナツメ「……ありがとうこざいます」

 私達は快く受け入れる。

隼人

 「んじゃあ、主役からのお言葉をいただいたところで、コップを合わせて」

 「乾杯!!」

一同「かんぱ〜い!!」

 ワイワイ。がやがや。

 ワイワイ。がやがや。

 お菓子を手に取り、藤沢さんの歓迎会を楽しむ。

隼人「そういえば訊きたかったんだけどさ、藤沢さんってどこのハーフなの?」

ナツメ「えーっと、お母さんがロシアで、」

彩夏「へぇ~。確かに言われてみるとロシア要素あるわね」

隼人「銀髪に外国人特有の綺麗な瞳。これがロシアの血か」

ナツメ「……」

春樹「あんまりジロジロ見るなよ」

隼人「変態みたいにいうのはやめてくれたまえ。ただの興味本位だ。逆になんでお前はそんなに冷めてるんだよ」

春樹「外国の人なんてそこら辺にチラホラいるだろう」

隼人「はぁ?身近にいるってのが大切なんだろ。それに混血。珍しい事この上ない。そうだろ?」

春樹「まあ、気持ちは分かるけどな」

彩夏「はいはい。変態どもは置いて、おいて……何やってるの宮本さん」

咲月「あ、え!?あ~ちょっと、ねぇ〜?」

 主に柔らかさと大きさ。

 これがロシアの血なのかと。二つの大きいものを堪能している。

彩夏「……この部は変態しかいないのかしら」

咲月「いやいやいやいや。揉んでみ?なんなら私のと揉み比べて?」

彩夏「……」

ナツメ「──」

彩夏「……藤沢さんもちゃんと拒否しな?じゃないとこういう子にセクハラされ続けちゃうわよ」

ナツメ「……変態って訳じゃないないですけど……こういうの一度は憧れていたので……」

彩夏「……やるちゃやってるけど、そんなのに憧れないで」

隼人「眼福だ。生きてて良かった」

春樹「見るな見るな」

 セクハラ?にトランプにUNO。ボードゲーム。

春樹「お疲れさん」

隼人「やいやい。女子にだけあまいぞ~」

春樹「ビリ争いしてるんだからお前しかいねーよ」

彩夏「二人とも強いわね」

咲月&ナツメ「ボッチですから」

彩夏「誇るところなのかしら」

 ウノって言ってな〜い。やっぱり今の無しなど。楽しく盛り上がっていく。

 そんな中一瞬だけかなり冷静になって、俯瞰とか違うけど、ちょっと離れた場所から皆を見ているような気がして……。

咲月「……あれ」

 今、一瞬だけ、これと似たような景色が頭の中で呼び起こされた。

彩夏「ん?どうかしたの?」

咲月「あ、いや」

 同じ光景……とはいかないけど、何かをなぞっているような。

 私はこの光景を……。

春樹「次」

隼人「お?珍しくやる気になったね」

春樹「宮本さんもやるでしょ?」

咲月「あ、うん。やるやる」

 まあ、気にしたってしょうがないか。どうせデジャヴとかそんなだろうし。

 最初は距離感になれずどこかよそよそしかった藤沢さん。

 でも今は……心から楽しんでいるようだ。

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