星の学び舎〈ステラ・スコラ〉イグニス一年生編
吹野こうさ
春
春の1日 入学式
冬を終えて一日。大魔術師ルーギュスから譲り受けた、とんがり帽子が
ポポキッカは内ポケットにしまった星の杖〈ヴィールガン・シデルム〉を、黒いローブの上から触って小さく息を吸った。
「──よし」
準備は完璧。
立ち昇る白い息を目で追い、奥に聳える学び舎を見つめた。左右に伸びた階段は曲線を描き、大きな正面扉に繋がっている。馬車から降りた新入生は毛糸の靴下を履いていた。重たそうな鞄を肩に掛け、幅広の階段を一段ずつ上っていく。
正面扉は近付けば驚くほど大きく、両開きの扉はまるでドラゴンの両翼みたいだった。扉の上にはステラを描く半円型のステンドグラスと、黒地に金の文字盤の時計。ポポキッカの身長よりも長い、時を刻む長針は重々しく、音に驚く新入生は一様に時計を見上げた。昼の一刻。入学式が始まる時間だ。
──星の学び舎〈ステラ・スコラ〉。
この見上げるほど大きく、そして荘厳な建築物は、偉大なる魔術〈アルス・マグナ〉王国に存する、世界唯一の魔術師育成学校だ。
長い冬を終えた春の1日。山のように積もった雪の壁を遥かに凌駕する本棟の校舎。体をのけぞらせて見上げれば、徐々に力を取り戻していく太陽が、石造りの外壁のわずかな色の違いをより克明に照らしていた。背中に手を当てて大きな扉まで視線を戻すと、訝しげな視線がポポキッカを掠めていくのを感じる。
(あ。見られてた……)
寒さで既に赤らむ頬を両手で挟む。星の学び舎〈ステラ・スコラ〉──スラーンに早く馴染みたい。森の家で気ままに暮らしていた時の感覚でいたら、きっと浮いてしまうのだろう。ポポキッカは他の新入生に溶け込もうと、雪に濡れて艶やかになったブーツを意識的に動かし、入学式会場へ向かった。
両開きの扉の先が玄関ホール。室内へ一歩入ると、途端に温かい空気が冷え切った頬や鼻を包む。たくさんの新入生は高揚感に賑わい、まるで全員が元からの友人みたいに談笑している。
──俺は幼い頃から魔術学習塾に通って勉強していた。私は町一番の魔力量で、スラーンへの入学を皆が確信していた。自分は荷馬車を乗り継ぎ、各国を観光しながらアルスマグナに到着した。私は冬の間からこちらの街に移り住んでいる。僕も同じで、先に到着した魔術師の卵たちと既に仲良くなった……。
耳をそばだてなくても聞こえてくる会話が、漠然とした不安を呼ぶ。ポポキッカは壁ににじり寄って背を預けた。大きな帽子のつばを両手で握りしめ、自分の顔へと引き寄せる。黒い帽子の裏側と、直線を知らない赤髪。紺の綿のワンピースだけが視界に収まると、ようやく少しだけ落ち着いて深呼吸ができた。
(大丈夫、友達はこれから作るし、知り合いがいないわけじゃないもん……)
大魔術師ルーギュスには弟子が二人いた。ポポキッカが姉弟子、そして数年遅れてやってきた同い年の弟弟子リドリー。彼は偉大なる魔術〈アルス・マグナ〉王国の王太子だったが、とても優しくて可愛かった。陽の光を撚り合わせた煌めく金髪に、爽やかな夏空の瞳。ポポキッカより少しだけ低い背に華奢な体つき。大魔術師ルーギュスに魔術を教わる傍ら、時には土まみれになりながら遊び、夜は共に眠った。
一緒に森の家で暮らしていた期間はたったの五年だけで、あれからさらに七年が経っているが、今でもリドリーを弟弟子で親友だと思っている。大魔術師ルーギュスによれば、彼も入試に受かっているらしい。久々の再会が楽しみで昨日はよく眠れなかった。
(うん、大丈夫。リドリーを探そう)
深呼吸をもう一つして、顔を上げる。これだけの人数がいる場は初めてだ。緊張して体がこわばるが、ここは市場……と誤魔化すように唱えれば、指先の感覚はどうにか戻ってきた。
ポポキッカは壁に寄りかかったまま、辺りを見回す。あれだけの金髪であれば簡単に見つけられると思ったが、人の密集する玄関ホールでは色も人混みに埋もれる。
(どうせ四年間はここで暮らすんだもん、入学式が終わったら先生に訊いてみよ)
リドリーはどんなふうに成長しているのだろう。ポポキッカも少しは大人になったが、あの精霊のような見目のリドリーが大きくなった姿は、いまいち想像できない。
(女の子だったら、すっごい可愛かっただろうなぁ)
少し惜しい。それが可笑しくて、漏れる笑い声を手のひらの中に隠した。
程なくして始まった入学式で、ポポキッカはあんぐりと口を開けた。
「新入生代表挨拶、スカイラ・ライラン・リドリー王太子殿下」
(リドリーだ!)
かつてはリドリー・ライランだった弟弟子の新しい名前が読み上げられた。
子供たちはみんな、十五歳になると大人の証である
(うっかり口が滑りそう……)
リドリーはずっとリドリーだったから。
けれど壇上に上がるリドリーもといスカイラは、遠くからでも燦然と輝いていて人目を惹く。しゃんと伸びた背筋には自信が、悠然とした笑みには王太子の威厳が。妖精のようだったリドリーから、堂々としたスカイラへと成長していた。その美しさを浴びて、玄関ホールが俄かに沸いた。
「十七の誕生日を迎えると同時に、水晶に飛びつきました。太陽が雲に隠れて雨が降り、雲に隠された星空が顔を覗かせても──僕はがむしゃらに、恥も外聞もなく魔力を注ぎ続けました。星の学び舎〈ステラ・スコラ〉への入学は困難で、一握りの才能のある者にしか掴めない栄光です。それでも僕は挑戦しました。偉大なる魔術〈アルス・マグナ〉王国の王子だからではありません。僕個人が、願って求めているのです。このホールに集う才能ある仲間たちと、四年間の修業を積めることを嬉しく思うと共に、今日というはじまりの一日に感謝します」
スカイラ・ライラン・リドリー。
庇護欲を掻き立てる幼いリドリーの面影はすっかりと消えてしまっている。さようならと手を振って七年。重圧を跳ね返した彼の努力は、眩しいほどの誇りとなって溢れていた。まっすぐな頑張り屋さんで、少し空気の読めないところはあるけれど優しい、偉大なる魔術〈アルス・マグナ〉王国の王太子スカイラ。
(立派になって……)
ほう、と見惚れるのはポポキッカだけではなかった。学長の入学許可宣誓の間ですら話し込んでいた人たちも、会話を忘れてスカイラに目を奪われている。
スカイラは蜂蜜色の髪に、涼やかな空色の瞳を輝かせていた。それは昔と寸分違わぬ清涼さだったが、精霊のような男の子から、
中二階から降りてくるスカイラに声をかけたかったが、言葉が喉の奥に張り付いてつかえた。スカイラは階段を降りる手前、顔を上げて玄関ホールをぐるりと見渡す。空色の瞳がポポキッカを捉え、きらりと光った。一瞬見えたあどけない表情は、かつてのリドリーの面影。嬉しいと目を見開くのがスカイラの幼い頃からの癖だ。ポポキッカは嬉しくなって壁から背を離した。
(リドリーだ……弟弟子で親友のリドリー!)
人見知りなんてしている場合ではない。七年ぶりの再会だ。感極まったポポキッカは、やってきたスカイラに思い切り抱きついた。
「久しぶりリド……スカイラ! こんなに大きくなって!」
一瞬で七年前に戻ったみたいだった。ポポキッカを抱きしめ返したスカイラの腕は、あの頃とは似ても似つかないほど逞しくなっている。見上げるほど大きくなった。けれど垂れた金髪の中で微笑むスカイラの表情は、リドリーと同じ優しさに溢れている。
「会いたかったよピア。……あぁ、成名はポポキッカだっけ。ポポキッカ・アッシェン・ピア……ふふ、こそばゆいな」
スカイラの手がポポキッカの帽子に伸びる。
「これ師匠のだろう? 懐かしいな。お陰ですぐに見つけられた」
「餞別にもらったの」
「ふうん、これは?」
髪を漉く指が耳に触れる。
「銀の耳環? これはヴェル兄さまからもらった魔術具よ。この靴はお父さまから」
雪で濡れてしまったが、皺知らずの新品のブーツは光を反射する。
「へえ、僕も何か贈りたいな」
「なんでよ、同じスラーンにいるじゃない」
餞別だと言っているのに。ポポキッカは可笑しくなってスカイラの胸を押し返すが、逞しくなったのは見た目だけではなく、いくら力を入れてもびくともしない。
驚いて見上げると、スカイラは嬉しそうに破顔してポポキッカの頬を両手で挟み、額同士をくっつけた。ポポキッカはずり落ちた帽子を空中で掴みながら、あまりの違いに戸惑った。ほんの少し前まで華奢なリドリーを想像していたのだから仕方がない。手の平なんかはポポキッカの顔を覆い尽くしてしまいそうだし、屈めた背も、肩幅も、何もかもが違う。今さら気恥ずかしくなって、ポポキッカは目を閉じる。
(だって、想像してたよりもずっと……)
ずっと。再会を喜んでいる。
「会いたかったんだ、本当に。今日をどれだけ待ち侘びたか」
その熱に、涙が出そうになった。
七年前の別れの日。リドリーはびしょびしょに泣いてピアにしがみついていた。リドリーが去り、残されたのは涙に濡れた服。ポポキッカはあの時に、寂しさとは冷たいのだと知った。
スカイラの体温に、七年間凍えていた心が解される。それは降り注ぐ陽の光と雪解けの春に似ていた。
スカイラがすっと体を離す。ポポキッカが目を開けると、中二階を指差した。帽子を被り直して指の先に目をやると、ちょうど学長が出てきたところだった。
『──これより、クラス発表を行います。皆、星の杖〈ヴィールガン・シデルム〉に魔力を灯しなさい』
魔力を蓄える性質の木の枝を加工し、魔力石を組み込んだ星の杖〈ヴィールガン・シデルム〉通称ヴィム。
ポポキッカはローブの内ポケットからヴィムを取り出し、魔力を込める。体の一部のように手に馴染むヴィムは、魔力を魔力石に灯す。
学長は手を二度叩き、部屋の照明を落とさせる。暗さに目が慣れる前に、天井を見上げた新入生が「わあ」と興奮した面持ちで目を輝かせた。ポポキッカも帽子を押さえながら上を向いた。
「! きれい……」
まるで夜空だ。満点の星空に見紛うほどの、小さな魔力の粒。学長が自身のヴィムを掲げて呪文を唱えると、雪みたいにチラチラと舞い落ちてきた。魔力の粒は鼻先を掠め、ポポキッカのヴィムに触れると赤く染まった。
赤は火要素イグニスの色だ。ポポキッカの着ていた黒いローブが赤く染まり、イグニスの生徒と一目で分かるようになる。
この世界には四大精霊の要素が存在する。それぞれ『水〈アクワ〉』『火〈イグニス〉』『地〈テラ〉』『風〈ヴェントス〉』を司り、さらに全ての要素を持つ全能の星霊が『空〈カエルム〉』を担う。
星の学び舎〈ステラ・スコラ〉のカエルムクラスはエリートの集まりとして他クラスとは一線を画している。
隣で白色──カエルムの色に包まれるスカイラ。
「ポポキッカは──イグニス……?」
スカイラの疑念の眼差し。弟弟子はさすがに騙せないと悟ったポポキッカは「あとで話す」と肩を竦めてスカイラの額をぺちと叩いた。
「カエルムの生徒は壇上へ。叙任式を始めます」
カエルムクラスに振り分けられた白いローブの新入生が壇上に集まる。一年次から全能の星霊に選ばれるのは、毎年たった数人だ。
(今年は五人だったんだ)
世界中の入学志願者の中から、選ばれたのはたった五人。スカイラもその中に混じり、クラスごとの叙任式が始まった。
イグニスの精霊サラマンダー、アクワの精霊ウンディーネ、テラの精霊ノーム、ヴェントスの精霊シルフ。四種の自然霊いずれかに加護を授かることが魔術師への一歩目だ。そして全ての精霊の加護を得ると、カエルムの星霊ルクサヴィスからの加護が付与される。
大魔術師ルーギュスは四要素を自在に操るカエルムの生徒だった。また、出世道といわれる王宮魔術師団への入団を突破するのはほとんどがカエルム出身者だ。ステラ教会の星職者になるにも、ルクサヴィスの加護を得ていること──つまりカエルムクラスに在籍していることが必須条件とされている。星の学び舎〈ステラ・スコラ〉で学ぶ魔術師の卵は、ルクサヴィスの加護を賜ることを目標として研鑽を積んでいく。
一年次からカエルムに選ばれた生徒たちは、誇らしげに口を揃えて宣誓をする。
「我ら魔力測定の水晶に選ばれし、星霊ルクサヴィスの加護を授かる者である。〈モンストラント・マジキ〉」
〈モンストラント・マジキ〉──魔力を示せ。
呪文に呼応してカエルムの星霊ルクサヴィスが姿を現す。光る鳥の姿をしているらしいが、ポポキッカのいる場所からは、手のひらほどの大きさのルクサヴィスは遠くてよく見えない。白く光っている、あれがルクサヴィスなのかと眺めながら、抑えきれない羨望に少しだけ落ち込む。
(いいなあ……)
赤いローブを見下ろして、ポポキッカはいけない、と顎を引く。この色を選んだのは自分。
続いてイグニスクラスが壇上へと呼ばれる。赤いローブの生徒は二十人ほどいて、ポポキッカはクラスメイトに混じって声を揃えた。
「我ら魔力測定の水晶に選ばれし、精霊サラマンダーの加護を授かる者である。〈モンストラント・マジキ〉」
微かな熱を頬に感じた。瞬間、ポポキッカたちイグニスの生徒の前にサラマンダーが現れた。真っ赤な鱗の一枚一枚は燃えるように揺らぎ、尾は炎そのもの。蜥蜴に似た精霊サラマンダーは、火球を思わせる明るい瞳で、加護を得ようとするポポキッカたちに向かい合う。
初めて見るサラマンダーの姿。今にも消えてしまいそうなのに、熱波の如き力強さに圧倒される。
(これが──精霊)
畏怖すら抱く不思議な感覚だった。全てを見透かす明るさに見惚れていると、サラマンダーは尾を三度振って消えてしまった。
宣誓が済むと、加護を授かった証としてサラマンダーの赤いブローチが配られ、ローブの胸元に付けるようにと指示された。ポポキッカは落ち込んでいたことを恥じ、サラマンダーのブローチの重みに胸を張った。
中二階を下り切ったところでスカイラが待っていた。白いローブの胸元には、サラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフ、そして羽を広げたルクサヴィスのブローチがずらりと並ぶ。五つのブローチが揃うと圧巻だ。ポポキッカはまじまじと観察して、白く光っていたあの中に、と想像でルクサヴィスを描く。
「うーん……ねえ、ルクサヴィスってこのブローチとそっくりだった? 遠くからだとよく見えなくて」
「うん、美しかった」
そう答えたスカイラの表情に、想像には限界があると悟ったポポキッカは、ブローチから目を離して次の精霊ウンディーネを見上げた。スカイラがポポキッカの背に手を回し、壁際へと誘導する。
ウンディーネは水を漉いたような長い髪を持つ女性の姿だった。ルクサヴィスと違い、人と同じだけの身長があるウンディーネ。ここからだと後ろ姿しか見えないが、見惚れるアクワの生徒から察するに、とても美しいのだろう。
「赤も似合うね」
その呟きに視線をやると、スカイラがポポキッカの返事を待っている。なぜイグニスクラスなのかと、戸惑いを含む眼差しだ。ポポキッカは周りの人に聞かれたくなくて、爪先立ちになって耳打ちした。
「アルカナムの星女候補に選ばれたくないのよ」
アルカナムの星女はステラ教会の象徴だ。
現星女が御年五十歳を迎える年の冬に、次世代の星女が決められるのだが、その『アルカナムの星女選定』が次の冬に迫っていた。この春からは候補の選定期間とされている。
「名誉なお役目なのに?」
言いながら、スカイラはなぜか嬉しそうだ。ポポキッカはそれでも、と首を振った。
もしも星女に選ばれてしまえば、自由を失う。
ポポキッカの母アシェーナは、青空の下を何より愛していた。けれどステラ教会の枢機卿である父ロズベルクとの政略結婚により、外出はおろか、自室からもろくに出られない幽閉に近い扱いを余儀なくされた。それでもいつかは外に出て、世界中を巡るのだと夢を見ていたらしいが、最期まで叶うことなくポポキッカの出産時に命を落としてしまった。
父ロズベルクはアシェーナの悲願を叶えられなかったことをずっと後悔している。だから、せめてポポキッカに自由をと、しがらみのない大魔術師ルーギュスの森の家に送り出したのだ。
アルカナムの星女候補はルクサヴィスからの加護を賜っていることが必須条件だ。父と、義兄と、大魔術師ルーギュスと話し合ったポポキッカは、カエルム以外のクラスに選ばれるよう仕組んだ。
そうして降ってきた魔力は赤く染まったのだ。
スカイラもようやく腑に落ちたのか、背を屈めて耳打ちした。
「師匠と画策したんだ?」
悪戯を目撃して楽しんでいる声だ。ポポキッカは明言を避けて話題を変えた。
「スカイラと同じ授業を受けられないのは残念だけど、スラーンではたくさん友達作るって決めてるんだ。私って、スカイラしか友達いないじゃない?」
大魔術師ルーギュスの森の家で暮らしていると、同年代の友人はおろか、そもそも人に出会うことがなかった。ごくたまに、王都の朝市へ連れて行ってもらってはいたが、誰と会話をするでもない。
ポポキッカは憧れていた。独り言ではなく会話をしたかったし、紅茶は二人分淹れたかった。何せ大魔術師ルーギュスはほとんど自室に篭りっきりで、食事の時しか現れないのだ。それを知っているスカイラは、憐れみを隠そうともせず頷いた。
「ポポキッカが望むなら、これからはずっと賑やかで楽しいよ」
「カエルムのスカイラは友達作りに難航しそうね? クラスメイトが四人しかいないんだもの」
その内の三人は女子生徒だった。彼女たちの中から、アルカナムの星女選定の候補に選ばれる人がいるかもしれない。
「僕はポポキッカがいればいいんだけど」
「そんなこと言って。みんな学生時代に一生涯の友人を見つけるものよ」
魔術書と一緒に読み耽った物語がある。出会いは最悪のライバルと数々の困難を乗り越えていき、いつしか背中を預ける親友になる。王都で人気の若草色の表紙の本。
あんな風な友人がいたら、と期待せずにはいられない。この冬にスラーンを卒業したばかりの義兄も、素晴らしい友人ができたと言っていた。
イグニスクラスの中に、これから出会う親友がいるかもしれないのだ。考えるだけで浮き足立つ。
「一生涯の、なぁ。ポポキッカの一番は僕だろう?」
スカイラはわざと拗ねたような顔をする。リドリーの面影全開で可愛い弟弟子。ポポキッカは頼れる姉を演じて「一番は変わらないよ」と請け負った。
(心の中の一番は、だけど)
ポポキッカはそっと胸の奥で付け足す。
偉大なる魔術〈アルス・マグナ〉王国の王太子は、スラーンを卒業すれば本格的に遠くの人になる。あれだけ泣いたリドリーが、七年の間に一度も森の家を再訪しなかったように、卒業と同時の別れは容易に想像がついた。
自由を求めるポポキッカとは違い、この国を背負う王となる人。正反対の道を進むのだから、いずれ訪れる別れも必然だ。
(ううん今日は、はじまりの一日目)
楽しみなことを数えればきりがない、期待に満ちた四年間の一日目だ。中二階では担任の紹介が始まっている。少し厳しそうなイグニスの担任に一抹の不安を覚えながらも、ポポキッカはいよいよ始まる学校生活に胸を弾ませた。
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