49歳、戦国佐渡へ。 ~分別ある大人はもう辞めた。これより本能のままに生きる~

斎藤 恋

第01話:転移

俺の名前は、斎藤恋。

早速で悪いが、どうやら過去転移したようだ。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!なんなんだよぉ〜ー!お前らは!!!」



俺は刀を持った変な連中に襲われているのだ。




事情を理解してもらうには、十数分前に遡る。

俺は、いつものように仕事に行き、通勤のために電車に乗った。



・・・いや、乗ったはずだった。

しかし、俺が一歩足を踏み出し、乗ったと思った車両には俺が知るような光景はなかった。


吊り革も椅子も窓もドアもない。

当然だ。



その時の俺の目の前にあった光景は、戦国時代の戦場だったのだから。



この時、俺は完全にパニックだった。

ちなみに、仕事は古書店の経営だ。


元々、自宅でやっていたのだが、不都合があって、家を一駅隣へと移したのだ。

だが、それがこんな状況に繋がるなんて、誰が予想するんだ?



パニックに陥りながら、一縷の望みで何かの撮影である可能性に賭けて、手を挙げて「H、Hi」といった。

・・・・・なぜ、そんなチョイスをしたのか今でも謎だが、どちらにせよ結果は変わらなかったろう。



あと、撮影である可能性は最初から絶無だった。

だって、撮影所で血の匂いが充満しているなんてあり得るか?普通はない。

しかも、明らかにさっきだった雰囲気だったのだ。それでも、一縷の望みに賭けていたのだ、俺は。


無情にも、追い回される羽目になったが。



俺は、今までの人生で出したことのないような速度で逃げた。

それはもう全力で。


途中、「火事場のクソ力ってすげぇ・・」とか、無駄に感心したほどだ。



そのお陰か、なんとか足軽・・・のような者たちからは逃げ出すことに成功した。



「はぁ・・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・、一体・・、なんなんだ・・あいつら・・・・。」



走り回った反動で、かなり荒れた呼吸を整えながら、今の状況を考察する。

が、どう考えても、俺は電車に乗っただけで何もしていない。


こんな状況に陥るようなことは、本当に何もしていないはずである。



「とりあえず、み、水・・・」


喉の乾きを覚え、カバンから水を取りだ、す。


「え・・・、なんだこれ?」


カバンの中あった水筒を取り出して水を飲むつもりが、カバンを開けると、中に入っていた本が淡い光を放っていた。


「あ・・、もしかして、これが原因なのか?」



転移の原因はこれなのかもしれない。

俺はそう考え、水を飲むことも忘れ、その本を手に取った。



この本は、古書店経営の俺が、最近仕入れた本で、名を『佐渡島開拓記』という。

その名の通り、佐渡島の開拓について書かれてものだが、どうにも架空の物語らしく、50年ほど前に仕入れ元の人の祖父が持っていたものらしい。



「なんで光ってんだ、これ?」



光の原因に思い至らず、何かオカルト的なものか、はたまた放射能的なものなのか。

色々想像しながらも、お俺はその本を手に取り、開いた。



しかし、・・・


「え・・?白紙?え、いやそんなはずは・・・」


表紙と最初のページを除き、他のページは全てが白紙だった。

確かに、現代にいた頃に見た時には物語が描かれていたはずなのに、だ。



「ない・・・、ない・・、ない、ない!なんで何も描かれてない!いや、待て、最初のページに何かあったな・・・は?」



最初のページだけ何か書かれていたのをチラ見していた俺は、そこのページに戻り確認した。

だが、そこにあったのは、俺のことを記した内容だった。



「は・・・?斎藤恋、49歳、独身、血液型A型・・、古書店経営、学歴・・・って、なんだよっ!これは!!!」



俺の情報が、自分で書き込んだわけでもない情報が事細かく書かれている。

いや、書かれている、だ。


書かれていたではない。



「おい、待て、待て、待て・・・。なんで、・・なんで文字が・・・」



そう、その本は白紙だったのにも関わらず、今では最初のページぎっしりに文字が書かれていた。

俺の情報の全てが。



俺は怖くなり、本を捨ててしまいたくなったが、こんな状況だ。

この本を捨てたところで、今以上に状況が悪くなることはないだろう、と考えた。


削いて、意を決して、ページを捲る。

するとそこには、『斎藤恋は転移した。電車に乗ろうと足を踏み出した瞬間に。』と、書かれている。


どうやら、俺の状況説明らしい。が、まだ続くようだ。



『彼は、西暦1480年の佐渡島に転移した。そう、室町時代の佐渡だ。』



「佐渡島・・・?あ・・、佐渡島開拓記。」



この本は今では表紙の名前が変わっている。『佐渡島物語』と。



文字はまだ続いていく。

が、次の文章を見たとき、俺は冷や汗が止まらなかった。


『彼は、佐渡島に転移したとき、転移空間の影響を受け肉体が変質してしまったようだ』



「は?・・・・変質?ど、どういうことだ!なんなんだよ!もう!!」



転移させられた上に、もしかすると、人間をやめるかあるいは、病気になったのかもしれないのだ。

俺は焦った。なんとかして、元の体に戻してくれと、元の時代に戻してくれと。



しかし、無情にも文字は続く



『彼の肉体は、不老になった。そして、箱を作る力を得た』



「は、・・・・・不老?不老・・ってなんだ?そして、箱?箱って、箱か???あぁ、いやだ、意味がわからん。頭がバグるな・・・。」



不老だとか、箱を作る能力を得ただの書かれていたが、流石に突拍子もなさすぎて、脳が認識を拒んだらしい。

俺は、一度本を閉じ、そのままその場で寝た。



佐渡島の山奥の森で。




・・・・・・・・・・




「う・・・いて・・・、なんだ・・?あ・・・・」



寝起きに、あまりの体の痛さに唸る。

そして、一瞬ここがどこだかわからなかったが、目の前の木々を見て、佐渡島に手にしてきたのだと思い出した。



「そういや、飛ばされたんだったな・・・。はぁ・・・。とりあえず、水飲むか・・。」



昨日飲み忘れていた水を飲んでいく。

乾いていた体に水が染み渡る感触が心地いい。


「ふぅ・・染みる・・・。そういや、本にはまだ何か書かれてんのかな・・?」


『斎藤恋。彼は、本間家同士の戦場へと転移する。その後、彼はなんとかコミュニケーションを取ろうとするが、本間家の兵は、怪しげな人相の男に警戒し、斬り殺せ!とばかりに襲いかかる。彼は、新たに得たその身体能力を使いその場から逃げ出したのだった。』



「・・・?あれがつまり本間家兵隊だったってわけか。だが、この新しくえた身体能力ってのは・・・?あ、もしかしてあれ火事場のなんとやらじゃなかったのか!?うわ、ということは身体能力も上がっているってことか?おいおいマジか・・。このままもう現代に帰してくれないかな・・?」



『彼の得た能力は3つ。不老。箱を作る能力。彼の最盛期の3倍の身体能力だ。』



「これは、どういうことだ?最盛期ってのは、20代前半の時のことを言ってんのかな・・?箱ってのはやっぱりわからんな。あと、不老って・・・。中学生の最強キャラ集じゃねぇんだぞ?」



最盛期というのは、自分が若い時のことを指しているんだろう。

しかし、その3倍というとどれほどなのだろう?

例えば、ベンチプレス100kgだとすれば300kgになるわけか?

まぁ、おそらくその半分も持てないだろうから、せいぜい150kgか?


そんなふうに、自分が得たと書かれている能力について確認していく。



箱を作る能力も、いろいろ試した結果、すぐにわかった。


「なるほどな。その時の感情をめいいっぱい込めると箱を作れるわけか。」


不老に関しての確認は時間経過以外ではしようもないが、他の能力については、大雑把にではあるが検証できた。



「身体能力は確かに上がってるな。腕立ても腹筋も腿上げも、数十回程度じゃ全く疲れねぇし。箱についても、どうやら、感情だけじゃないな。もっと力の流れを理解したらもっと簡単に作れそうだ。」




・箱を作る

・不老

・身体能力上昇



これだけの能力が転移したことによって手に入ったわけだ。


「しかしよぉ・・。こんな能力あったって、金も人脈もねーのにどーしろっていうんだよ・・・」



そうなのだ。

今のお俺には、コネも金もない。もちろん、現代のものは持っているが、そんなものは精々が芸術品扱いなのだ。

ましてや、それ以前に、この時代の人間とコミュニケーションすら取れる状況じゃない。



端から積んでいる状況が出来上がっている。

単に、シャツとパーカーにデニムという格好なだけのおっさんだ。


そんな彼は、転移したと同時に指名手配を喰らったわけだ。

彼自身は何もしていないにも関わらず。



そんな彼には、手段が限られている。

もう既に、彼の手に残る手段は非合法なものだけだ。



彼の身長は、185cmでこの時代の者たちより遥かに高く、彼の服装は、この時代の人間ものよりも特殊な色合いをしている。

彼の持つリュックはこの時代にはない形状材質のものだ。


そんな彼が、この時代の普通の農民などのように振る舞えるだろうか?

はたまた、船もないのに、この時代に漂着した南蛮船の主だとでもいうのだろうか?



無理がある。

どちらの方法を取ったとしても、怪しまれ、討たれる可能性が高い。


だからそう、既に、非合法の手段しか無くなっているのだ。

本間家の双方から手配をうけている時点で。




そのことに未だ気づいていない恋は、まだ余裕があった一日目を終えたのだった。

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