第8話
アルフレッド・フォン・アインズワース。
その名が、私の頭の中で危険な響きとなってこだまする。
ゲームの中の彼は、攻略対象の中で最も頭脳明晰で、そして最も冷酷だった。
感情論が一切通じない。
彼は、悪役令嬢ロザリアの行動を、論理的に、一つ一つ丁寧に分析し、その全てが「王国に対する不利益」であると証明し、完璧なまでに私を断罪した。
そんな彼が、今、目の前にいる。
私はフードを、さらに深く引き下げた。
息を潜める。
彼が、私に気づきませんように。
アルフレッドは、部下のエリオットが差し出した魔力探知機を一瞥し、それから、リリィに視線を戻した。
「……なるほど。測定不能(エラー)か。これほどの聖属性魔力、王宮の記録にもない」
彼は淡々と事実を述べる。
その青い瞳は、リリィの魔力の本質を見抜こうとするかのように、細められていた。
エリオットが、アルフレッドの背後から、慌てて報告を続ける。
「は、はい!アルフレッド様!我々が村で聞き込みましたところ、この女は『聖母』と、そして、この子供は『戦女神』と呼ばれているようでして……」
「聖母と、戦女神」
アルフレッドは、その単語を、まるで汚物でも触るかのように、繰り返した。
「オーク三匹を、この子供が討伐したとも。……滑稽だな」
アルフレッドの視線が、初めて私を捉えた。
フードで顔は隠れているはずだ。
なのに、その視線は、私の全てを見透かしているようで、背筋が凍る。
「君が、この茶番劇の主犯か」
「……!」
「いえ、違います!私は、ただ……!」
必死で弁解しようとする私を遮って、リリィがアルフレッドの前に立ちはだかった。
私の娘は、私を守るために、この国で最も危険な男の一人と、真正面から向き合っている。
「お母様をいじめるな!」
「……ほう」
アルフレッドは、リリィの威嚇にも、全く動じなかった。
彼は、リリィを見下ろし、興味深そうに観察している。
「君が、オークを倒したという『戦女神』か。随分と、小さいな」
「あなたこそ、誰なの!お母様が言ってたわ!いばってる男は、みんな『わるいおサルさん』なのよ!」
「(リリィ!それは騎士団の人を指す言葉だったはず!)」
私の教育が、微妙に間違って伝わっている。
だが、アルフレッドは、その侮辱的な言葉にも、眉一つ動かさなかった。
彼は、私の方を向いた。
「随分と、偏った教育を施しているようだな。王国に、何か恨みでも?」
「(ありまくりだわ!婚約破棄されたのよ!)」
もちろん、そんな本音は口にできない。
私が言葉に詰まっていると、リリィが、さらに爆弾を投下した。
「お母様は、いつも言ってるわ!」
リリィは、アルフレッドを指差して、高らかに宣言した。
「『銀髪で、青い目で、いつも難しい顔をしてて、理屈っぽくて、偉そうな男は、この世で一番信用しちゃいけない、最悪の狼さんだ』って!」
「(……え?私、そんなに具体的に教えたっけ!?)」
私の脳裏に、リリィを寝かしつける夜の記憶が蘇る。
確かに、ゲームの攻略対象たちの特徴を上げながら、「こういう男には気をつけなさい」と、繰り返し、繰り返し、言い聞かせた記憶がある。
金髪の王子(わがまま)、黒髪の騎士(脳筋)、そして、銀髪の魔術師(冷徹)。
リリィは、それを一言一句、完璧に覚えていたのだ。
アルフレッドの美しい顔が、初めて、わずかに歪んだ。
彼のこめかみに、青筋がピクリと浮き出ている。
「……ほう。それは、光栄だな。そこまで、私のことを『正確に』分析して、教育に盛り込んでいたとは」
「(私じゃない!ゲームのシナリオライターよ!)」
アルフレッドは、私を、彼個人に強い恨みを持つ、何かの組織の人間だと誤解したようだった。
これは、最悪だ。
元公爵令嬢だとバレるよりも、もっと面倒な事態かもしれない。
アルフレッドの目が、絶対零度の光を帯びた。
「君が何者かは、王都でゆっくりと聞かせてもらう」
「……!」
「だが、その前に、一つだけ確認しておく。その子供。まさかとは思うが……『誘拐』したのではないだろうな?」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。
誘拐。
確かに、そうだ。
私は、森に捨てられていたリリィを、誰の許可も得ずに、ここで育てている。
客観的に見れば、それは「誘拐」と取られても、仕方がない。
「ち、違います!この子は、捨てられていたんです!私が見つけなければ、死んでいたんです!」
「捨てられていた聖女、か」
アルフレッドは、嘲るように言った。
「君の作り話には、もう飽きた。エリオット」
「はっ!」
「この女と子供を拘束しろ。抵抗するなら、殺しても構わん」
「(殺す!?)」
容赦がなさすぎる。
さすが、ゲーム随一の冷徹キャラだ。
エリオットたちが、一斉に杖を構える。
魔術の詠唱が始まった。
家の周りの空気が、魔力でビリビリと震える。
もう、話し合いで解決できる状況ではない。
私は、リリィの手を強く握った。
「リリィ!やるしかないわ!」
「……え?」
リリィが、きょとんとした顔で私を見る。
彼女は、私が戦闘を許可するとは思っていなかったのだろう。
「お母様、でも……」
「あんなにたくさんの『わるいおおかみさん』たち、リリィ一人でやっつけられるかしら?」
私は、わざと不安そうな声で、リリィのプライドをくすぐった。
私の言葉に、リリィの目が、カッと見開かれた。
彼女は、私の期待を裏切らない。
聖女の無邪気な笑顔で、しかし、瞳の奥には戦闘狂の光を宿して、笑った。
「だいじょうぶよ、お母様!」
「(ああ、その笑顔が一番怖い……!)」
「お母様が教えてくれた、ロザリア流護身術、その『奥義』を見せてあげるわ!」
「(奥義!?そんなもの、教えた覚えはないわよ!)」
私の知らないところで、リリィは、私の護身術を、独自の解釈で進化させていたらしい。
魔術師たちに向かって、リリィが、村でもらった鉄剣を抜き放つ。
その瞬間、魔術師たちの詠唱が完了した。
「放て!『ファイア・アロー』!」
「『ウインド・カッター』!」
十数本の炎の矢と、風の刃が、私とリリィに向かって、同時に襲いかかってきた。
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