破滅フラグ回避のため宮廷から逃亡した悪役令嬢ですが、森で拾った赤ちゃんが将来私を断罪する原作ヒロイン(聖女)でした。こうなったら、魔改造して最強の味方に育て上げます!

☆ほしい

第1話

「ロザリア・フォン・ヴァインベルグ!君との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」


目の前で輝く金髪を揺らし、王子様が声高に叫んだ。

ここは王立学園の卒業記念パーティー会場。きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが私と王子を取り囲んでいる。

ああ、そうだ。この場面。知っている。

これは、乙女ゲーム『星光のヴァルキュリア』の断罪イベント。

私が、悪役令嬢ロザリアとして、ヒロインを虐げた罪を糾弾され、破滅へと追いやられる始まりのシーンだ。

前世の記憶が洪水のように蘇り、頭の中で警報が鳴り響く。

そうだ、私は日本人だった。トラックに轢かれて死んだと思ったら、この世界の公爵令嬢に生まれ変わっていたのだ。

そして今、人生最大のピンチに直面している。

王子の隣には、儚げなピンクブロンドの髪をした少女が寄り添っていた。

彼女こそが、このゲームのヒロイン、平民出身でありながら聖なる力に目覚めたリリアだ。

本来なら、私が彼女をいじめ抜き、その結果として、王子や攻略対象の騎士団長子息、魔術師の卵たちから断罪されるはずだった。

しかし、幸か不幸か、私は原作のロザリアのように傲慢ではなかった。

むしろ、面倒ごとを避けるため、ヒロインとは極力関わらないように過ごしてきた。

いじめなんて、とんでもない。挨拶すらまともに交わしたことがないはずだ。

それなのに、どうして。


「君がリリアにした数々の嫌がらせ!もう我慢ならない!」

「え?」


思わず、素っ頓狂な声が出た。

嫌がらせ?私が?いつ?

全く身に覚えがない。

周囲の貴族たちも、ひそひそと囁き合っている。

「ヴァインベルグ公爵令嬢が?まさか」

「ですが、王子様があれほどお怒りですもの」

「リリア様は、いつも何かに怯えていらっしゃいましたわ」

違う。それは違う。

私がヒロインを避けていたのは、単に断罪イベントを回避したかったからだ。

関わらなければ、いじめることもない。そうすれば、こんな未来は来ないはずだった。

なのに、私の態度は「陰湿な無視」と捉えられていたらしい。

ヒロインが怯えていたのは、私が怖い顔で睨んでいたからだと、王子は思い込んでいるようだ。

違う、それは元のロザリアの顔つきがキツいだけで、私はただぼーっとしていただけだ。

弁解しようと口を開く。しかし、声が出ない。

ゲームの強制力。シナリオの修正力。

そんな言葉が頭をよぎる。

どうやら、私がどんな行動を取ろうと、この結末は避けられないようにできていたらしい。


「何か言うことはないのか!ロザリア!」

「……」


何を言っても無駄だろう。

この場で私が何を叫んでも、誰も信じない。

王子はすでに、ヒロインという正義に夢中なのだから。

私の未来は、ゲームの通りなら、修道院への幽閉。

いや、ルートによっては、処刑エンドすら存在したはずだ。

背筋が凍る。冗談じゃない。

こんな理不尽な理由で、死んでたまるか。

私はゆっくりと顔を上げた。そして、王子を見つめる。

私の瞳には、もう絶望の色はない。

あるのは、生き残るための、冷たい覚悟だけだ。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします。王子殿下」

「なっ……なんだと?」


予想外の返答だったのか、王子が目を丸くする。

私は、淑女の作法に則って、完璧なカーテシーをしてみせた。

公爵令嬢としてのプライド?そんなものは、とうの昔に捨てている。

今、最優先すべきは、この場から一刻も早く離れ、安全な場所へ逃げることだ。

幸い、この日のために、私は準備をしていた。

いつか来るかもしれない破滅の瞬間に備えて、最低限の資金と身分を隠すための道具を、密かに用意していたのだ。

臆病で心配性な性格が、ここで役に立つとは思わなかった。


「長きにわたり、お世話になりました。皆様、ごきげんよう」


私は背筋を伸ばし、毅然とした態度でその場を去る。

誰も私を引き止められなかった。

悪役令嬢のプライドが、そうさせているとでも思ったのだろう。

屋敷に戻った私は、誰にも見つからないよう、準備していた荷物を手に取った。

書き置きを一つだけ残す。

『探さないでください』

短い言葉に、私の全ての意志を込めた。

父も母も、冷たい人たちだった。私をヴァインベルグ家の道具としか見ていなかった。

きっと、王家との婚約が破棄された私を、勘当するだろう。

好都合だ。

私は夜の闇に紛れて、公爵家を抜け出した。

向かう先は、国境。

このヴァインガルド王国から脱出し、誰にも知られない場所で、ひっそりと生きていく。

それが、私が選んだ唯一の生き残り策だった。


それから、数年の月日が流れた。

私は隣国との国境に近い、広大な森の奥深くに小さな家を建てて暮らしていた。

公爵令嬢だった頃の贅沢な暮らしとは、比べ物にならないほど質素な生活だ。

けれど、心は穏やかだった。

断罪される恐怖に怯えることもない。

前世の知識を活かし、畑で野菜を育て、森で薬草やキノコを採る。

護身術もかじっていたから、多少の獣なら追い払えた。

完璧な自給自足生活。

もう、私の人生に、乙女ゲームの影はない。

そう信じていた。

その日までは。

いつものように、森へ食料の調達に出かけた時のことだった。

古木の根元で、何か小さなものが動いているのに気がついた。

最初は動物の赤んかと思った。

けれど、近づいてみて、息を呑んだ。

それは、布にくるまれた、人間の赤ん坊だった。

どうして、こんな場所に。

慌てて抱き上げると、赤ん坊はか細い声で泣き出した。

まだ生まれて間もないように見える。

こんなところに放置すれば、夜には獣に襲われてしまうだろう。

急いで家に連れて帰り、温かい布で体を包んでやった。

幸い、衰弱はしているけれど、命に別状はなさそうだ。

ミルクの代わりに、栄養のあるスープを少しずつ飲ませてやると、赤ん坊はこくこくとそれを飲み、やがてすやすやと寝息を立て始めた。

ほっと胸をなでおろした、その時だった。

赤ん坊の首に、何かきらりと光るものがかかっているのに気づいた。

小さな、星の形をしたペンダント。

そのデザインに、見覚えがあった。

嫌な予感がする。

震える手で、そのペンダントを手に取った。

間違いない。

これは、乙女ゲーム『星光のヴァルキュリア』の中で、聖女が生まれながらに持っているとされる『聖女の証』だ。

つまり、この赤ん坊は。

将来、光の聖女として覚醒し、王国を救い、そして。

悪役令嬢ロザリアを断罪する、原作ヒロイン、リリア。

その本人だった。


「――詰んだわ、人生」


私の口から、乾いた声が漏れた。

せっかく全てを捨てて逃げてきたというのに。

どうして、最大の破滅フラグが、私の元へやってくるんだ。

神様は、どれだけ私をいじめれば気が済むのだろうか。

頭が真っ白になる。

この子をどうすればいい?

今すぐ、近くの街の教会にでも預けるべきか。

いや、だめだ。

ゲームの知識を思い出す。

聖女リリアは、幼い頃に両親を亡くし、教会に引き取られる。

しかし、その教会は王国の暗部と繋がっていた。

聖女の力を利用しようとする者たちによって、彼女はろくな教育も受けられず、ただ利用されるだけの存在として育てられるのだ。

そんな彼女を救い出すのが、王子をはじめとする攻略対象たち。

それが、ゲームの始まり。

もし私がこの子を教会に預ければ、原作通りに物語が進んでしまう。

そして、成長した彼女は、きっと私を見つけ出し、断罪するだろう。

『悪役令嬢ロザリア!貴様は聖女である私を見捨てた!その罪、万死に値する!』

そんな未来が、はっきりと見えた。

では、どうする?

このまま森に放置する?

そんなこと、できるはずがない。

目の前で、小さな命が失われるのを見過ごすなんて、絶対にできない。

それに、もしこの子がいなくなれば、王国は聖女の不在によって、いずれ訪れる魔族の侵攻で滅びるかもしれない。

それもまた、後味が悪い。

選択肢は、ない。

残された道は、一つだけだ。


「こうなったら……私がこの子を育てるしかない!」


声が震える。

恐怖と、そして、ほんの少しの覚悟が入り混じった声だった。

そうだ。私が育てるんだ。

私を断罪できないくらい、私を大好きな子に。

私のことを、世界で一番大切に思ってくれるように。

そうすれば、彼女は私を断罪しないはずだ。

完璧な破滅フラグ回避策。

これしかない。

私は腕の中の赤ん坊を、ぎゅっと抱きしめた。

まだ温かい、小さな体。

「あなたの名前は、リリア。愛称はリリィよ」

私がそう囁くと、眠っていた赤ん坊が、ふにゃりと笑った気がした。

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