第31話 リリア百合ルート2「血の付いた手袋」
選択肢のウインドウが消え、リリアの視線がまっすぐイザベラを射抜いた。
「気品のあるお方……」
優子(イザベラの姿)は扇子を開き、口元をそっと隠す。
レオン、ガイ、セリオは城門の内側へと歩きだし、消えていった。
「あなた、城の使用人のようだけど……名前は?」
「……リリアと申します。庭師見習いとして今日から……ご挨拶が遅れて失礼を……その、さきほど殿下に呼びかけていたということは、王家ともご親交が?」
「そうね。私は侯爵家の娘。そして――クラウス伯爵の婚約者」
「えええ……!? そんな高貴な方に、気安く口を……申し訳ありません!」
慌てて頭を下げるリリアの肩に、イザベラは手を置く。リリアが顔を上げる。
「顔を上げなさい、リリア。なかなか察しがいい……面白い娘ね」
そっと近づき、顎を指先で軽く持ち上げる。リリアの頬がぱっと染まる。
「後で私の家にいらっしゃい。今、王宮は国王殺害で大騒ぎよ」
遠くの影から、その様子をクラウスが見守っている。
(……優子、いやイザベラは、リリアに何をしているのだ?)
城門周辺の喧噪がふっと遠のき、白い花びらが舞う。
リリアの頭上に金のハートマークが浮かび、ピンクの液体が満ちる。《10%》の表示が出る。
(よし……出た。まさしくこれは、リリア攻略のための、好感度!)
――王宮・庭園
薔薇が香る小径。白いアネモネを一輪摘み、イザベラは鼻先で香りを確かめる。
「白いアネモネの花言葉は“真実” ……私の好きな花よ」
リリアの三つ編みの根元に花を挿してやる。《46%》の表示。
「似合うわ」
「……イザベラ様」
リリアがまた頬を染める。ちいさなハートの中へ、ピンクがするすると満ちていく。
その様子をイザベラの姿の優子は、内心でほくそ笑む。
(ごめんなさいだけど……チョロインなんだよね、リリア)
茂みの向こうで、クラウスが目を細める。
(ものすごい速度で攻略している……何を狙っている、優子)
くすり、と笑い声がふたりの間に弾ける。
――イザベラの部屋
銀の盆にティーカップが二つ。窓外では王都の灯が瞬いている。もう夜になっていた。
「ふう……自分が主人公だと、出ずっぱりであなたと話す暇がないわ」
「今日だけで好感度が70%近くまで上がっていたな。優子、いや、イザベラ、何を狙っている?」
イザベラはカップを受け皿に戻し、指先で取っ手をなぞる。
「リリアとは国王殺害の件も話したわ。私はクラウスの婚約者。
義父になるはずだった方の死に胸を痛めている――そう打ち明けて、真相をふたりで追う約束を」
「となると結局、推理を進めるのか。ならば俺が犯人だと露見する。
転生悪役令嬢とやらに世界が変わったなら、リリアに推理させねばよいのでは?」
イザベラは首を振る。
「いいえ。この世界は“月影のレガリア”。リリアが主人公であることは変わらない。
推理を止めれば――何もしなかったBAD END、ガイルートの二の舞になる」
「……それは、一理あるが」
クラウスが神妙な顔で頷く。
「だからリリアには推理してもらうわ。そのうえで“伯爵は犯人ではない”という結論に、私が傍で誘導するのよ、クラウス」
(……クラウス?)
クラウスはそこで、はじめてイザベラの態度が、イザベラらし過ぎることに気づいた。優子が中にいるときのそれではない。なりきっているのだろうか?と思い、そのまま話を続ける。
「そんな芸当が可能なのか?」
イザベラは視線をクラウスに合わせ、静かに問う。
「昨夜、国王を殺した時の気持ちを覚えていますか?」
「何?……待て。思い出せん。確かに父王を殺し、手袋に血を押しつけた記憶はある。
だが、その時何を考え、どう感じていたかが抜け落ちている……おぞましい。まるで操り人形だ! …面妖な」
イザベラはくすっと笑った。
「それが私たちが未知のルートに入っている証拠。これまでは選択が決まるたび、あなたの内面が後付けで“セット”されていた。けれど今は違う」
「未確定の……ルート……」
「このルートでは、私たちはかなり自分たちの思惑通りに動けるはず。でも、ゲームの支配力がいつ働くかわからない。
あなたが国王を殺してしまうところは変えられなかったし、変えられないものもある。
だから、私がイザベラの好感度をMAXにして、つまり彼女の全幅の信頼を獲得して……私の話を信じるようにするの。
そして、嘘の真実を彼女の手によって推理させる……おそらくそれが、月影のレガリアで私たちが取れる最善策……」
「嘘の真実……優子、いやイザベラ。聞かせろ。何を企んでいる?」
「ではよく聞いてくださいまし、伯爵。まずは……」
紅茶の香りの中、夜が濃くなっていった。
――王宮・書斎
陽が斜めに差し、紙の山に格子影が落ちる。
開け放たれた窓からは冷えた空気。埃が光の道を泳ぐ。
イザベラとリリアが本をひっくり返し、手当たり次第に中を調べている。
「ここは陛下の書斎。勝手に入って大丈夫でしょうか?」
「見つかったら私が責任を取るわ。クラウス伯爵の婚約者に咎められる者なんて、そうはいないでしょう?」
イザベラが軽くウィンクをする。
「まあ……!」
「悪い女だと思った? こう見えて、昔はお転婆で通っていたのよ。クラウスを剣の稽古で泣かせたこともあるの」
「――あのクラウス様を!? それに、イザベラ様も……お強いのですね」
「いまは敵わないけれどね。腕に覚えはある。いざとなれば守ってあげる」
イザベラが、ふいにリリアの髪にそっと手を触れる。リリアの頬が熱を帯びる。
頭上のハートがふわりと満ち、《80%》の表示が灯る。
リリアがハッとした表情になる。
「は、はわわ……調査に戻ります!」
リリアが慌てて国王の机のあたりを探し始める。イザベラは満足げにその様子を見ている。
机の下に身を屈めたリリアは、その下に小箱があるのを見つける。その蓋は簡単に開いた。中身に触れる。
「……あ!」
ゴツン、と天板に頭をぶつける音。
「どうしたの?」
「いた……! これを」
立ち上がったリリアは、革の手袋を掲げる。エンブレムはレオンのもの、暗く乾いた血痕がついている。
イザベラが目を見開く。
「レオン殿下の紋章……なぜ血が?」
「まさか、レオン殿下が陛下を……?」
リリアの顏がひきつる。イザベラは笑みを崩さず、ゆっくりと首を振る。
「ちょっと待って。仮にレオンが国王陛下を殺した犯人だとして、その陛下の書斎に血の付いた手袋を隠すのはおかしいわ」
「そうですね。この手袋に血が付いたとしたら陛下を刺したとき、その後にわざわざ国王陛下の部屋に隠すなんで不自然です」
「リリア、あなた賢いのね」
「そんな私なんて……ただの庭師見習いの平民で……」
「リリア、もっと自信を持ちなさい。私があなたを選んだのは、あなたなら国王を殺した犯人を見つけられると見込んだからなのよ」
そっと伸ばされた手が、リリアの指先に触れる。
視線が絡まり、息が詰まるような間が流れる。
「イザベラ様……どうしてそこまで、私なんかを」
「約束したでしょ。私なんかは、禁止」
イザベラはウィンクして、指を振る。
頭上に浮かぶハートマークが、淡く脈打つ。
ピンクの液体が満ち、《85%》の表示。
(順調……あとはリリアがさっきの私の発言をヒントにしてくれれば……)
「他に気づいたことはない?」
「そうですね……血の付き方が変な気がします。私も庭仕事で手袋を使うのですが、何かを握って刺したなら、
手の甲でも親指の傍に血が付くと思うんです。でもこれは、手の甲の真ん中で……」
イザベラが顎に手を当て、考える仕草をする。
「それはつまり……その手袋を使って人を刺したわけではない、ということね?」
「そうです。イザベラ様がさきほど、レオン様が犯人だったとしたらこの部屋に隠すのはおかしいと申されましたが……
もしかして、この手袋はレオン様に罪を着せるための偽装工作では? だから隠してあった……」
「そんな!? でも、確かに否定できないわ……」
「でも、だとしたらこの手袋をこの部屋に隠したのは……」
リリアが口ごもりながら、指先で三つ編みをいじる。
瞳に光が宿り始める。
イザベラはその様子を黙って見つめている。
(よしよし……推理し始めた。手袋はどうせ見つかる。それなら国王の書斎に置いて見つけさせよう。それによって彼女が導き出す結論は……)
リリアがハッと目を見開く。
「まさか? そんなことが……!?」
「何か考えついたの?」
「国王陛下は、誰かを亡き者にしようとしていたのでは?
そしてその罪をレオン様に着せるために、あらかじめこの手袋を用意しておいたのではないでしょうか……
しかし、国王陛下の計画通りにはならず、返り討ちにあってしまった。だから血付きの手袋が部屋に残された……」
「なんですって? 信じたくはないけど、筋は通っている……でも、だとすると国王陛下が殺そうとし、返り討ちにあったのは誰なの?
国王陛下は相当な剣の使い手よ。私はもちろん、クラウスだってやっと互角の……は!?」
イザベラが大げさに驚きの表情を店、口に手を当てる。
「そうです……国王陛下を返り討ちにする剣の腕を持つ……それはクラウス様とレオン様、他にはガイ様ぐらいでしょう。
このうち、レオン様は除外されます。国王陛下がレオン様に濡れ衣を着せたかったのなら……その相手はレオン様ではない……別の誰かとなります」
「そんな……クラウスが犯人の可能性が……!?」
イザベラが頭に手をあて、よろめく。
リリアが慌てて支える。
「お気を確かに! まだ他の可能性もあります。もっと調べてみましょう……」
書斎の扉がわずかに開き、外の光が細く差し込む。
その隙間から覗く鋭い視線。クラウスだった。
苦虫を噛み潰したような表情で、静かに息を吐いた。
――王宮のテラス
夜風が冷たく、月が雲の隙間から覗く。
城下の灯りが遠くに瞬き、風がクラウスのマントの裾を揺らす。
「聞いていたとはいえ、俺が容疑者になると肝が冷えるな」
「ご辛抱ください。これは第一段階ですわ」
「わかっている。驚くほど優子、いやイザベラの思惑通りに事が運んでいる……しかし」
「何か気になることでも?」
イザベラが片眉をあげた。
「このリリア百合ルートとやら、俺の出番がまったくないな……暇だ」
「それは……我慢して」
ふたりの間を、夜風がすり抜けていった。
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