第24話 セリオ闇落ちルートその2「アネモネの記憶」

――セリオの研究室

王宮の塔の一角、誰も近づかない上階にその部屋はあった。

近づくだけで鼻を刺す、薬草と金属粉の入り混じった匂い。

部屋の奥には黒木の長机、そこに積み重なる魔導書と羊皮紙。

壁には、封印紋の描かれた瓶がずらりと並び、どれも中で小さな生き物のように光が脈動している。

棚の一角には半ば溶けた水晶玉や、壊れかけた杖、錆びついた錬金の道具。

奥の窓辺には、灰色のカーテン越しにわずかな光が差し込み、机上の銀の秤と魔法陣を照らす。

そして壁の中央――黒い板に釘で打ちつけられた地図には、セレスティア全土の地図の上に、黒い魔力線が蜘蛛の巣のように走っていた。


リリアとセリオが黒い机を挟んで向かい合っている。

「この魔導書によれば、セレスティアの呪いを解くには“真実の花”が必要だ……それがわからない。庭師見習いの君に思い当たることはないかい?」

「いいえ……さっぱり」

「"真実の花"はすぐ傍で咲く……あるいは何かの暗号か」

「真実はすぐ傍にある、という教訓かもしれませんしね」

セリオが眉根を上げる。

「君、面白いこというね~」

リリアが顔を赤くする。

「そんな……私、ただの平民で……セリオ様のようにご立派に学ばれたわけでもないですし」

「いいんだよ。大事なのはここ」

セリオが自分の頭をこつこつと叩き、ウィンクをする。

茶目っ気混じりの仕草に、思わずリリアは笑った。


扉についた小窓の外で、イザベラ――中身は優子――とクラウスが二人の様子をそっと覗いていた。

「呪いを解くとか言っているが、あれはセリオの演技か?」

「はいそうです。リリアを利用しようと企んでます」

優子(イザベラの姿)がこともなげに言う。

「真実の花うんぬんは?」

「白いアネモネですね。このゲームのサブタイにもなってて、推理の手がかりというよりはリリアを象徴する小道具といったところです」

「サブタイ? また面妖な… やれやれ。さっきからずっと二人のやり取りを見ているだけで、やきもきするぞ」

「しょうがないでしょう? 出番がないんだから。出ていこうとしてもゲームの力で阻まれますし」

「しかしだな、何もしないというのは……」

「出番がないなら、ないなりにできることをやりますよ」

クラウスは眉間を押さえ、ため息をつく。

研究室の中では、セリオの杖が赤く灯り、呪文の詠唱が聞こえていた。


夜になると、セレスティアを覆っていた黒雲は晴れ、赤い月が天頂に煌々と禍々しい光を放つ。

セリオの研究室に、燭台を持つ影が一つ。蝋燭の炎にゆらめいている。

優子(イザベラの姿)は忍び足で実験机へ近づき、引き出しを開いていく。

「どこだろう……あった」

中から、緑色の液体が入った小瓶を取り出す。

栓を抜かずに蝋燭の光にかざし、息をのむ。

「これが……国王がクラウスを暗殺しようとした毒ね。セリオが作ったもの。

結局使われなかったから、ここに置いてある……

セリオルートではこの小瓶をリリアが国王の寝室で見つけるんだっけ。

ここにあるってことは、あとでセリオが仕込むのね。

これを今隠せば……いや、代わりを作るだけだろうなあ……どうすれば」

そのとき、背後から声がした。

「イザベラ様?」

驚いて小瓶を体で隠し、振り向く。扉の影に、リリアが立っていた。

「リリア……!? なぜ、こんな時間に?」

「忘れ物を探しに……それより、イザベラ様こそ、なぜここに?」

(忘れ物……? リリアがイザベラと会うイベントなんてなかったはず……何が起きてるの?)

優子(イザベラの姿)は、緊張の面持ちで答える。

「……あなたに言う必要はないわ」

「はい……失礼しました!」

リリアが小さく頭を下げる。

優子の胸が少し痛んだ。

「顔を上げなさい。コソ泥のような真似をした私が悪かったわ。

でも理由は言えないの……私のこと、セリオには黙っていてくださる?」

「わかりました! ……そうだ、私、イザベラ様におうかがいしたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「“真実の花”という物について、思い当たりませんか? 私、自分でもわからないのですが……イザベラ様に聞けばわかるような気がして」

「!?」

優子は目を見開いた。

(私は知ってる。“真実の花”のこと……でもこのルートでは、リリアがセリオと一緒に探して、見つけるはず。

イザベラがアネモネについて教えるのはガイ革命ルートだけのはず……なんで他の分岐のことを、リリアが知ってるの?)

「やっぱり、ご存知ないですよね」

リリアが肩を落とし、扉へ向かう。

「待ちなさい」

振り向くリリア。イザベラはひと息吸って微笑んだ。

(わからないけど……進めるしかない。何かヒントがあるはず)


――王宮の裏庭

手入れの行き届いたバラ園。

夜露の光の中で、白いアネモネが小さく揺れていた。

イザベラとリリアが花壇の前に立つ。

「アネモネよ。花言葉は“真実”。もしかして、“真実の花”とはこれのことではないかしら」

イザベラが花をたおり、香りを確かめる。

「なるほど……イザベラ様、ありがとうございます!」

リリアが頭を下げる。

「いいのよ。こんなことぐらい、なんでもないわ」

そしてイザベラは、アネモネの花を髪飾り代わりに、リリアの髪にさした。

「イザベラ様……!」

リリアの頬が染まり、頭の上にハートマークが浮かぶ。

ピンクの液体が満ちていく。《25%》の表示。

(またこれが出た……どうしてリリアのイザベラへの好感度が発生する?

 これってゲームに必要なの?)

優子(イザベラの姿)は、いぶかしげにリリアを見ている。リリアはその視線に「?」と小首を傾げた。

(かわいいな……平民といっても、彼女はヒロインだし、やっぱかわいい)

金髪の美女は内心そんなことを思った。

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