第19話 優子の日常3「何もしなかったEND」

ストーブの低い唸りと、ファンの回転音だけが鳴っている。

六畳の寝室。窓の外は薄暗く、カーテンの端はガムテで留められ、外の街灯の光が少しだけ差し込んでいた。

布団の中で、優子はぐしゃぐしゃの髪をしたまま、すがりつくような体勢でPCの前に座っている。

画面には黒い背景に、無機質な白文字。


《ALONE END RETRY?》


「クラウス!」

優子は叫んだ。

「なんだ?」

振り返ると、スウェット姿のクラウスが、あぐらをかいて座っていた。

「生きてる!?」

「どうやらまた死んで、転生してきたようだ。……これは何度続くのだろうな」

優子はPCの画面に目を戻す。

「わかりません。サーバーのメンテが終わるまでなのかな……それまでには死亡ENDを回避しないと」

クラウスが腕を組む。

「そのメンテとやらはいつ終わるのだ?」

優子はノートPCのブラウザを開いた。

画面には〈月影のレガリア〉公式サイト。トップには白い文字が踊っている。


【お詫び】サーバーメンテナンス長期化のお知らせ

復帰時期:未定


「わからないみたいですね……」

「ふっ、ならばまだ何度か挑戦できるというわけだ。まったく……面妖な話だな」

クラウスが肩をすくめ、苦笑する。

優子はため息をつく。

「……お茶、淹れますね」


ローテーブルの上には、二人分の紅茶が並んでいる。

湯気がゆらゆらと揺れて、PCの光をぼんやり照らしている。

クラウス「しかし、さきほどのルートではなぜ失敗したのだ? 

貴様の知らないルートに入っていたはずではないのか?」

「そうなんです。なんで……」

優子はマウスを動かし、月影のレガリア攻略Wikiの、ガイルートのページをスクロールする。

分岐図が画面いっぱいに展開されている。これも優子が描いたものだ。

「……あ!」

と優子は声を上げた。クラウスが身を乗り出す。

「どうした?」

優子は頭を抱え、ぶるんぶるんと振る。

「私ったら……とんだ大馬鹿ものだ!」

「おい、優子」

クラウスが慌てて優子の腕をつかむ。

振り向いた優子の頬を一筋の涙が伝っている。

「貴様、泣いているのか……?」

「自分の馬鹿さ加減に呆れてしまって……」

クラウスは腕を組む。

「俺には何が起きたかわからぬ。説明してくれ」

優子ははぁと息を吐き、説明を始めた。

「私はガイ革命ルートで、伯爵とダルグを決裂させることで、伯爵と革命軍の密通シナリオ、さらにガイとダルグの共闘シナリオへの分岐をつぶしました。

このルートでは、共闘シナリオが崩れると謎解きは行われません。

代わりに伯爵と革命軍の密通が発覚し、伯爵が罪を自白して自ら死を選ぶという筋書きになります。

そこで密通フラグもつぶして、伯爵が死ぬルートを回避した、と思ていたのですが……」

クラウスが険しい顔になる。

「何か見込み違いがあったのか?」

優子は唇を噛み、画面を指差した。

「はい。伯爵と革命軍が内通せず、ガイと革命軍の共闘もなく、謎解きも行われないルートの存在……忘れていました。

それって、主人公が何もしないときの“BAD END”なんですよね……」

「……バッドエンド?」

「月レアでは"ALONE END"と呼ばれますが、ゲームの進め方がうまく行かなかったときの失敗ENDです。

ガイルートのバッドエンドは、主人公リリアがうまくフラグを立てられず、ガイと結ばれないままシナリオが終わったときに発生します。

そのとき、テキストのみで『革命が起き、伯爵たちは死んだ。リリアは隣国に逃げ、一人静かに暮らした』って短い説明だけあるんです。

私たちがやったことや、その後の展開は、全部この短い一文に省略されてしまったんだと思います……」

優子は鼻をすすりながら言葉を継いだ。

「ゲームとしてはバッドエンドも一つのゴールだって基本的なこと、忘れてた……私って本当に馬鹿だ。何か二千時間以上プレイしてる、よ」

「ふむ。つまり、リリアに何もさせなくても、俺は死ぬということか」

優子はティッシュで涙をぬぐいながら、弱々しく笑った。

「そうなっちゃいます。ガイルートはダメですね。死亡回避に向きません……まさに、もう無理死ぬ、です」

クラウスが紅茶のカップを手に取り、飲まずに黙って見つめている。

優子はまたPCを操作し始める。カチャカチャと音が鳴る。

画面には攻略Wikiの編集ページ。

『ALONE END:イザベラとクラウスがダルグ宅に訪問後、イザベラが内通文書を発見する』とまで書き込んで、タイピングの音が停まった。

その様子にクラウスが気付く。

「何をしているのだ?」

「新しい分岐を見つけたので、Wikiに書いておかなきゃ……

あ、でもイザベラへの好感度を上げる必要があるのか……

リリア視点だとどうすればいいかわからない……もう無理死ぬ!」

優子は姿勢を正し、眼鏡を直すと、カタカタと軽快にキーを叩く。その音が、静かな部屋の中に響いている。

クラウスが優子の様子を見て顎に手を当てる。

「……貴様、意外に元気だな?」

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