第16話 ガイ革命ルートその2「そのルートぶっ壊します」
――王宮・裏庭
朝露をまとった薔薇が、整えられた花壇の列に沿って静かに揺れていた。
手入れの行き届いた庭園は、まるで絵画のように整然としており、淡い陽光が葉の先で煌めく。
噴水の音が遠くでささやき、白いベンチに腰かけるイザベラ――中身は優子――が、静かに本をめくっていた。
(きた……)
視線を上げると、アーチの向こうにリリアの姿が見える。
少女は慎ましい仕草で周囲を見回し、手に籠を抱えたまま、声をかけるべきかどうか迷っているようだった。
優子はそっとベンチから立ち上がり、垣根に咲いた白いアネモネを摘み取る。
花を鼻先に寄せ、静かに微笑む。
「いい香り……あなたが育てたのかしら? リリア」
リリアは驚き、胸の前で籠を抱き直す。
「は、はい。そうです……アネモネがお好きなんですね。イザベラ様」
「そうね……花言葉が“真実”というのも気にいっているわ。
ガイ騎士団長とともに国王陛下殺害の犯人を捜すリリア、まるであなたみたいな花……とても素敵」
アネモネを唇のそばに寄せながら、イザベラは柔らかく言葉を紡ぐ。
「ねえ、もう少し、あなたとお話がしたいわ」
「え? 良いのですか? 平民の私なんかが……」
「身分なんて……関係ないわ。私はあなたとお友達になりたいの。お嫌かしら?」
「そんな……イザベラ様……」
リリアの頬が赤らみ、頭上に金色のハートマークがぽんっと浮かぶ。
中でピンクの液体が満ちていく。《15%》の表示が出る。
(やっべ、またリリアの私への好感度が出た……そんなシステムないはずなのに。
まあこれからやろうとしてることを考えると、好感度が分かるのはありがたいけど)
リリアは深く頭を下げると、花壇の奥へと去っていった。
優子(イザベラの姿)はその背を見送って、小さく手を振る。
その背後、垣根の影から男がゆっくり現れる。
黒い外套の裾をひるがえし、クラウスが堂々と立っていた。
眉の端に、わずかな笑みが浮かんでいる。
「レオンより女の扱いが上手いではないか? 転生先を間違えたな」
優子(イザベラの姿)は露骨に嫌そうな顔をした。
「レオンルートのリリアとのやりとりを参考にしただけです」
「しかしイザベラがリリアと仲を深めると、俺の死は回避できるのか?」
「これは下準備です。おじやを作るためにご飯を炊いておく……みたいな」
クラウスは眉をひそめ、唇を歪めた。
「どういう意味だ? ……面妖な」
――下町通り
昼下がりの通りには、市民たちのざわめきと荷車の軋む音が絶えない。
粗末なレンガ造りの家の前で、リリアがガイ、そして髭面の男――ダルグと話していた。
その光景を、向かいの路地の陰からそっと覗く二人の影がある。
クラウスと優子(イザベラの姿)だ。
身につけているのは、王侯貴族には到底見えない、質素な町人服。
クラウスは袖を引きながら小声で文句をこぼした。
「なんだこの格好は?」
優子は肩をすくめる。
「リリア視点で、イザベラとの昨夜の会話イベントを回収しておくとフラグが立ちます。
革命軍のリーダー・ダルグの家にガイと訪ねるイベントで、お忍びで街を訪れたイザベラとクラウスに遭遇することになります。
このシーンは本筋とは関係ないので、会っても会わなくても結末は変わりません」
「結末が変わらんのか? 何故そのようなルートがあるのだ?」
「スチル回収とか……」
「スチル?」
「キャラクターの掘り下げもゲームの楽しみの一つなんです。特にクラウス伯爵推しにとっては重要なシーンなんですよ」
「俺に関係があるのか?」
金髪の美女は頷いた。
「このルートに入ると、革命軍による反乱成功の後、クラウス伯爵が実はダルグと密かにやり取りしていた手紙が、伯爵の死後に出てきます」
クラウスが眉をしかめる。
「ダルグ? あの男と、俺が? ……いや待てよ、確かに、俺はあの男を知っている。手紙を送ったぞ」
「思い出しましたか……? 後付けの記憶を思い出すというのも変ですけど。その手紙の内容は……」
「……俺が反乱の手引きをする、革命軍の革命を成功させるために……王政を廃し、国民の選んだ代表が国を治めるのが望ましい
……俺や王家の人間は、革命が成功した段になって隣国へ逃亡するので、あとは民の手で国を治めろと……そんな内容だ」
「そうです。このルートでは、実はクラウス伯爵は革命に賛同する立場だった、という筋書きになります。
国王を殺してしまったのも、圧制をしく父への義憤がこじれたから。本来は国王とともに隣国へ逃げるはずが、そこで計画が狂った。
その罪をリリアとガイによって暴かれることで、自ら悪役を演じる覚悟を決めた……悪役が実は善人だったオチ。
クラウス伯爵の志の高さと潔さが死後に明らかになる、私の一番好きなルート……でした」
優子(イザベラの姿)はため息をついた。
「今は違うのか?」
「好きですよ! でも、私たちはこれからこのルートを、ぶっ壊します」
「ぶっ……なんだと?」
「文字通りです。クラウスが死ぬENDを、それによって回避します」
クラウスは短く息を吐き、眼を細める。
「……わかった。俺は何をすればいい?」
「まずダルグの家に向かいます、そして……」
二人は人の往来の中を抜け、裏路地へと姿を消していった。
陽光が石畳に差し込み、風が旗を揺らす。
その影の中で、クラウスと優子の密談が、静かに続いていた。
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