第7話 レオン王道ルートその2 「面白い女」

門前では、リリアとレオンが言葉を交わしていた。

レオンは気さくに笑い、リリアは少し困ったように視線を泳がせる。

近づく春の陽光が、三つ編みの栗色に蜂蜜色のきらめきをまぶしているようだった。

クラウスは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、

「あの女、平民の分際で……レオンのやつめ、また悪い癖が出たな」

金髪の美女にして悪役令嬢イザベラとなった優子は、なだめるように口を挟む。

「レオン第二王子は女性とみれば口説くキャラですからね。ただ軽薄そうで情に厚く、責任感も強い人です」

「う……その通りだ。なぜ貴様にわかる?」

「私はこのゲームを知り尽くしていますので……ですから、伯爵が昨日、国王を殺してから何もせず部屋に籠っていたのなら、勝ち確です」

「勝ち確……???」

クラウスが顔をしかめる。

「レオン王道ルートは今の出会いをきっかけに、リリアがレオンと知り合います。そしてこの後に発覚する国王の殺害」

ちょうどその時、城の方から怒声が上がる。

「賊がいるかもしれん!!」

「警備の兵を増やせ!!」

クラウスが城門を見る。

「どうやら死体が見つかったようだな」

レオンは兵士に呼ばれ、城門の内側へ早足で消える。リリアも慌ててその後を追っていく。

優子(イザベラの姿)は、思い出すように話す。

「国王の殺害で騒ぎになる中、庭師の手伝いをしていたリリアは血の付いた手袋を見つけます。

これがレオン王子の物で、王子に疑いがかかる……というところから、手袋の血の付き方が剣で人を指したときのものではないとリリアは気づく。

その洞察力をレオン王子に見込まれ、二人は捜査を始め……最後には、黒幕にして犯人がクラウス伯爵だと突き止める。

伯爵はレオンとの決闘にわざと負け、死んでしまう。そしてリリアはレオンと結ばれる。これが通称"王道レオンルート"です」

クラウスが語気を荒げる。

「なんだその安い芝居は!? 俺があんな平民の女に、罪を暴かれるだと!?」

「安い芝居とか言わないでください!めっちゃ面白いんですから!! 

とにかく、このルートの捜査のきっかけは血の付いた手袋なんです。

実はクラウス伯爵が、レオン王子に疑いがかかるように前もって手袋を盗んで血をつけておいたという筋書きなんですが……」

そこまで聞いて、クラウスの顔から血の気が引いた。優子はその様子に気づかず、話し続ける。

「伯爵がずっと部屋に籠っていたのであれば、手袋は見つかりません。ならば推理自体が進まないはず。これで死亡ENDは回避……」

「なぜ……それを知っている?」

「は?」

優子(イザベラの姿)はやっと、青ざめているクラウスの表情に気づく。青ざめていても顔はいい。ただ、今はそんなことを考えている場合ではない。

「俺が弟の手袋に血をつけた。昨夜、貴様が来たのはその後だ。俺は部屋に籠って……扱いに困って、手袋を窓から投げ捨てたのだ」

「はああああ!?」

金髪の美女は、およそ似つかわしくない叫び声をあげた。

そして彼女はクラウスの手をぐいと取り、城門へと駆け出す。

衛兵たちが顔色を変え、槍を引いた。

「クラウス殿下に、イザベラ様……!!」

「通るぞ!」

重い扉が開く。二人は石畳を鳴らして中庭へ。庭園には人だかりができ、ざわめきが起きている。

視線が集まる先で、ガイが血の付いた手袋を高く掲げた。

「これは……レオン王子の……手袋では?」

レオンが首を振る。

「ばかな……それは私の部屋にあるはず。なぜこんなところに!?」


少し離れた東屋の柱の陰に、イザベラ(優子)とクラウスは身を隠す。

「ああ、遅かった……」

優子は金髪の髪を梳くように頭を抱えた。


「あの……その手袋の血の付き方、おかしくないでしょうか?」

リリアが声をあげる。ガイが不審な顔で見つめる。

「これは騎士団の務め……庭師見習いが口を挟まんでもらおう」

「いいじゃんガイ。ねえ君、どういうこと?」

軽口を挟んだのはセリオだ。飄々とした表情を浮かべ、リリアを見る。

リリアが頷く。

「私も土をシャベルなどでいじるときは手袋をします。そのとき土は手袋のここにつくんです」

リリアは、手袋の親指側の甲を指した。

「でもこの手袋の血は、手の甲の親指のあたりにはついていなくて、中指の下あたりに付いているんです。後から血をなすりつけた、みたいに」

今度は、手の甲の真ん中を指さすリリア。ガイは血の付いた手袋をよく見る。

「……たしかに」

ガイはまだ納得しがたいと言った表情だ。

セリオが楽しげに笑う。

「ふ~ん、君、面白いこというね……?」

リリアが小刻みに頭を下げている。

「……リリアと言ったか。なかなか察しが良い娘だ。これから王宮に戻るが、一緒に来てくれないか?」

レオンが、安堵の笑みをたたえ、リリアに手を伸ばす。

リリアがおずおずと、頷く。


優子(イザベラの姿)は、頭を振る。

「だめだ、始まっちゃった……リリアはこれがきっかけで、レオンの相棒に指名されるんだよ~~もう無理死ぬ」

「誰が死ぬのだ?」

後ろから声をかけたクラウスに、金髪を振り乱して女は叫ぶ。

「あなたですよ! クラウス伯爵が真犯人だって暴くルートが始まっちゃんたんです!」

「では、俺はこのまま死ぬというのか!? 冗談ではない!!」

優子(イザベラの姿)が手を上げ、険しい顔で迫るクラウスを制する。

「一旦待ってください。次の手を考えます。たぶんそろそろ伯爵は出番が……」

「出番?」

言いかけた途端、クラウスの姿がスッと薄れて、場から掻き消えた。

あとにはイザベラがただ一人残される。

「出番が来ると強制で瞬間移動するのか……」


優子(イザベラの姿)は、王宮の広間へ向かった。

柱の影から、中央にいる人々を覗き見る。

そこには、リリアとレオンの前に立つクラウスの姿があった。

「なんだ、この女は?」

クラウスは尊大な態度でリリアを見下ろす。

「兄さん、この娘はリリアだ。庭師見習いだが、なかなか機転の利く娘でね」

「まったく、貴様の女好きも呆れたものだな」

クラウスは片手を挙げ、興味なさげにかぶりを振る。

三人が言葉を交わすのを、優子(イザベラの姿)は息を詰めて見守る。

(やってるやってる……あ、次は私の出番だ)

金髪の美女は、おもむろに三人に近づいた。

「クラウス様、何やら騒がしいようですが、どうされたのかしら?」

(おお! セリフが勝手に口から出る!)

クラウスがイザベラを見て、小声になる。

「イザベラか。これはまだ内密にしてほしいのだが、父王が昨晩殺された」

「なんですって!?」

イザベラが扇子をぱっと開き、口元を覆う。

立ち居振る舞いは、金の糸で引かれるような優雅さだ。

「美しい方……」

横でリリアが呟いた。

(本編だとイザベラはリリアを庶民扱いして見下した態度を取るけど、

婚約者の伯爵を守りたいあまり、嘘の証言をしてかえって伯爵があやしまれる原因になってしまう。

……これも回避不能ってこと?)

クラウスがイザベラ(優子)の腰をつかむ。平静を装うが、内心、優子は動悸が止まらなかった。

「私の婚約者で侯爵家の令嬢、イザベラだ」

(やっぱり顔がいい……)

「まあ……お目に書かれて光栄です」

リリアがイザベラに頭を下げ、挨拶をする。

(せめて伯爵の印象が良くなるようにしておこう。

ここは嫌味を言うシーンだけど、確か選択肢によっては素直に応援するパターンがあったはず……)

イザベラの唇が、にこりと弧を描いた。

「平民でいきなりこんな事件に巻き込まれて大変だこと。せいぜい頑張りなさい」

イザベラは朗らかに微笑む。

(できた……! イザベラの台詞パターンの中なら自分の意思で選べるんだ!)

リリアが腰を曲げてお辞儀をする。

「ありがとうございます!」

レオンが横から口を挟む。

「おいおい、イザベラがこんな優しい笑みを浮かべるだなんて……俺としたことが女性の美徳を見逃すなんてね」

(レオン第二王子にまで好印象、ちょっと嬉しい……これで推理の方向性が変わるといいけど……)

優子(イザベラ)はクラウスを盗み見る。

いつもの仏頂面――だが、額に、一筋の汗が伝っている。やはり、彼も死亡ENDを恐れているのだ。

(とにかくこの人が黒幕だってバレないようにしないと……チャンスはまだある!……はず)

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