第11話 ケガしないでね

「やっぱりネーネはその姿が一番しっくりくるよ!」


「……私は全然しっくりこないんですけど」


 ネーネはじとっとした目でにらみつける。


「アハハハ!ほんと可愛い!頭が燃えてる女の子ってもう最高に可愛いよね!」


「このっ、好きで頭燃やしてるわけじゃないんです!」


 ネーネは右手を大きく振りかぶり、テオの肩をバンと叩く。

 しかし、すばやいテオにひらりとかわされてしまい、その手は空を切った。


「でも、ネーネは魔力コントロールもあっという間に上達してるし、本当にすごいよ!」


 メリは腕を組み、ウンウンと頷いている。


「もうその人間ろうそく生活からも解放されそうだしな。

 こんなに魔法が得意なんだ、間違って召喚されてきたとか言われているけど、本当はネーネの方こそ呼ばれて来たんじゃないか?」


「「たしかに〜!」」


 テオとメリが声を合わせて反応すると、ブルーノは付け加えるようにボソッとつぶやいた。


「……王妃に夕食会誘われるくらいだしな」


「あ!それ私も気になってた!どうだった?どんな感じだったの?」


「うーん、楽しくは、なかった。でも、マリアンネさんのおかげで恥はかかずに済んだよ、ありがとう」


「どういたしまして!」


「楽しくないかー、そりゃそうだよね。あの人たちと話してて楽しい人なんて絶対いないよ。付き合わされてる王子殿下たちがかわいそうなくらいだもん」


「ネーネはよく耐えられたな、勇者だよ」


「いや、耐えられてはいなかったよ。逆に毎日夕食会に参加してる妹のカリンの方が勇者だわ」


 ネーネが苦笑いすると、3人は笑い出した。



 そんなネーネと魔法師団員の様子を、王宮自慢の庭木の影から覗く人影があった。


「なんだあの炎、けっこうかわい……って、違う!ネーネのやつ、ずいぶん馴染んでいるな」


 ディードリッヒは、"自主的に異世界人の監視業務"に勤しむレオンハルトの肩にポンと手を置いた。


「そうだな。ぶっちゃけレオよりも王宮に馴染んでると思うぜ」


 レオンハルトは振り向いて、ディードリッヒをキッと鋭い目で睨みつける。


「俺だって騎士団には馴染んでる」


「はいはい……というか、いつまでこんな"監視業務"をやるつもりなんだ?」


「それは……ネーネが要注意人物じゃないとわかるまでだ」


「なんだぁ、それ?あの燃えてる頭か?」


 ディートリッヒは肩をすくめる。

 レオンハルトは眉をひそめ、真剣な面持ちで静かに告げた。


「あの火ちょっとかわいいよな……じゃなくて、俺はよくよく思い返してみたんだけど、ネーネは、よからぬ魔法を使っている可能性があることに気が付いたんだ」


「……例えばどんな?」


「それは、い、言えない。ただ、もしかしたら、精神操作系魔法の使い手かもしれないと思ったんだ」


「はぁ。たぶん違うと思うし、もしそうだったとしても、その魔法にかかってるのは今の所レオだけだと思うぞ」


 ディードリッヒは呆れてため息をひとつこぼした。

 そして、遠くからこちらに近づいてくる人影を目ざとく見つけると、口元をにやりと緩めた。


「……おっと。レオ、あとはご勝手にどうぞ」


 ポンポンと肩を軽く叩くと、ディートリッヒはそのまま軽い足取りで騎士団の方へと去っていった。


「あっ、ディート!急にどこに行――」


「ねぇ、ここで何してるんですか?」


 レオンハルトは驚いて振り向くと、そこには先ほどまで監視していた対象、ネーネがいた。


「えっ、なんで!?いや、えっと……あ、この木立派だろ?こういう木、好きなんだよ」


 レオンハルトは咄嗟に嘘をついたが、苦しいことは自分自身でよくわかっていた。


「そうなんですね。様子がおかしく見えたので、私から話しかけちゃいました。具合が悪いとかじゃないならよかったです」


「ああ、問題ない……って、なんで敬語なんだ?」


「うーんと、出会った時は何が何だかわからなかったんですけど、一応あなたは第一王子殿下だと聞きましたし、こういうのはちゃんとした方がいいかなと思いまして」


「……い」


「えっ?」


「だ、だから!敬語じゃなくていい!」


 頬を赤くしたレオンハルトが、そっぽをむきながら叫んだ。


「初日のように、軽口だって言ってもらって構わない。敬称もいらないからレオンハルトと呼び捨てにしてもらっていい。

 召喚された異世界人は王族と同等に尊い存在とされているんだから、遠慮をすることはない」


 ネーネは、レオンハルトなりの優しさを感じ、くすりと笑みをこぼす。


「じゃあ、お言葉に甘えて!」


 レオンハルトは思わず息を呑んだ。

 ネーネが頬を緩めると、周囲に花が舞ったような錯覚に陥った。


「違う……俺は男好きじゃない……きっと疲れてるんだ……」


 そうつぶやきながら、逸る鼓動を落ち着かせようとするが、なかなかおさまってくれない。

 慌てて言葉を探し、口に出したのはまるで父親みたいなセリフだった。


「えっと……魔法師団のみんなとは、仲良くやれているのか?」


「うん、団長も厳しいけど優しいし、みんな色々と気にかけてくれて、すごく助かってるよ」


「そっか、それならよかった」


 レオンハルトはきまりが悪そうな顔をしており、そわそわと落ち着かない様子だった。

 ネーネはそんなレオンハルトをまっすぐ見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「気にかけてくれてありがとう。一応言っておくと、勝手に召喚されたこと根に持ってはいないから」


「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはこういう顔のことを言うのだろう。

 その顔が面白くて、ネーネは思わず口角を上げた。


「なんとなくこの国の事情はわかったし、みんな私とカリンにもよくしてくれるし、食べる物だって過剰なくらいにはたくさん用意してくれてるし、ちょっと気に食わないおばさんもいるけど……他はいい人ばっかりだし?」


「そっか……俺も、もしかしたらその人、気に食わないかも」


 2人は目を合わせて、くすりと笑い合う。


「魔獣討伐、行くんでしょ?気をつけて行ってきてね。」


「ああ。明日出立だ」


「ケガしないようにね!」


 ネーネは拳を作り、レオンハルトの胸をトンと小突く。

 レオンハルトは目を細め、その右手に左手を添えた。


「きっと、誰一人欠けることなく帰還するよ」


「頑張ってね、騎士団長さん!

 じゃあ、私も訓練に行かなきゃ。じゃあね!」


 王宮に向かって駆けていくネーネの背中を眺めるレオンハルトの心には、じんわりと温かいものが広がっていた。


「うーん、参ったな。こりゃ、ケガのひとつもできないな」


 騎士団へ向かうレオンハルトの表情は晴れやかで、自然と笑みが溢れていた。



 ***


 夜が明け、空がうっすらと白んだ頃、王宮の正門前に太陽の騎士団と数名の神官が集まっていた。

 最終確認が完了すると、騎士は騎乗し、エーデルシュタイン王国の旗を掲げた。


「行こう」


 レオンハルトの号令を皮切りに、魔獣討伐部隊が王城を後にした。


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