第9話 ヴュルテンベルクの宝石
(……美人が、テオを撫でまわしている)
「もう!子供じゃないんだからやめてよ、姉さま!」
テオは恥ずかしがって頬を赤く染めるが、姉のマリアンネはその反応も嬉しいのか、ほころんだ花のように微笑んていた。
「今日は姉さまにお願いがあってきたんだ。
この子、ネーネっていう聖女様の姉君なんだけど、今朝、急に王妃から手紙が来て、夕食会に呼び出されたみたいなんだよ。だけどこの国の礼儀作法も何もかも知らなくて……姉さま、ネーネに教えてあげてくれないかな?」
姉の手を握り、うるんだ瞳で姉を見つめるテオが、いつしかテレビで見た子犬のように見える。
「もちろんよ!可愛いテオの頼みなんだもの!聞かないわけがないじゃない!」
一瞬、テオドールの口角が、にやりと少し上がった。
(テオ、恐ろしい子……この美人を手玉に取ってるわ……。
こんなことされちゃ世の中の姉たちはみんないうことを聞いちゃうわよ)
「はじめまして、ネーネさん」
「急に押しかけて申し訳ございません。はじめまして」
「マリアンネ・フォン・ヴュルテンベルクです。いつも弟がお世話になっています」
ネーネは慌てて向き直ると、マリアンネが差し出した白く美しい手を握り返した。
腰まである白銀の髪がキラキラと光を反射し、まるでマリアンネ自身が発光しているかのように眩しく感じる。
「マリアンネ姉さまは、社交界ではヴュルテンベルクの宝石って言われているんだよ。弟の僕から見ても本当に完璧なレディだなって思うし、きっと、姉さまに習えば王妃も文句をつけられないよ」
「よ、よろしくお願いします」
「安心してネーネ、私が、あんなクラリッサなんかには何も言わせないくらい完璧なレディにしてあげるわ!」
拳を掲げ、なぜかメラメラと燃えている淑女とかけ離れたマリアンネの様子に戸惑っていると、テオがこそっと耳打ちをしてくれた。
「姉さまの婚約者は、レオンハルト殿下の母君、エリゼ元王妃の甥なんだ。
だからクラリッサ王妃に出し抜かれたくないんだよ」
「そうなんだ……。
というかずっと気になってたんだけど、もしかしてテオって、ものすごいお貴族様だったりする?」
「ヴュルテンベルク公爵家のしがない末っ子6男坊だよ」
テオドールは、ネーネの顔をのぞき込み、いたずらっぽく笑った。
「公爵家!?」
***
「痛い痛い、痛いです~!!!」
「まだよ。もっと締めなさい」
腕を組み、コルセットを締めるようメイドに指示するマリアンネは、スパルタ教官さながらである。
「クラリッサのやつ、聖女様の姉君をずっと仲間外れにしていただけではなく、ドレスもあつらえず、まともな教育もしていないだなんて!!
――もっと締めて!!」
ネーネは、こんなに締められては夕食なんか食べられないのではないかと思いながら、人生初のコルセット体験に気を失いそうになる。
「うう~、こんな服初めて着るから何が何だかわからないです……」
やっとコルセットが終わり、ドレスの試着をしながらぼやくと、マリアンネが目を輝かせて尋ねた。
「ねえ、元いた世界の服ってどんな感じなの?」
「え?服はすごく色々なので何とも言えないですけど、下着はこの国の者よりもずっと布の面積が小さくて、レースとかリボンとかついた、かわいい感じですよ」
「……興味深いわね。実は私デザイナーなの。また今度うちに来て話しましょう」
真剣な顔で服について語るマリアンネと次の約束を取り付けると、ちょうど、支度が完了した。
「とってもすてきよネーネ!」
栗色のくせ毛をハーフアップにし、スカイブルーのドレスにはパールの装飾が施されていた。
「わあ、すごくきれい……あ、いや、私じゃなくて、ドレスとか宝石がです!」
ネーネは顔を真っ赤にしながら、両手をぶんぶんと振った。
「サイズが合うものがこれしかなくて申し訳ないけど……次までに、あなたの魅力を引き出す素敵なドレスを作っておくわね」
この世界の人々は皆、日本人女性の平均身長であるネーネよりも身長が高く、とてもスタイルがいい。
そのため、マリアンネの持つほとんどのドレスはサイズが合わなかった。
「姉さま~?僕も入っていい~?」
扉の外にいたテオドールが部屋に入ってくると、ネーネを見て目を大きく見開いた。
「わあ……あ、えっと、ネーネすっごく似合ってるよ。
……いつもは可愛らしいけど、今はとっても大人っぽくて、きれいだよ」
そう言って微笑むテオドールの頬は少し赤く染まっていた。
「やっぱり姉さまにお願いして正解だった、ありがとう姉さま!」
マリアンネは、テオドールの顔を見て一瞬目を見張った後、にっこりと微笑みネーネに向き合った。
「まだ終わりじゃないわよ!次はテーブルマナー、その次は歩き方。クラリッサとの戦いまで時間がないんだから、休めるとは思わないでね?」
首をかしげて優雅に笑うマリアンネは、とても美しく、そしてとても恐ろしかった。
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