第6話 魔力測定

「さぁ、ここが訓練場よ」


 アドリアンに連れてこられたのは、社会の教科書で見たコロッセオのような雰囲気の広い空間だった。


「師団長ぉー、こんな感じでいいですかぁ?」

 声がした方を見てみると、華奢な少女が、魔法を使って自分の身長よりも大きな岩を軽々と並べていた。


「こっちもできましたよ」


 ぶっきらぼうに報告してきたのは、黒髪にグレーの瞳の無表情の青年だった。

 この青年は、地面に魔法陣のような物を書いている。

 2人とも、アドリアンとよく似たローブを纏っており、おそらく同じ魔法師団の仲間なのだろう。


「ありがとう、2人とも!それじゃあ改めて紹介するわね!こちら、聖女様の姉で、異世界からやってきたネーネよ。

 ネーネ、こっちの可愛い子がアメリアで、こっちの無愛想がブルーノ。2人とも第一魔法師団に所属する魔法使いよ」


「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げて挨拶をすると、アメリアはネーネの頭を両手でガシッと掴んで覗き込む。


「あれー?男だって聞いてたけど、普通に女の子じゃん!」


(私が、男?……あ。あの王子のせいか!)


 ネーネは召喚の日、王子に男呼ばわりされたことを思い出した。


(もしかして、だから毎日毎日男物の服を用意されてるの!?)


「はい、女です。聖女のカリンの姉です」


「やっぱ女の子だよね!なんで男なんて噂が流れたんだろうね?

 でも、まぁ、とりあえず、女同士仲良くしよう!私のことはメリって呼んで!」


「あ、私は――」


 ネーネは、訂正するなら今しかない、と思った。

 なぜかこの国で定着している謎の呼び名、ネーネ。

 カリンがねぇね、と呼んだのを勘違いしたどこかのバカが、勝手に私の名前をネーネにしやがったのだ。


「私のことは――」


「あー!君が噂のネーネだよね!?」


 ネーネの決死の告白を遮ったのは、白銀の髪に青色の瞳をした、少し年下と思われる少年だった。


「僕はテオドール、テオって呼んで!

 ねぇ、僕もネーネって呼んでいい?それとも様をつけて呼んだ方がいい?」


 テオはネーネの顔をのぞき込んでまくし立てた。

 非常に人懐っこそうな少年ではあるが、必要以上に身なりが良く、佇まいもどこか凛としたところがある。


「ねぇ、ネーネって呼んでいい?」


 テオの勢いに負けて、本当の名前を明かすタイミングを失ってしまったネーネは、静かにがっくりと肩を落とした。


(もう、このまま偽名で生きていくしかないのかも)


「あ、うん、それでいいよ。呼び名に様はいらないです……」


「俺はブルーノだ。よろしく」


 ブルーノが差し出した右手を握り返し、ネーネは短く「よろしく」とだけ返した。


「っていうか、テオは団長に呼ばれてないじゃん!なんで来たのよ!?」


 メリは頬を膨らましながら、テオに詰め寄った。


「ネーネの魔力を測るって聞いたから、気になって来ちゃった!」


(なんで見物が来るのよ!!!)


「テオドール、そんなことしたらネーネが緊張するじゃない。今すぐ戻りなさい」


 アドリアンは気を利かせて、テオを訓練場の外へ追い出そうとした。

 しかし、しゅんとして落ち込むテオを見ていると、ネーネの長女の心がくすぐられてしまう。


「……アドリアン師団長、テオもここにいてもらって大丈夫ですよ」


「本当!?ネーネありがとう!師団長も、ネーネがいいなら、いいよね?」


「それなら、別にいいけど……ネーネ本当に大丈夫なのね?」


 アドリアンは心配そうにネーネを見つめている。

 旅の恥ならぬ異世界召喚の恥はかき捨てだ、とネーネは覚悟を決め、背筋を伸ばして返事をした。


「はい、大丈夫です!なので、魔力測定、お願いします!」


「わかったわ。それじゃあ、さっそく始めましょうか」


 アドリアンはネーネを魔法陣の中心に立たせると、魔法陣を発動させた。

 手をかざすと青白い光が放たれ、空気がざわりと揺れた。


「これはさっきブルーノに書いてもらった魔法陣よ。

 もし魔法が暴発してもこの中にいればあなたがケガをすることも、この訓練場を吹き飛ばすこともないから、安心してね」


 まずは魔力を見るために炎を出すのが課題らしい。


「魔力があって、運用する才能があれば簡単よ。両手を前に出して、炎のイメージを頭に思い浮かべて念じるだけ」


 その瞬間、アドリアンの手からは大きな炎が立ち上がった。

 炎は天に向かって大きく螺旋を描いた後、並べられた大きな岩の方に向かって飛んでいく。


「す、すごい……!」


「もちろんこのレベルを出せなくても大丈夫。まずは炎が出るかどうかだけ見させてもらうわ。ほら、やってみて?」


 ネーネは緊張した面持ちで両手を前に出した。

 心臓がバクバクと高鳴り、手のひらがじっとりと汗ばんだ。


「い……いきます……」


 そして、ネーネが岩に向かう炎をイメージしたその瞬間――


 ドーーーーン


 大きな炎が立ち上がり、爆風が巻き起こった。

 並べてあった岩は吹き飛ばされ、その向こうの訓練場の壁も、見事に崩れ去っていた。


「ネーネ!!大丈夫!?」


 砂埃が立ち込める中、アドリアンが慌てて駆けつける。

 ネーネは両手を前に出したまま、呆けた顔をして立ちすくんでいたが、足元の魔法陣は地面ごと割れ、ぼろぼろに壊れていた。


「私は全然大丈夫なんですけど……なんか、やっちゃいました、よね……?」


「なになに!何が起こったの!?」

「おおー!ネーネすげぇー!」

「俺の、魔法陣が……」


 魔法師団員達は口々に好き勝手な声をあげている。

 ネーネの無事を確認して安心したアドリアンは、ドサッと床に座り込む。


「はぁ、とりあえず……第二魔法師団から魔力測定器返してもらいましょうか」


 アドリアンは爆風で乱れた赤髪をかきあげ、ため息をついた。

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