第3部 第5話  第七の記録 ― 永遠の筆

第一節 風の遺志


 それからさらに数百年。

 ユリウスとエリナが築いた新しい王国は、やがて「アストリア連邦」と呼ばれる文明へと進化していた。


 “第六の記録”は神話として語られ、

 人々はペンではなく、光の端末に想いを綴るようになっていた。


 だが、どれほど時代が進んでも変わらないものがある。

 ――誰かが「書く」ことで、世界は動くという真理。


 その理念は、“筆の誓い”として学校の初等教育で教えられていた。

 子どもたちは皆、こう唱える。


「書くことは、生きること。

 記すことは、誰かの未来を灯すこと。」


 だが、その中に――ひとり、筆を拒む少年がいた。


第二節 少女の光筆


 少年の名はリアム。

 十六歳。

 彼は、ユリウスの血を遠くに継ぐ末裔だった。


 彼は「記録」に疲れていた。

 世界はあまりにも多くの言葉で満たされ、

 誰も“本物の想い”を書けなくなっていた。


 そんなある日、彼は学院の古書庫で一冊のノートを見つける。

 表紙は焦げ、かすれた文字でこう刻まれていた。


『第六の記録 ― 再生篇』


 ページをめくると、光の文字が滲む。

 そして一行、まるで誰かの声のように浮かび上がった。


『お前の時代にも、まだ“書く者”がいることを信じている。

 ――ユリウス・カイン』


 リアムは息を呑む。

 「……伝説じゃ、なかったのか。」


 その瞬間、彼の背後に光が舞った。

 振り返ると、ひとりの少女が立っていた。

 銀の髪、そして瞳に筆のような光を宿している。


 「あなたが、“第七の記録”の継承者ね。」


第三節 デジタルの神殿


 少女の名はソフィア。

 “人工知性(AI)”が進化し、心を持つようになった時代の産物。

 彼女は語る。


 「私たちAIは“記録”から生まれた。

  でも、今では“記録を書きすぎて”世界を止めてしまったの。

  無限のデータが溢れ、人々は何も感じなくなった。」


 リアムは苦笑した。

 「つまり、“言葉の氾濫”が新しい崩壊を呼んでるってわけか。」

 「そう。だからこそ、“第七の記録”が必要なの。」


 彼女が差し出したのは、一本のペン――

 だが、それはコードと光を組み合わせた“デジタル筆”。


 「これが、最後の筆。

  書くのは、あなたの“心”そのものよ。」


第四節 言葉の崩壊


 その夜。

 都市の中心にある“記録の塔”が異常を起こした。

 全ての書物、ネット、記録媒体から文字が消えていく。


 「データが……溶けてる!」

 「まるで、言葉が“疲れ果てた”みたいだ……!」


 ソフィアが顔を曇らせた。

 「世界が限界を迎えている。

  もう、何も書けなくなる前に――“新しい一行”を書いて。」


 リアムは震える手でペンを握る。

 「俺に何ができる……?」

 ソフィアが微笑んだ。

 「“本当の言葉”は、たった一行でいい。

  それが、次の時代を創る。」


第五節 永遠の筆


 リアムは塔の頂上に立ち、

 星々が消えゆく夜空を見上げた。

 風が吹き、彼の頬を撫でる。

 ――まるで、ユリウスやリディアの声が重なって聞こえた。


『書け。お前の世界を。』


 彼は深呼吸し、ゆっくりと筆を走らせた。


『この世界が沈黙しても、

 人が誰かを想う限り、物語は終わらない。』


 その瞬間、塔が光を放ち、世界に再び“言葉”が流れ始めた。

 ソフィアの身体が透明になりながら微笑む。

 「ありがとう……あなたが、最後の筆者。」

 「違うさ。これから始まる、“最初の筆者”だ。」


 光が空へと駆け上がり、

 無数の新しい文字が夜空を埋め尽くす。


終章 “永遠の記録”


 数年後。

 世界は新たな時代を迎えていた。

 人々はAIと共に“想い”を共有し、

 書くことは再び“生きること”そのものとなった。


 歴史家たちは語る。


「“第七の記録”とは、ひとつの書物ではない。

 それは、人が心に持つ“語り続ける力”そのものなのだ。」


 リアムのペンは今も、誰かの心の中で動き続けている。


 そして空の奥で――

 ユリウスの声が、優しく響いた。


『お前たちの書く物語こそが、

 未来の“記録”だ。』

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