第3部 第3話  失われた時代

第一節 消えた王国の記憶


 夜が明けても、王都は沈黙していた。

 通りの看板から「アステリア」という名が消え、

 民たちは「リアナ王国など最初から存在しない」と口々に言う。


 “歴史そのものが書き換えられた”。


 エリナは震える手で古文書を開く。

 「信じられない……どの年代記にも母の名がない。

  リアナ王妃も、アレン王も、リディア王妃も……」

 ユリウスは静かにノートを開いた。


 ページの片隅に、一行だけ残されている。


『記録は奪われた。しかし、想いはまだ残っている。』


 「……つまり、“記憶”の中に鍵があるってことか。」

 「記憶を辿る? 時間そのものを越えるってこと?」

 「そうだ。アランが過去を盗めるなら、俺たちは過去に“会いに行く”。」


第二節 時の狭間


 王立学院の地下深くに封印された“時の歯車”。

 かつてルカとリディアが未来を変えた祭壇と同じ原理の装置。


 ユリウスはノートを開き、そこに一行を書く。


『俺は過去へ行く。

 奪われた歴史を取り戻すために。』


 光が溢れ、空間が揺れた。

 エリナが彼の腕を掴む。

 「本当に行くのね……?」

 「もう迷ってる時間はない。今行かなきゃ、未来が消える。」

 「なら、私も一緒に行くわ。レーヴェンの血を継ぐ者として。」


 歯車が回転し、二人の身体が光の中に溶けていく。


第三節 百年前の王都


 目を開けると、そこは――“かつてのアステリア”。

 王都は輝き、鐘が高らかに鳴り響いている。

 まさしく、リアナが生きていた時代。


 ユリウスは息を呑んだ。

 「……これが、消された世界……」

 エリナは目を潤ませる。

 「懐かしい。血が覚えてるの。ここが、私たちの始まりの場所……」


 そのとき、通りの向こうで人々のざわめきが起こった。

 「聖女リアナだ!」


 見ると、若き日のリアナが群衆の中を歩いていた。

 その隣には――黒髪の青年、ルカ。


 エリナが息を呑む。

 「お母様……!」

 ユリウスが腕を掴む。

 「待て、行くな。過去の人間に触れたら、時間が壊れる!」


 しかし、リアナが一瞬こちらを見た。

 まるで、“未来の訪問者”に気づいているかのように。


第四節 裏切りの前夜


 夜。

 二人は宿屋の屋根裏に身を潜めていた。

 下の通りでは、ルカとリアナが王妃イザベラを告発する計画を立てている。

 それは、まさに“裏切りの記録”が始まる前夜。


 エリナは小声で言った。

 「この日が、すべての運命を変えた……」

 ユリウスはペンを握る。

 「もし、ここで“真実”を書き換えられれば、アランの介入を止められるかもしれない。」


 しかし、突然空が光り、鐘が逆回転を始めた。

 空中に浮かび上がる黒い影。

 「――遅かったな。」


 アラン・レーヴェンが現れた。


 「まさかここまで追ってくるとは思わなかったよ。」

 「お前が奪ったのは過去だけじゃない。人の“想い”だ!」

 「想い? そんなものは儚い。記録こそが真実だ。

  俺はただ、正しい歴史を“修正”しているだけだ。」


第五節 未来と過去の衝突


 アランが懐中時計を掲げる。

 歯車が空中に浮かび、時間の裂け目が開いた。

 王都の街並みが崩れ、歴史そのものが灰色に溶けていく。


 エリナが叫ぶ。

 「このままじゃ、母の時代が消える!」

 ユリウスはノートを開き、力強く書いた。


『時間は奪われない。

 想いがある限り、歴史は生き続ける。』


 ページが光を放ち、裂け目の中からリアナとルカの幻が現れた。

 リアナが穏やかに微笑む。

 「ユリウス……あなたの“記録”を信じている。」

 ルカが剣を構え、アランへと向かう。


 「未来を奪うな。お前は過去に囚われているだけだ!」


 アランが笑う。

 「なら見せてみろ、“人が記す未来”というやつを!」


 光と闇が激突し、時間の軸が砕け散った。


終章 記録のない空


 ――気がつくと、ユリウスは空の下に立っていた。

 灰色の雲、静まり返った王都。

 エリナが隣に倒れている。

 ノートは半分燃え、ページの多くが失われていた。


 「……終わった、のか?」


 彼は空を見上げる。

 そこには何も書かれていない“白い空”が広がっていた。


 「記録のない世界……」


 エリナが目を開き、かすかに笑う。

 「でも、まだ……一枚、残ってる。」


 ユリウスはノートの最後のページを見た。

 そこに、かすれた文字があった。


『第六の記録:未完。

 この物語を“終わらせる”のは、あなた自身。』


 ユリウスはペンを握り直した。

 「……なら、書こう。俺たちの物語を。」

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