第2部 第4話 時の彼方の声

第一節 消えた英雄


 ルカが光に包まれて消えてから、一週間。

 王都は静かだった。

 空の色は澄み渡り、季節外れの花々が咲き始めていた。


 だが、リディアはまだ夢を見る。

 ――雪の祭壇。

 ――兄のような男の微笑み。

 ――そして、最後に残された言葉。


「お前に出会えてよかった」


 朝、目が覚めても、その声が胸に残っていた。

 消えたはずの“記録”が、まだどこかで呼んでいる気がした。


第二節 記録の残響


 王立学院の地下図書室。

 リディアは書架の奥で一冊のノートを見つけた。

 誰かが手書きで綴った断片的な文字。

 ――まるで記録が人の筆跡で再生されているようだった。


『時の継承者、まだ終わりではない。

 新しき“声”が、東の大地で目覚める。』


 その文を読んだ瞬間、空気が震えた。

 部屋の灯が一斉に揺らぎ、ページの文字が赤く滲む。

 「……まさか、また“記録”が?」


 その声に応えるように、背後から風が吹いた。

 だがそこにいたのは――彼ではなかった。


 若い男。

 灰色の外套、琥珀色の瞳。

 「あなたがリディア王女か?」


 「誰……?」

 「俺の名はノア。ルカの弟子だ」


第三節 弟子の証言


 ノアはルカが旅の途中で拾い育てた少年だったという。

 彼が王都を離れる直前、ノアに小さな結晶を託したらしい。


 「これを、王女殿下に届けろ。――“彼女だけが鍵だ”と」

 「鍵……?」


 リディアは結晶を受け取り、魔力を込める。

 途端に、透明な映像が浮かび上がった。

 それは、ルカの残した最後の記録――声だった。


 > 『リディア。もしこれを見ているなら、俺はもうこの世にいない。

 >  だが、“第三の記録”は完全には滅んでいない。

 >  その核が、東の地“サランディア”に落ちた。

 >  ――そこには、もう一人の“継承者”がいる。』


 ノアが口を引き結ぶ。

 「俺もその名を聞いた。“時の声を聴く巫女”ミレイナ。

  彼女が、今この国を狙っている」


 「巫女……? “声を聴く”って、どういう意味?」

 「彼女は記録の断片と対話できる。

  そして、時を操る“神託”を手に入れようとしている」


第四節 東への旅立ち


 リディアは決断した。

 「……行かなきゃ。彼が命を懸けて封じた記録を、私が守らなきゃ」

 ノアは頷く。

 「危険だ。サランディアは砂漠と戦火の地。だが、俺も一緒に行く」


 城に戻り、父アレンに別れを告げる。

 「お前の旅は、再び“記録”を呼び起こすかもしれない」

 「それでも行きます。ルカが遺したものを確かめるために」


 アレンは静かに娘を抱きしめた。

 「……お前は、リアナによく似ている」


 旅立ちの朝。

 リディアは母の遺したペンダントを胸にかけ、馬に跨った。

 ノアが隣で笑う。

 「緊張してる?」

 「少しだけ。でも、不思議と怖くないわ」

 「じゃあ行こう。“記録のない未来”を取り戻すために」


第五節 サランディアの影


 東の大地――サランディア。

 そこは古の神殿と砂の海が広がる、死者の国と呼ばれていた。


 夜。

 砂嵐の中、彼らは“声”を聴く。

 それは風の音ではなかった。


 「リディア……来なさい……記録はまだ終わっていない……」


 女性の声。

 しかしその響きには、かつてのリアナの面影があった。


 リディアは息を呑む。

 「……お母様?」

 ノアが剣を構える。

 「違う。これは“記録”の残響だ。人の声じゃない!」


 風が形を成す。

 砂の中から現れたのは、黒いローブをまとった女。

 黄金の瞳、白い髪。


 「ようこそ、王女。私はミレイナ。――“第四の記録”の巫女」


終章 呼び覚まされた未来


 砂漠の空に満月が昇る。

 ミレイナの背後で、巨大な石碑が光を放った。

 そこに刻まれているのは、見覚えのある文字。


『未来の婚約者、再臨の時。

 彼の名を継ぐ者、再び裏切りを紡ぐ。』


 リディアは叫ぶ。

 「やめて! あなたは何をしようとしているの!」

 ミレイナの唇が微笑みに歪む。

 「“記録”は終わらせない。私は“未来”そのものを再生する。

  リアナの意志を継ぐのは、あなたじゃない。――私よ」


 その瞬間、砂漠全体が光に包まれた。

 リディアはノアの腕を掴む。

 「逃げて!」

 「無理だ、もう遅い!」


 光の中で、再び時が歪んでいく。


『第四の記録、起動。対象:未来そのものの再構築。』


 世界は再び――書き換えられ始めた。

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