未来の婚約者は、裏切りの記録を持っていた

マルコ

第1部 第1話 処刑の朝に、彼の嘘を知った

 アステリア王国の鐘が、冷たく鳴り響いた。

 その音を合図に、私は“聖女リアナ・エルシェル”としての最期を迎えた。


 冬の風が牢の隙間を抜け、頬を刺す。

 罪状は「王太子アレン殿下への呪詛」。

 けれど私が呪ったことなど、一度もない。彼を、愛していたから。


 ──それでも、彼は言った。

 「リアナ。君の処刑は、国のためだ」


 その言葉の意味を、私は最後まで理解できなかった。


 牢の扉が開く。鎖が音を立て、看守が冷たく告げる。

「聖女リアナ・エルシェル、王命により処刑場へ」


 私は静かに立ち上がった。

 膝に乗せていた小さな銀の指輪――彼が婚約の証としてくれたものを、そっと握る。

 これだけは手放したくなかった。

 指輪の表面には、あの日の刻印が残っている。

 “永遠の誓い”と。


 永遠とは、こんなにも短いものなのだろうか。


 処刑台へと続く石段を上るたび、民衆の怒号が響く。

 「裏切り者の聖女め!」

 「王子を呪った悪女が!」


 誰も、真実を知らない。

 けれど私は、叫ばなかった。

 否定する声も、涙も、もう枯れていた。


 ──たった一人、信じた人に裏切られた痛みの前では、どんな罵声も意味を持たない。


 そして、処刑台の上。

 見上げた先に、アレンがいた。

 王家の紋章を刻んだマントを羽織り、冷ややかな瞳で私を見下ろしている。

 その隣には、新しい婚約者――公爵令嬢セシリアが立っていた。


「殿下……」

 私の声は、風に溶けるように小さかった。


 アレンは静かに口を開いた。

「リアナ。君がこの国を呪った証拠は、すでに揃っている。……もう言い訳はするな」


 その瞳には、情の欠片もなかった。

 かつてあれほど優しく微笑んでくれた彼が、今はただ“罪人”を見る目をしている。


「……本当に、信じていたのに」

「私もだ。だが、君は変わってしまった」


 変わったのは、どちらだったのだろう。


 刃が振り下ろされる直前、空から一枚の紙片が舞い降りた。

 それは血のように赤い文字で書かれていた。


 ──『この記録を読む者は、未来を変えられる』


 私は反射的にその紙を掴んだ。

 まるで導かれるように、瞳が勝手に文字を追っていく。


【記録:未来予測 第13章】

“リアナ・エルシェル、処刑後に世界は滅ぶ”


 胸が締め付けられた。

 これは、誰の仕業? 神? 悪魔?

 そんなことを考える暇もなく、刃が落ちる音が響いた。


 ──その瞬間、世界が反転した。


 目を開けた時、私はベッドの上にいた。

 陽光がカーテンを透かし、花の香りが漂う。

 見覚えのある天蓋、壁、そして鏡。

 「……ここは、私の部屋?」


 鏡に映った自分の顔は、まだ十六歳。

 処刑の日から遡ること、ちょうど三年前。


 指に光るのは、婚約指輪。

 その刻印は、今も“永遠の誓い”のままだった。


 私は震える指で机の上を探る。

 そこに、一冊の黒い魔道書が置かれていた。

 表紙には、あの赤い文字が刻まれている。


 ──『未来の記録』。


 私は恐る恐る開いた。

 そこには、これから起こる出来事が克明に書かれていた。

 “婚約発表の夜。アレンは王妃の策略に乗り、リアナを疑う”

 “侍女レナが裏切り、毒を仕込む”

 “王国議会にて、処刑決定”


 その全てが、私の知る“未来の記憶”と一致していた。


 涙が零れる。

「これは……やり直せということ?」


 天井を見上げ、私は小さく笑った。

「いいわ。今度こそ、裏切られない」


◆ 婚約発表の日


 大広間には王族と貴族たちが集まり、煌びやかな音楽が流れていた。

 白いドレスを纏った私の隣に、アレンが立つ。

 あの日と同じ微笑み。

 その笑顔の裏に、何が隠れているのか──私はもう、知らぬふりをしない。


「リアナ。君が隣にいてくれて嬉しい」

「ええ、殿下。……今度こそ、永遠に」


 未来の記録が告げていた“裏切りの夜会”まで、あと七日。

 私は心に誓う。

 この運命を書き換える。

 そして、真実を暴く。


 魔道書の最後のページには、空白があった。

 その上に、私の指先が震えながら文字を刻む。


 ──“私は、彼をもう一度信じる”。

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