第18話 はぁ!?
side:天音 —— 戻る局内
南区の冷えた風から一転、局舎の中は妙に暖かかった。
暖かい、というより――空気が重い。何かが張りつめている。
エントランスを抜け、セキュリティゲートを通り、いつもの執務フロアへ向かう。
日曜のはずなのに、照明はフル点灯。
通路ですれ違う職員の足取りは早く、誰も雑談なんてしていない。
(あー……これは、完全に“忙しい側”の空気だな)
第一課のエリアに近づくと、ひときわ明るい灯りが目に入った。
会議室の扉が半分だけ開いていて、内部から声が漏れている。
「……岩盤プレート境界国での魔力揺らぎ、これだけ一気に同時多発なんて前例がないわ。
日本・ニュージーランド・アイスランド・チリ・インドネシア……全部“プレートの結節点”よ」
副課長――神崎璃音(かんざき りおん)の鋭い声。
資料を机に叩きつけるような響きが混じっていた。
「地震の前兆パターンとも違う。
魔力干渉が、地表じゃなくて“深層”から上がってきてる感じですね」
男性の声は、篠原真司。
その隣で、キーボードを打つ高速なタイピング音。レナだ。
「南区のダンジョン異常と連動してる可能性もあります。
課長が遭遇した“調整個体”のタイミングと合いすぎてる」
レナが画面を睨みながら言う。
モニターには、世界地図と無数の赤い点。
それぞれが“どこかで起きている小さな異常”を示しているようだった。
「黄昏の環が動いている……?」
璃音副課長は眉間を指で押さえ、額に影をつくる。
疲れと緊張が混じった横顔。
普段は冷静なその瞳にも、わずかな焦りが滲んでいた。
その会議室へ、俺はノックもせずに入った。
「戻りました」
三人の視線が一斉に向く。
篠原が片手を挙げ、レナが軽く会釈し、璃音は書類を持ったままこちらに歩み寄ってくる。
「課長、報告書はこっちでほぼまとめておいたわ。
あなたの聞き取りも追加で必要だけど――」
言いかけたその瞬間。
室内の大型モニターの隅に、“緊急速報”のポップアップが点滅した。
ピロン。
自動的にメイン画面が切り替わり、音声が流れ出す。
【速報:アメリカ西部砂漠地帯にて、Sランク探索者“ジェイク・ハンター”死亡確認】
空気が、一瞬で凍った。
「……嘘でしょ」
レナが珍しく、感情を露わにして立ち上がる。
篠原の手が固まり、キーボードの音がぴたりと止んだ。
璃音も動きを止め、モニターを凝視する。
Sランクは、魔力が大きく、死亡時による、消失反応が感じ取れやすい。
「……ジェイク・ハンターって、あの“砂漠の鷹”っすよね」
篠原が低く呟く。
その声には、畏怖と信じられないという色が混ざっていた。
璃音副課長が、抑えた声で問う。
「Sが……落とされた……?」
「相手は?」
俺も思わず口に出す。
モニターのテロップが追加情報を流す。
【ダンジョン反応なし】
【敵性存在の種別:不明】
【反応データ:“非ダンジョン由来”のエネルギー波形】
「非ダンジョン由来……?」
魔物に殺された可能性が消える
レナが画面の文字を読み上げる。
声がわずかに震えていた。
「ダンジョン外で、Sランク探索者が“正面から”殺られたってことですか」
「そんなの、教科書に乗るレベルの出来事だろ……」
世界が揺れ始めている――
博士の言葉が、頭をよぎる。
その時、さらに別の速報ポップが重なった。
【現場周辺、“未知の因子反応”を検出】
会議室の空気が、さらに重くなる。
「……これは、」
璃音副課長はつぶやいた。
未知の因子。
ダンジョン由来ではないエネルギー。
全部が、さっきまで俺が南区で感じていた“違和感”と繋がっていく。
沈黙。
誰も、すぐには口を開けなかった。
(……世界規模で、ヤバいやつらが動き出してる)
そんな予感だけが、じわじわと喉を締め付けてくる。
◆ ◆ ◆
side:???
—— 砂漠地帯、Sランクの死骸の傍ら
夜の砂漠は、昼の熱をまったく感じさせないほど冷えていた。
日中は人を焼くほどの熱砂も、
太陽が沈めば、途端に月光だけの世界に変わる。
乾いた空気は容赦なく体温を奪い、風が吹けば砂粒が肌を刺した。
満月の光が、白く砂を照らす。
光と影のコントラストが強すぎて、世界がモノクロに見える。
その中央に――
人間の形をかろうじて残した“焼け焦げた肉塊”が横たわっていた。
かつてジェイク・ハンターと呼ばれた男。
アメリカでもトップクラスのSランク探索者。
幾つものダンジョンを単独で攻略し、Sランクダンジョンの魔物大暴走までも一人で止めた、“砂漠の鷹”と称えられた英雄。
だが、今の姿は、英雄という言葉から最も遠い。
体の半分は地面と融合したように抉れ、
骨は高熱で溶けて歪み、
周囲の砂は“ガラス”になって固まっていた。
爆発痕でも、魔物の牙痕でもない。
何か一撃で“存在そのもの”を押し潰されたような痕跡。
そんな光景の中を、ひとつの影が静かに近づいてきた。
黒いコート。
風にゆらりと揺れる長い裾。
顔は深く被ったフードに覆われ、目元すら見えない。
だが、その歩みには迷いが一切なかった。
ただ“死を確認する”ためだけに歩いてきたような、淡々とした重さ。
男は、ジェイクの残骸の前で立ち止まる。
月光がフードの縁をなぞり、その内側はなおさら暗く沈む。
「……何者だろうが」
低く、静かな声。
怒りも哀れみも宿っていない。
ただ、事実を淡々と突きつけるだけの声音。
風がひゅうと吹き抜け、黒い砂埃が舞う。
ガラス化した地面に、月の光が反射して不気味な輝きを放った。
男は一瞥だけ、足元の“残骸”へ視線を落とす。
そこにかつての英雄の面影を探す様子はない。
まるで、壊れた器を確認するかのような、冷たい視線。
そして――
顔を上げ、遠くの闇を見据える。
砂漠の奥。
誰もいないはずの、黒い地平線の向こう。
「邪魔するなら、終わらせるだけだ」
ぽつりと、砂に落とすように呟く。
それは宣言というより、“既に決めている事実”の再確認だった。
月明かりの下、黒い影はゆっくりと背を向ける。
焼けた砂とガラスの境目を踏みしめ、音もなく砂漠の奥へと消えていく。
歩くたび、その足元で、わずかに空間が歪んで見えた。
まるで――
世界の縫い目を、指で少しずつ引き裂きながら進んでいるように。
やがて、闇がその姿を完全に飲み込む。
ジェイク・ハンターの亡骸の上に、静かに砂が降り積もっていく。
英雄の名は、やがてニュースと記録の中だけのものになる。
その一方で、“名もなき黒い影”だけが、
確実に世界の奥深くへと歩を進めていた。
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次回掲示板回
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