第18話 混成湧き
さっき謎の男が消えた通路を、しばらく睨みつけていた。
どこにもいない。気配も、魔力も、足跡すら残っていない。
幽霊みたいなやつだった。
追うべきか、帰るべきか。
頭の中で天秤が揺れる。
だが、判断が言葉になるより先に――
ズ、ズズ、ズズ……ッ!!
地面が鳴った。
軽い地震、なんてレベルじゃない。
足元から、嫌な振動がどくん、と脈打つみたいに伝わってくる。
「……は?」
乾いた岩肌に、蜘蛛の巣みたいなひびが走った。
次の瞬間、無数の赤い光が地割れの隙間からにじみ出す。
バチバチと火花のような魔力反応が、広間全体に弾けた。
――これは、ただの自然湧きじゃない。
直感がそう告げた。
ガァァァァアアアッッ!!
咆哮。
裂け目を押し広げるようにして、わらわらと“それ”が這い出てくる。
狼型。
粘体。
甲殻。
蔦の生えた植物系――。
種類がバラバラな魔物が、一点から同時に湧き出した。
「おいおい……E級の湧き方じゃねぇぞこれ……!」
十、二十どころじゃない。
ざっと見て五十体以上。
しかも、まだ増えてる。
普通、E級なら同系統の弱い魔物がぽつぽつ出る程度だ。
こういう“混成湧き”は、上位ダンジョンの異常発生でしか見ない。
しかも――
魔力の波形がおかしい。
自然発生というより、どこか“作られた”感じ。
「黄昏の環……マジでなにしてんの?」
正直、答え合わせしてる余裕はない。
最前列の狼型が、血走った目で俺に飛びかかってきた。
牙を剥き、喉の奥から熱っぽい唸り声を漏らしている。
普通の狼型よりも、どこか“焦げた”魔力の匂いが混じっていた。
「まぁ、獄炎で――」
右手をかざし、魔力を圧縮する。
いつも通りの動作。
地獄空間の底から、紅黒い熱がせり上がる感覚。
「《獄炎》」
紅黒い炎が噴き出し、一直線に狼型へ向かう。
触れた瞬間、肉も骨も魂もまとめて“燃やす”はずの、俺の最強火力。
バシュッ!!!
嫌な音。
だが――
「……って、おい」
燃えない。
赤黒の炎に包まれているのに、狼型は平然と突っ込んでくる。
表皮が少し焦げているだけで、致命傷になっていない。
それどころか、目の光はますますギラついていた。
(耐性?)
頭の中で、瞬時に可能性を弾く。
たしかに、特定属性に強い魔物は存在する。
だけど、獄炎は“地獄属性”――本来は「効かない相手がいない」はずだ。
今まで、どんな属性持ちだろうと、
物理だろうと霊体だろうと、焼け残ったやつはいない。
なのに、こいつらは――
「はぁ!? 獄炎って本来“効かない相手がいない”はずなんだけど……!」
九割カットどころか、
「ダメージは通るけど、決め手にならない」みたいな感覚。
あれは“獄炎耐性”というより――
「強制的に“属性抵抗”を付与されてるのかな……?」
人工的な魔力加工。
もしそれができるなら、組織のヤバさは予想を軽く超える。
俺は一歩下がり、狼型三体が同時に襲いかかってくるのを視界の端で捉えた。
爪の軌道、噛みつきのタイミング、足の運び。
全部が“戦闘用に調整されている”動きだった。
「……まあ、いいや。燃えないなら別にいい」
炎で焼き切るのを諦め、構えを下げる。
代わりに、脚に力を込めた。
一歩踏み出し――
「まずは一体」
右拳を軽く突き出す。
めりっ。
拳が狼型の顎に触れた瞬間、嫌な感触と一緒に骨がひしゃげた。
そのまま巨体が横に吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。
頭蓋が岩にめり込み、その場で動かなくなった。
「はい、次」
横から甲殻型が体当たりしてくる。
鋼板みたいに硬い外殻。
だが、装甲には必ず“継ぎ目”がある。
俺は指先をほんの少しだけ曲げ、そこへ魔力を刺し込む。
「《魔力偏圧》」
関節の隙間に滑り込んだ魔力が、装甲の内側で一気に膨張する。
内部から圧力が弾け、甲殻型の体が内側から破裂した。
ぱん、と破片が飛び散る。
甲羅の破片が足元に転がった。
粘体系がぬるりと迫る。
とろみのある体が、俺をすっぽり包み込もうと伸びてきた。
「甘い」
右手を手刀の形に変え、魔力を薄く集中。
一閃。
粘体の中枢――核だけを、寸分狂わず切り落とす。
ぐにゃりと形を失い、そのまま床に溶け崩れた。
「獄炎がダメでも、魔力操作は健在っと」
そう呟きながら、次々迫る魔物を捌いていく。
蔦が足元から絡みついてきたので、軽く魔力を流して無力化。
飛びかかるコウモリは、空気圧を変えて進行方向ごと落とす。
まるで、散歩のときに邪魔な石をどけるくらいの感覚で、
目の前の脅威を“処理”していく。
◆
けれど。
「……あれ? こいつらだけじゃないよな?」
倒した魔物の残骸を見下ろし、首を傾げた。
異様に“軽い”。
重さというより――“中身”が薄い。
魔物の死骸を触ると、普通は独特の“魂の残り香”みたいなものがある。
スキル持ちだと、それが特に分かりやすい。
でも、こいつらからはそれがほとんど感じられない。
「やっぱり……魔力構成がおかしい。
自然湧きじゃなくて、人為的に調整されてる……」
魂の厚みがない。
まるで“コピー元”から雑に複製して、最低限動くだけのモノを詰めたみたいな。
つまりこうだ。
“獄炎に耐性のある素体データ”を使って実験し、
その結果を、俺にぶつけてきた。
まるで――
俺専用のテスト。
「はぁ……嫌な予想全部当たるんだけど」
遠くで小さく地鳴りがした。
視線を奥へ移すと、暗闇の中から、ひときわ大きな影が姿を現す。
体長三メートルほどの熊型魔物。
だが通常個体と違い、全身に黒い呪符みたいな札がびっしりと刺さっている。
札からは低い唸り声のような魔力が漏れていた。
「……完全に“調整個体”じゃん」
熊型が喉を鳴らす。
その表面を走る光は、明らかに“耐性用の結界”だ。
突進。
岩を砕きながら一直線に迫ってくる。
「獄炎は……」
無意識に右手を構えかけて、途中で止める。
感覚が告げていた。
「効かないよなぁ」
ここで同じ手を打っても、さっきの狼と同じ結果になる。
なら――試すべきは別だ。
「他のスキルがどれくらい効くか、テストしてみるか」
左手をゆっくり開く。
魔力を掌に集め、一点に凝縮する。
空気がぎちぎちと軋むような、嫌な圧。
それを、熊型の胸部へ向けて――放つ。
「《断罪圧》」
目に見えない“圧縮の拳”が空間をえぐるように走った。
熊型の前足が一瞬宙を泳ぎ、次の瞬間――
ぐしゃり、と嫌な音がした。
胸骨が砕け、大きな体がその場で崩れ落ちる。
床にめり込み、岩盤ごとひび割れた。
「……よし。
獄炎だけピンポイントで対策されてる。
他スキルは問題なし、と」
息を整えながら、内心で結論をまとめる。
これは偶然じゃない。
このダンジョンにたまたま“そういう魔物”が湧いたわけじゃない。
“俺の獄炎だけ”を本気で研究し、
その成果を、実戦で試してきている。
黄昏の環。
そして“実験”。
「ターゲットは……俺かな?」
口から出た言葉は、半分冗談で、半分本音だった。
「いや、」
熊型の死骸を見下ろし、深くため息をつく。
だが同時に、胸の奥で微かに燃えるものがあった。
どこで、獄炎の情報を得た?
ミナトを救出した時、たしかに派手にぶっ放した。
配信もされていた。
そこからデータを拾った……と考えれば筋は通る。
けど――。
「それにしたって、対策するの早すぎじゃね?」
あの事件から、まだ日もそんなに経ってない。
“観測”して、“解析”して、“実験用個体を調整して”、“現場に投入して”。
この短期間で全部やってのけるには、相当なリソースと頭脳が必要だ。
もしくは――
もっと前から、俺の獄炎を“観察”していたか。
ダンジョン犯罪対策局の内部情報か、
どこかの現場ログか。
あるいは、俺が気づいていない別の場所で。
「……はぁ、マジでやめてほしいんだけど」
俺のスキルは、罪を裁くためのものだ。
それを、こうやって第三者に“研究対象”として見られているのは、気持ちが悪いを通り越して腹立たしい。
足元の魔物の残骸を蹴り退け、振り返る。
広間の中心部に立ち、もう一度だけ
《事象判定・真》を起動した。
【判定:微危険】
【判定:エラー】
【判定:不可測】
「……はいはい、安定のカオスね」
スキルの揺れは、まだ収まらない。
この揺れ自体が、“実験”の副産物みたいなものなのかもしれない。
俺は舌打ちしたくなる衝動を飲み込み、通信装置に手を伸ばした。
「こちら九條。南区E級ダンジョン――異常な混成湧きと、獄炎耐性持ちの調整個体を確認。
……ついでに、俺個人のスキルに対する“テスト”っぽい痕跡も」
言いながら、軽く笑う。
「黄昏の環。ほんと、俺のこと好きすぎだろ」
本当は、帰って布団に潜りたい。
でも――どうやら、今日もそうはいかなさそうだ。
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