こつ編④  キャッチボールの怪、そして

「楽しかったぜ、野球部? のガキども! あとはお前らだけで存分に楽しめや!」


 その後に起こった出来事は、芦屋にとって地獄だった。


 まず唖然としている晴吉を、こつが赤いもやとなって救出し逃走。

 その途中、こつが野球部員のグラブからボールをかすめ取り、芦屋の方へと放った。

 芦屋は反射的にボールを手中に収めたが、それが次なる混乱の始まりだった。


 野球部員が背筋だけで立ち上がると、彼はボールを探して周囲をキョロキョロしだし、やがて芦屋の持つボールを見つけると、ゆっくりと口角を上げて不気味な笑みを浮かべた。


「キャッチボールは——まだ続いている! 邪魔することは許されなぁい!」

「な、なんなんだ一体……そもそも、邪魔をしたのはキミたちだろう!?」

「問答無用! 神聖なる勝負の邪魔をする者は、誰であろうとつぶすぅ!」

「く、来るな! キミたちも退学になりたいのか!? おいお前たち、なんとかしろ!」

「「「は、はい!」」」


 芦屋の号令で、彼の取り巻きたちが野球部員の眼前に立ちはだかる。

 しかし、次の瞬間には……


「どけぇ! このボールを、待っている奴らがいるんだぁ!」


 その大声とは対照的に、野球部員はゆらりと体勢を低くする。

 そして野球部員はそのまま取り巻きたちに突進し、四方八方に跳ね飛ばし、最後に残った芦屋へと飛び掛かったのだった。


 その後行われた警察の事情聴取において、芦屋は震えた声でこう証言した。


「僕はただ……ボールが落ちてきて……野球部員が……」


 幸運なことに、改革推進室で晴吉に行ったことについて、彼や取り巻きたちの口からは証言されることはなかった。

 部屋の窓ガラスが割れ、床には血の跡があったことから、自分たちが暴力沙汰に関係していると思われたくなかったのだろう。


 一方の野球部員はというと、ボールを芦屋から取り戻すと他の部員たちが待つグラウンドに戻り、全力のキャッチボールに興じた。

 やがて彼らの体力が尽き、揃って寝息を立てていたところを、警察が手配した救急車で運ばれのだった。


 最初、彼らには薬物の影響が疑われたが、検査をしても全く反応が出ず、警察は首を傾げた。

 結局、怪我をしていたのが窓ガラスを割った野球部員一人だけでだったこともあり、学園の教師との話し合いの末、証拠不十分として野球部員たち全員が注意を受けるだけに留まった。


 のちに「キャッチボールのかい」と呼ばれるこの事件の数か月後、野球部員が甲子園で全試合完封勝利を果たしたのは、また別の話。


 *   *   *


 芦屋たちが警察の事情聴取を受けたのと同時刻、晴吉は帰りの電車内でぐったりしていた。

 その横に足を組んで座っていたこつが、彼に声をかける。


「小僧……いや! お前、オレの言ったことの意味がわかったみたいだな、ええ?」


 こつのしなやかで筋肉質な腕が、彼の肩へと回される。

 そのままこつは彼を自分の方へ抱き寄せると、耳元で囁いた。


「さーて、明日からが本当の戦いだ。しばらくはあのいけ好かねえ小僧たちも手を出してこないと思うが、は流れるだろうな。

「……悔いは、ないです。あの人、御門先輩のこと何もわかっちゃいない」


 苦しそうな、しかして覇気に満ちた晴吉の言葉に、こつがヒュウと口笛を吹く。


「いいねえ、だいぶ手前勝手なことを言えるようになったじゃねえか。じゃあ聞くが、もしお前が言うことが間違っていたらどうする? その御門とかいうむすめが、そんなことこれっぽっちも思ってなかったとしたら?」

「……」


 晴吉は一瞬思案するように目線を天井へと向けたが、すぐに横目でこつの方を見て返事を返した。


「そうかもしれません。俺もあの人も、御門先輩の心まで読めるわけじゃないので」

「まあ、そうだな」

「それでも、俺は信じます。去年の文化祭のとき、先輩が言っていたことを。それが間違いでも、少なくともあの人よりはマシでしょうし」


 その答えを聞いたこつが待ってましたとばかりに、自らの膝を小気味よくパチンと叩いてみせる。

 そして頬を晴吉のそれとくっつけ、ニカリと笑ってこう告げた。


「そうだ。その想いのぶつかり合いこそが喧嘩で、戦いだ。もしお前がその気なら……」


 ——その戦い、オレも混ぜてくれ。

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