てつ編④ 喰らう——何もかも

「てつ様……」

「ん~?」

「大変申し訳ないんですけど、俺の膝はもう限界です……。できればそろそろ下りてもらえないかなあ、って」


 ハンバーガー店を制覇したのち、その向かいのフライドチキン店も半分まで制覇したところで、晴吉とてつは電車に乗って家路いえじについた。

 最寄駅を出発したのは、午後三時前。通勤通学の時間ではないからか、乗客はまばらで、彼らも悠々と座席に座ることができた。


 同時に、晴吉の財布にも大きな空きが生まれ、残ったのは小銭数枚と先程の二店でもらった割引クーポンだけだった——。

 その悲しみを少しでも癒すため、できることならふて寝をして一時全てを忘れたかった……のだが、現実はそう上手くはいかなかった。


「……まだだ、まだ足りない。あと一、二品くらいは欲しいから、あと三十分はそのままでいて」

「えぇ……」


 てつからの非情な返しに、スマホを持っていた晴吉の両手がだらりと下がる。

 するとてつから「あー!」と抗議の声が上がった。

 ——先程と変わらず、彼の、かつプルプルと震えるから。


「こら晴吉! せっかく途中までのに!」

「う、腕も吊り始めたんです……! そんなに集中したいのなら、自分で持ってください!」


 てつの抗議に、晴吉が小声で反論する。

 朝のように衆目に晒されたくはなかったから、目だけを左右に動かしながらだ。

 けれども……


「そのくらい我慢しなよ、男だろ? ていうか、僕に渡したら、スマホが宙を舞うことになるけど、それでもいいの?」

「あっ」


 てつの言う通りだった。


 彼女の使う妖術によって、他の人間に彼女の姿は見えない。彼女の着ている黒い甚平も同様だ。

 しかしもし彼女が手にしたもの——ハンバーガーやフライドチキンを見えなくしたければ、また別の妖術が必要になる。


 彼女はその術を「できるよ」と言いつつも、使いたがらなかった。

 彼女曰く、これから食べるものへの「」みたいなものらしい。

 しかしそうなると……


「もし誰かにその様子が見つかってみなよ、それこそ『霊能力だー』とか言われて、お前は注目の的になる。高校生デビューとやらには最高だろうけど、お前の愛しい一紗かずさちゃんはどう思うかなあ?」

「うう……」


 まだ声すらかけてもいない御門みかどから、白い目で見られる。

 その未来だけは、意地でも避けなければならなかった。

 晴吉は観念したように一旦スマホを脇に置き、両手をブラブラさせる。

 そして本調子ではないものの、再びスマホをつかんでてつの目の前へと掲げた。


「そうそう、それでいいんだ。よし、頑張っているお前のために少しをしてあげようかな」

「お、お願いします……」


 吊り気味の両手を震わせながら、晴吉が言った。

 てつは「任せて」というふうに握りこぶしを上げ、スマホをじっと見つめ直す。

 その視線の先にあったのは……


『茶色いお弁当を華やかに! 映えてうまい料理特集! ~前菜からデザートまで~』



 というレシピサイトのまとめ記事だった。


「晴吉、次はガッツリ系を食べたい。右下の『本格オムハンバーグ』を見せて」

「わ、わかりました!」


 てつの指示を聞いた晴吉が、すかさずハンバーグの画像をタップする。

 スマホの画面に現れたのは、ソースたっぷりのハンバーグと、それを包むオムレツの布団だった。それを見たてつは、ペロリと舌なめずりを一つした。

 そして……


「ハンバーグはさっき見たのを基本として、そこに卵の黄色に映えるように赤いトマトソース——トマトは生のものを賽の目切り、または湯剥き——バターを入れて温めたフライパンでニンニクと一緒に炒める——いや強い臭いを避けるためにニンニクは避けるべきか——もにゅもにゅ」


 何も入っていないはずのてつの口が、咀嚼そしゃくをしているかのように動く。

 両目は左右に揺れて文字を追い、鼻は感じるわけもない香りを嗅ごうとひくひくさせていた。

 ここで腕や指が動いていれば、彼女はまるで一人のシェフ——彼女が元いた大陸でいうところののようだった。


(スマホを見て『食べる』なんていうから、まさかと思ったけど……)


 かたちがあるものだけでなく、かたちのもの——そう、「情報」すらも食べて我がものにする。

 食にかけては嘘をつかない、という彼女の言葉を思い出して晴吉は息を飲んだ。


「さあて、次はいよいよ締めのデザートだ。他の料理に見劣りしないのを一つ」

「……はい!」


 画面をフリックする晴吉の指の動きが速くなる。

 そして膝上の彼女を追うように、自らもレシピに没入していった。

 彼女がそのレシピという名の情報を、どのように使うかも知らずに。

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