契約① 始まりもせず――なわけない
「うぅ……終わっちゃった……俺の青春、いや人生……」
この世に誕生して以来最悪の一日を終え、晴吉は
放心状態で下山した頃には時計は既に深夜を回っていた。
幸か不幸か、彼の目前で路線バスが止まり、彼を乗せると同時に発車した。
自分以外の客がいない閑散とした車内を、晴吉はぼうっと眺める。
涙はとうに枯れ、頬にはかぴかぴになった涙の跡。
いっそ叫び出しそうな衝動に駆られそうになるのを、ちょっぴり残った
「おかえり。大変だったね、晴吉」
家の玄関には、晴吉の祖母『ヨシ』が座って待っていてくれた。
彼女曰く、両親は明日も仕事だからと彼女に任せて休んだらしい。
晴吉はそれを、
逆に、ここまで心配をかけて何も成せなかった自分に、再び涙が込み上げてきた。
「ごめん、ばあちゃん……俺、終わっちゃったよ……」
俯きながら涙声で謝る晴吉の頭を、ヨシはそっと撫でる。
そして、「おっとっと」という声と共に下駄箱の上に置かれた何かを手に取り、彼に差し出した。
「ほれ、おにぎり作ったから部屋に持っていって食べな。ただし、食べた後には歯を磨くこと。それだけは守っとくれ」
「……わかった。ありがとう、ばあちゃん。ちなみに父ちゃんたちは……」
「心配しなさんな。お前のことを心配こそすれど、怒っちゃいないよ。もし怒ったら、あたしが怒ってやる」
「……ありがとう、ばあちゃん。おやすみ」
晴吉は大きなおにぎりがごろりと乗った皿を受け取ると、自分の部屋がある二階へと階段を上がっていった。
その背中を見つめながら、ヨシはこう呟いた。
「やっぱり、あそこはとんでもない神社だったみたいだねえ、爺さん」
* * *
自室に入って早々、晴吉は祖母の作ったおにぎりをもそもそと頬張った。
具として入っていた祖母特製の梅干しが、今の彼には
その後晴吉は、祖母との約束通り歯を磨いてから再び部屋へと戻った。
するとそれまでピンと張りつめていた気が一気に抜け、腹に溜まった満腹感と共に彼をベッドへとうつ伏せに横たえたのだった——。
「——起きろ、小僧」
「う、ううん……」
聞き慣れない低い声が、晴吉の頭をブルブルと震わせる。
しかし、一日中歩き回った疲れからか、
「オラ、寝ぼけてないでさっさと起きろや。でないと……」
頭上で聞こえていた声が、耳元近くまでやってくる。
するとそこに、別のはつらつとした声が割って入った。
「『こつ』! まだ殺しちゃダメだ! この小僧との繋がりはまだ完全じゃない!」
「チッ、わかったよ」
(繋がり……? 完全じゃない……?)
彼らの会話に、晴吉は寝ぼけながらも耳をそばだてた。
「ねえねえ、きゅう。この小僧と繋がれば本当においしいものが食べられるの? 僕にはとてもそうは思えないんだけど」
「大丈夫だとも。実際、この小僧は俺たちの仕掛けた試練を
「強靭な意志が、この小僧には備わっている——ってことだな?」
「そのとおりだ、とん! 俺のセリフを奪うとは、まったく憎らしいなあ!」
「
最初に聞こえた低い声に、『きゅう」と呼ばれたはつらつとした声の主が「言われなくても」と嬉しそうに答える。
そしてきゅうは、コホンと咳払いをしてから晴吉にこう告げた。
「小僧、寝ぼけたままで構わないから聞け。これから俺たちが三つ質問をするから、全て正直に答えろ。いや、心で思うだけでいい、そうすれば……」
——お前の願いを叶えてやろう。
「願いを、叶える?」
思わず晴吉が小さな声で聞き返したが、それより先に彼の額に何かジトッとするものが触れ、きゅうがが質問を始めた。
その口調はまるで、晴吉の傷心をじくじくと
「一つ。お前には叶えたい願いがあるか?」
叶えたい願いは……ある。
そのためにあの神社に行って、叶うように願ったのだから。
そう晴吉が心の中で念じると、きゅうは「やはりな」と嬉々とした声を上げた。
「よし、二つ目だ。その願いを邪魔する者がいたら、どうする?」
出来ることなら……排除したい。
もちろん、邪魔する奴だけだ。
そう念じた晴吉の額に当てられた何かが、少し震える。
しかしそれはほんの一瞬で、すぐに最後の質問がやって来た。
「最後に……お前の叶えたい願いはなんだ?」
それは……
「あの人と……御門先輩と仲良くなって、彼女の恋人になりたい!」
この願いだけはしっかりと口にしなければならない……晴吉はそう思った。
その声に『きゅう』はこう応えた。
「ハハハ! 良い返事、そして実に
「……ああ」
「おうよ!」
「ヒヒッ、美味しいもの!」
「よおし、では小僧……契約成立だ!
そう高らかにきゅうが宣言した瞬間、晴吉の瞼に閃光が走る。
その眩しさに彼はじわじわと瞼を開け——そこで目が覚めた。
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