ゴリラ女と言われた私、スパダリの幼馴染と再会する
高井みこ
【第1話】私を馬鹿にした幼馴染がスーパーダーリンになってました...
「まあ、ゴリラ女って言われてたのも納得だよねぇ」
サイズ確認のために春青学園の真新しい制服に袖を通した私、松山瞳(まつやま ひとみ)は、鏡の前で深く、長い溜息をついた。その溜息は、三月のまだ少し冷たさの残る空気を震わせ、目の前の鏡をほんの少し曇らせる。
私の身長は百七十五センチ。この国では、女子としては明らかに「大きい」という範疇をゆうに超えている。制服姿はモデルのように見える、と親は言ってくれる。だが、その褒め言葉が逆に私の心を締め付けた。
既製品のローファーはかかとがすぐに擦り切れ、制服のサイズはいつも特注で入学式までに間に合わないんじゃないかと少しヒヤヒヤした。まちを歩くと、周囲の女の子たちの可愛い仕草や、華奢な骨格を横目に一般的な『可愛い』女の子とはかけ離れた、自分の身体の強さを感じてしまう。
鏡に映る自分は、確かに手足が長く、すらりとしている。
しかし、その「すらり」は、私にとっては威圧感を放ち、周囲の奇異な目を呼び寄せる一因でしかなかった。
小学校高学年で身長が止まってくれたなら良かったのに。
私は周囲の成長期を置き去りにし、止まることなく伸び続けた。バスケットボールでは無敵だったが、それは女子としての魅力とは全く関係ない場所の話だ。
——「瞳はゴリラ女だから」——
その言葉が定着したのは、私が自分の体格に違和感を持ち始めた、まさにその頃だった。
一度言われただけの言葉ではない。
体育館で男子に物を取られた時、高い位置にあるものを取るのを頼まれた時、喧嘩の仲裁に入った時。いつも「デッカ、ゴリラやん!」という最悪な枕詞がついてきた。
それは、私がどれだけファッション雑誌を読み込んでお洒落して、どれだけ優しく振る舞っても、永遠に剥がすことができないレッテルだった。
「高校でゼロからスタート。絶対に、誰も私をゴリラ女なんて呼ばない平和な世界を作る」
私は、黒髪のポニーテールをきつく結び直し、決意を固める。目立たない。声を上げない。自分の体格が誰かの視線に留まる前に、静かに影に潜む。それが、この高校生活の絶対的なルールだ。
そして、もう一つの目標。
「絶対に、私を『ゴリラ女』なんて呼ばない、優しくて大人な『スーパーダーリン』と青春しまくるんだから!」
七年前のあの夏の日の屈辱を胸に、私は地元の名門、春青学園に思いを馳せた。春青学園は県内トップの進学校であると同時に、校則も緩く、生徒の自主性を重んじる自由な校風で有名だ。 だからこそ、私は目立たずにひっそりと過ごせる場所に選んだのだ。
私の夢は、まるで小説に出てくるような、私を手のひらに乗せて守ってくれる、完璧なヒーローを見つけることだった。
——瞳はだれよりも乙女な心を持っていた。——
入学式を数日後に控えた四月上旬。新入生向けのオリエンテーションで、私は阿波美湖(あわ みこ)と出会った。
彼女は、私の全てを否定するかのような、圧倒的な陽のオーラを持っていた。身長は私より二十センチ以上低く、小動物のように愛らしい丸顔。極めつけは人形のように長いゆるふわな髪。(いや、アニメの世界の住人か?)彼女の周りには、常に温かい空気が流れていて、教室の緊張を一瞬で緩和する才能があった。
なんだか居心地が悪く、私はなるべく背中を丸め、周りと会話するときは声を小さくして、自分の存在を消そうとした。しかし、美湖はそんな私を逃さなかった。
「えー!瞳ちゃん、スラッとしててモデルさんみたい!背が高くて美人なのうらやましいなぁ!?私、美湖!よろしくね!」
美湖は、私と目が合うなり、立ち上がって目を輝かせた。その言葉には、一切の皮肉や社交辞令が含まれていないことを、私の長年のコンプレックスセンサーが告げていた。
「あ、ありがとう……でも、私は別に美人じゃないし、ただデカいだけで……」私は声が裏返るのを必死に抑えた。
「えー、何言ってんの!デカくて何が悪いの?むしろ、その方が私を引っ張りやすくて良いじゃん!」
美湖は躊躇なく私の手首を掴んだ。その小さな手の熱が、私の冷え切った手に伝わる。
(え?なに?好き!!これがスパダリか?スパダリなのか???私ってチョロインだったりする!?!?)
「今日、広い校舎で絶対迷子になるから、私が案内する!瞳ちゃんは背が高いから、高いところにある掲示板とか、私に見えないものを見つけて教えてね!」
美湖は、私のコンプレックスを「協力」と「役割」に変えてしまった。
彼女といると、私の「デカさ」による威圧感は欠点ではなく、むしろ「頼れる点」として機能した。まるで、七年間背負い続けた呪いの荷物を、彼女が半分以上持ち上げてくれたかのような錯覚に陥る。
数日後登校中。
(この学校選んでよかったなぁ~。なんか感動で泣きそうかも...)
考え事をしていると横からふと声が聞こえる。
「ねぇ瞳ちゃん。今日さ、入学式でしょ?私、新しい友達と会えるの楽しみすぎて、全然寝れなかったんだよねー!」
入学式当日、連絡ツールであるLEINUを通じてすっかり仲良くなった美湖は朝から私の家の前で待ち伏せしていた。彼女は私の長い腕を自分の腕に絡ませ、まるで双子のように弾むような足取りで春青学園へと向かう。
「私も、楽しみ……かな。美湖のおかげで、少し気が楽になったよ」
「当たり前じゃん!瞳ちゃんはスタイル抜群なんだから、自信持ちなよ。ほら、顔上げな!私たちは遊びに恋に勉強に、たっくさんやることが山積みなんだからさ!」
美湖の無邪気な明るさが、私の心の防壁を少しずつ溶かしてくれる。
私は、高校に入って初めて、この先に少しだけ期待してもいいのかもしれないと思い、それは希望でもあるが確信にも近いものだった。
美湖の存在は救いだったが、私の心には依然として七年前の傷が深く残っている。春青学園の門をくぐるたびに、蘇るのは、幼馴染の善通寺晴(ぜんつうじ はる)の顔だった。
私たち二人の家は、庭を隔てた隣同士。窓からからお互いの部屋を覗き、毎日夕食まで一緒に遊ぶ。彼は、いつも私の影に隠れる、心優しい、少し泣き虫な男の子だった。
事件が起きた、小学四年生の夏の日の放課後。
クラスのいじめっ子たちに囲まれた私は、彼らの「ゴリラ女」という言葉に震えていた。いつもなら飛んできてくれるはずの晴は、その日、悪ガキたちに目をつけられるのを恐れて、集団の後ろに隠れていた。
そして、悪ガキの一人に声をかけられた時の、彼の弱々しい返答。
「……だって、瞳、本当にデカいし……力も強いから……」
その言葉は、私に向けられたどの罵倒よりも、鋭利な刃物となって私の心を切り裂いた。
「晴なんか、大っ嫌い!二度と口利かない!」
私の怒鳴り声に、晴は蒼白になった。私は彼の目をまっすぐ見て、言い放った。
「アンタみたいな、弱くて、人の悪口にすぐ乗っかる子供は絶対イヤ!私が好きなのは、先生みたいに頼れて、優しくて、私を守ってくれるスーパーダーリンよ!」
当時、私は担任の先生に憧れていた。身長が高く、いつも穏やかな笑顔で、どんなトラブルも泰然とした態度で解決する。まさに私が求める「大人な男性」だった。
その日から、私は晴を徹底的に無視した。彼が海外転勤で引っ越すことになっても、私の怒りは氷のように冷たかった。
別れの日、インターホンを鳴らし続ける晴を、私は窓の隙間から見た。大粒の涙を流し、「瞳、ごめんね」と謝り続ける彼の姿。
しかし、私は「行けばいいじゃん。アンタなんかいてもいなくても一緒だ」と心の中で吐き捨て、最後まで顔を見せなかった。
あの時、最低なことを言ってしまった自分と、いじめっ子の同町圧力に屈してしまった晴。七年間、この二つの後悔が、私の胸に重くのしかかっていた。
春青学園の校門に近づくにつれ、新入生たちの放つ熱気と緊張感が肌を刺す。美湖は、さらにテンションを上げた。
「ねぇねぇ、瞳ちゃん!絶対これだよ、噂のイケメン!」
美湖が指差す先、集団の中心で女子たちが目を輝かせている。
「噂?」と訊き返す私に、美湖はスマホの画面を見せる。
「うちの学年、マジで漫画から飛び出してきたみたいなイケメンがいるらしいの!帰国子女で、身長が百八十超えてて、顔がモデルみたいに小さい。しかも、髪の色は茶髪で、超おしゃれなんだって!」
「へえ」私は興味のないフリをした。
「ねぇ、興味ないでしょ!?そういうとこ!ほら、聞いて!」美湖は立ち止まり、私の二の腕を揺さぶる。「名前がね、善通寺って名字らしいんだけど、きっとこの子だよ!あんな完璧なイケメンが、この学園に来るなんて奇跡だよ!」
(善通寺……)
私は一瞬、心臓が跳ねたが、すぐに打ち消した。善通寺なんて名字は珍しくない。
それに、あの泣き虫の晴が、身長百八十超えの「超おしゃれ」な貴公子になるはずがない。
私は自分の体格を過度に意識し、校則ギリギリの地味な服装を心がけている。
どうせ自分はゴリラ女だ。そんなキラキラした世界の住人とは無縁なのだ。
体育館に入ると、美湖は前の方を主張したが、私は「具合が悪いから」と嘘をつき、壁際の隅、誰にも注目されない目立たない席に座ることを選んだ。体育館全体を見渡せる、逃げ場のない場所だった。
校長先生の退屈な祝辞が延々と続き、私は美湖の肩にもたれて、周りの目を気にしながら早くこの時間が終わることだけを願った。
(早く終わって。静かで平和な高校生活になってほしい。私をいじる奴なんて、もう誰もいない……)
そう思っていると、進行役の先生がマイクを叩き、厳かな声で告げた。
「続きまして、新入生代表挨拶。新入生総代、一年A組、善通寺 晴」
ドクンッ。
私の心臓が、まるで誰かにハンマーで強く叩かれたかのように、大きな音を立てた。全身の血の気が引いていくのが分かる。
善通寺……晴?
美湖が私の腕を強く掴んだ。彼女の興奮した声が、遠くで聞こえる。
「瞳ちゃん、ほら!噂のイケメンだよ!」
私の思考は完全に停止した。七年間、私の心に呪いを植え付けた、世界でたった一人の幼馴染の名前。
体育館の空気が変わる。静寂の中、壇上の脇にある扉から一人の男子生徒がゆっくりと歩み出てきた。
その瞬間、ざわめきすら起こらない。彼は、ただそこに立っているだけで、周囲の光を全て集めているように見えた。
身長が、とんでもなく高い。私よりさらに十センチは高いだろう。スラリとした体躯は、ただ細いのではなく、しっかりと鍛えられていて、制服の着こなしすら完璧だ。
そして、噂通りの色素の薄い、太陽の光を反射するような美しい茶髪。その髪は、海外の風を受けて育ったのか、柔らかいウェーブがかかっている。顔立ちの美しさは、まるで美術品のように精悍で、硬質な美しさを放っている。七年前の泣き虫の面影は、微塵も残っていない。
彼は、マイクの前に立つと、会場全体を睥睨するように静かに一瞥し、口を開いた。
「新入生を代表し、一言ご挨拶申し上げます」
声が低い。
落ち着いていて、どこか余裕を感じさせる。まるで、何年も前からこの世界を歩いている「大人」のようだった。七年前の、鼻を拭っていた頼りない声は、もうどこにもない。
私の頭の中は、必死に彼の面影を探し続けた。耳の形、目の色、少しだけ笑う時の口角の上がり方。
この人が、あの晴だ。
挨拶を終えた彼は、壇上からゆっくりと視線を移動させた。そして、数百人の生徒の中から、正確に、隅の席に座る私を見つけた。
私たちの視線がぶつかる。私は息が止まり、体が硬直して動けない。
彼は私を見て、その完璧な表情を、ほんの少しだけ緩めた。それは、周囲に向けた「貴公子」の仮面ではない。
七年前の、私だけが知っていた、少しだけ困ったような、心からの優しさをたたえた目をした。その瞳の奥には、七年分の後悔と、私への切ないほどの謝罪の意が滲んでいた。
そして、彼はマイクを握る手を緩め、誰にも気づかれないように、唇だけで何かを動かした。
「……久しぶり、瞳」
驚きで耳鳴りがする私に向かって、彼は静かに、優しく、右手の親指を立てた。その仕草は、まるで七年前に彼が言えなかった「大丈夫だよ」「もう心配するな」という、優しさに満ちた大人の励ましのように感じられた。
さらに彼は、私をまっすぐ見つめたまま、もう一度ゆっくりと口の動きだけで告げた。
「ただいま。君の理想になれたかな?」
彼の瞳には、七年前の私の絶望も、彼自身の後悔も、そして「もう二度と君を傷つけない」という、誰よりも優しく、頼れる男になるという決意も、全てが詰まっているように見えた。
私は壇上のイケメンから目を離せず、体中の血が沸騰するような衝撃に襲われた。
(ああ、最悪だ。なんで、私の最高の理想の定義に、あの最低な幼馴染がパーフェクトに当てはまってんの……!)
私の高校生活は、始まった瞬間に、彼の甘く、そして歪んだ「スーパーダーリン」という名の呪いにかけられた。
===作者コメント================
スパダリ大好きなんです。
Twitterのアカウントとか需要あります?
あと、初めて投稿するので、暗黙のルールみたいなのあったりするんですかね?
何かマナー的なものとかあれば教えてください。
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