第27話 戦乙女に恋は難しい

「会いたいな…」




がしゃどくろの討伐に向かった零を見送った後、美影は桜刃邸の庭で一人鍛錬をしていた。零と暮らすこの家の、自慢の日本庭園はふたりの鍛練の場でもある。


心安らぐ緑の間に顔を出す朝顔と紫陽花は、美影と零が丁寧に育て、咲かせたものだ。


少し前に、これなら暑い夏も楽しくなりそうだね、と二人で笑い合ったことを思い出し、美影はふっと笑った。




「一色 八重」




零のことをもっと考えていたいが、十年続けてきた訓練を休むわけにはいかない。


すぐに気持ちを切り替えた美影は、眩しい日差しを物ともせず、軽やかに舞い、愛刀・白露を高速で八回振った。


庭の景観を壊さないよう、威力は十分の一以下に抑えているが、八つの弧は見事なまでに美しい。速度も、酒呑童子と対峙した時より格段に上がっている。




『やるなあ、美影はん。また腕上げたんとちゃうん?』




彼女の相棒・夜叉は姿を現し、目を輝かせた。外見は恐ろしいが、相変わらずノリが軽い。真夏ということで、暑さ対策として百均で買った扇子と、今流行りのハンディファンを持っている。




「ねえ夜叉。神様って暑さも寒さも感じないんだよね?」


『そやで』


「じゃあ、何で扇子とハンディファンをずっと持ってるの?」


『…何となくおもろいから。あと、ワイも若い女の子みたいなことしたいんよ~』




いつも通り愉快な夜叉を微笑ましく思いつつ、美影は白露を持ち直した。




「三色 花曇り」「四色 泡沫」「五色 天つ空」




優しい色合いの霞を出現させ、同時に白露の刃が透明感あふれる薄水色へと変わった。


「花曇り」で目くらましをして、「泡沫」で気配を消し、最後は「天つ空」で天高く飛び上がった。


美影は簡単にやっているが、本当は途轍もなく難しい。普通は、十年以上神在としての経験を積んできた者が体得する技だ。十六歳で体得できたのは、言うまでもなく美影の努力の賜物だ。




『美影はん。そろそろ休憩したらどうなん?ちょっと顔赤いで』


「あと五分続ける。零くんが戦っている時に、私だけ休むなんてできない」




夜叉の忠告を聞かず、美影は一心不乱に白露を振り続けている。


「八重」、「石楠花」、「花曇り」、「泡沫」、「天つ空」を延々と繰り返し、「七色 蓬莱」まで発動させた。それも、榊をほとんど使わずに、だ。


常人とは比べ物にならない体力を持つ美影だが、暑さで顔が火照っている。それでも、酒呑童子の炎を思えば痛くも痒くもない。






『はい、お疲れさん。もうちょい休憩入れたらええのに』




五分が経過し、榊があと少しで切れそうという所まで減ったので、美影は一旦自室に戻り、畳の上に腰を下ろした。黒条本邸とは違い、零の家は本当に居心地がよく、空気が澄んでいる。




「ありがとう。夜叉」




夜叉が持ってきた氷入りの麦茶をしっかりと飲むと、美影は本棚の上にある写真と桜のネックレスに目をやった。


上品な白の額縁に収められているのは、零とデートに行った日に撮ったものだ。




イルカショーを最前列で見て、2人揃ってずぶ濡れになってしまったこと。


昔、将彦と三人で通った甘味処で、わらび餅と白玉あんみつを二人で分け合ったこと。


もう一度観覧車に乗り、宝石を散りばめたような夜景を楽しんだこと。




写真を一目見るだけで、たくさんの思い出が蘇ってくる。






付き合い始めてまだ三か月だが、本当に幸せなことばかりだった。二人の時間を過ごす度に、美影は零のことを改めて好きになっていった。




『このネックレスは“約束”だ』




真っ直ぐな言葉と共に、零がプレゼントしてくれた桜のネックレスは、美影の一番の宝物になっていた。


毎朝ネックレスを眺め、零が美影にだけ見せてくれる優しい笑顔を思い浮かべて、朝から一人で笑顔になっていた。


零の帰りが遅い日は、ネックレスをそばに置いて、彼の顔を一秒でも早く見たいと願った。


――しかし、想いが募る一方で、罪悪感も増していった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る