戦闘力ゼロ、スキル【絶対交渉術】。ゴミスキルとバカにされたが、前世(詐欺師)の俺には、神すら手玉に取る最強の口説きスキルだった
Shi(rsw)×a
第1話【絶対交渉術】はゴミスキルか?
人間は、二種類に分けられる。
騙す側か、騙される側かだ。
前世の俺は、間違いなく前者だった。
言葉一つで富豪から全財産を巻き上げ、嘘一つで小国の政治すら動かした。俺にとって世界は巨大なカジノであり、人間はチップに過ぎなかった。「誠実」なんて言葉は、辞書の中で一番価値のないゴミだった。
だが、そんな俺の最期は呆気ないものだった。
騙した相手の恨みを買ったんじゃない。ただの交通事故だ。皮肉なもんだよ。何万人もの人生を狂わせておいて、自分はどこにでもいる居眠り運転のトラックに潰されて終わるなんて。
薄れゆく意識の中で、俺は思ったものだ。
(……もし、次の人生があるなら。今度はもっと上手く立ち回ってやる。誰にも邪魔されず、全てのチップをこの手に掴んでやる)
そんな最期の「強欲」が、神様とやらの琴線に触れたのかもしれない。
気がつくと、俺は異世界にいた。
* * *
「次、リヒト!」
神官の事務的な声が、薄暗い神殿に響いた。
俺――リヒトは、緊張で少し湿った手で粗末な麻の服を握りしめ、祭壇へと進み出た。
ここは王都の貧民街にある小さな教会だ。今日は月に一度の「洗礼の儀」。十歳になった子供たちが、神から「スキル」を授かる人生最大の分岐点である。
「……ふぅ」
俺は短く息を吐き、祭壇の前に跪いた。
転生してから十年。この世界は、俺が知る地球とは根本的にルールが違っていた。
剣と魔法。魔物とダンジョン。そして、神が与える「スキル」が全てを決める世界。
どんなに努力しても、才能がなければ一流にはなれない。逆に、強力なスキルさえあれば、一夜にして英雄になれる。実に分かりやすくて、残酷な世界だ。
俺は孤児だ。親の顔は知らない。物心ついた時には、この薄汚れた教会の孤児院で、その日暮らしの生活をしていた。
前世の記憶は鮮明にある。だが、十歳の子供の体では、できることなんて限られていた。知識があっても、それを活かすための元手も信用もない。
だからこそ、今日の「洗礼」が全てだった。
(頼むぜ、神様。せめて戦えるスキルをくれよ。【剣聖】とか【大魔導師】なんて贅沢は言わない。【剣術C】とか【火魔法D】でもいい。この底辺から抜け出すための、最初のチップが欲しいんだ)
俺は祈るような気持ちで、神官が差し出した水晶玉に手を触れた。
水晶が淡く発光する。
神官がその光の色と輝きを読み取り、神託の書に記された文字列を読み上げる。
「……リヒト。授かったスキルは――」
神官が一瞬、怪訝そうな顔をした。
そして、興味なさそうに、吐き捨てるように言った。
「【絶対交渉術】。……聞いたことのないスキルだな。だが、戦闘系でも生産系でもない。おそらく『商人』系の派生だろうが……魔力反応は極小。ランクは
「……え?」
俺は耳を疑った。
絶対、交渉術?
「なんだそれ、ハズレじゃねーか!」
後ろに並んでいたガキ大将が、下品な笑い声を上げた。
「『交渉』だってよ! 戦えもしねぇ、物も作れねぇ! 口先だけで何ができるんだっての!」
ドッと、神殿内に嘲笑が広がった。
この世界では、魔物を倒せる「戦闘系スキル」が最上とされる。次いで、魔道具やポーションを作れる「生産系スキル」。
それ以外は、基本的に「ハズレ」だ。
特に、貧民街の孤児が戦闘系以外のスキルを得ることは、一生貧民のままでいろと宣告されるに等しい。
「静粛に」
神官が面倒くさそうに手を振った。
「リヒト、下がっていいぞ。次!」
まるで汚いものを追い払うような仕草。
俺は呆然と立ち上がり、よろめくように祭壇を離れた。
(……嘘だろ?)
期待が大きかった分、絶望は深かった。
前世であれだけ人を騙し、操ってきた俺が。この新しい世界でも、また「口先」だけのスキルだって?
神様ってヤツは、どこまで俺の人生を皮肉れば気が済むんだ。
* * *
洗礼を終えた俺は、孤児院の仲間たちとは別れ、一人で王都の大通りを歩いていた。
賑やかな市場。冒険者たちが我が物顔で闊歩し、商人たちが声を張り上げている。
煌びやかな鎧をまとった騎士。精霊を連れた魔術師。彼らは皆、選ばれた「強者」たちだ。
今の俺には、彼らが住む世界が果てしなく遠く見えた。
(【絶対交渉術】……。ステータス画面を開いても、説明文すら出やしない。ただ名前があるだけだ)
俺は自分の手のひらを見つめた。
本当に、これはゴミスキルなのか?
前世の俺の武器は「言葉」だった。人の心の隙間に入り込み、欲望を刺激し、意のままに操る技術。
それがスキルになったのなら、何か意味があるはずだ。
その時だった。
「おい、この薄汚いガキ! 盗んだだろ!」
市場の一角で、怒号が響いた。
見ると、小太りの商人が、一人の少女の腕を掴み上げている。
見覚えがあった。同じ孤児院の、少し年下の女の子だ。名前は……確か、ミーナ。
「やってない! 私、見てただけだもん!」
ミーナが泣きながら叫ぶ。
「うるさい! この店の商品が一つ足りないんだ! お前みたいな貧民が出入りしてから、無くなったんだよ!」
商人はミーナのポケットを強引に探る。だが、何も出てこない。
「……チッ、どこに隠した! まあいい、盗みの現行犯で衛兵に突き出してやる。それが嫌なら、賠償金として金貨一枚払え!」
金貨一枚。貧民街の家族が半年は暮らせる大金だ。払えるわけがない。
典型的な因縁だ。貧しい子供を脅して、親や関係者から金を巻き上げる、悪徳商人の常套手段。
周囲の人々は遠巻きに見ているだけだ。誰も助けようとしない。
(……胸糞悪いな)
前世の俺も悪党だったが、こういう美学のない小悪党は一番嫌いだった。
俺はため息をつき、群衆をかき分けて前に出た。
「ちょっと待ってくれよ、旦那」
俺は商人とミーナの間に割って入った。
「あぁ? なんだお前も、こいつの仲間か?」
商人が俺を睨みつける。脂ぎった顔。欲にまみれた豚のような目。
その瞬間。
俺の視界が、奇妙に歪んだ。
キィン、と高い音が脳内で鳴り響く。
商人の顔の横に、半透明の「ウィンドウ」が浮かび上がったのだ。
【対象:下級商人ボルツ】
【欲望レベル:B(金銭欲、食欲、サディズム)】
【現在の思考:『今日は売り上げが悪い。このガキをカモにして、今日の赤字を埋めてやる。衛兵は面倒だから呼びたくない。適当に脅して銀貨数枚でも取れれば御の字だ』】
【嘘確率:100%】
【弱点:帳簿の粉飾、妻への隠し財産】
(……は?)
俺は我が目を疑った。
なんだ、これ? 商人の心の声が……いや、もっと深い「情報」が、文字になって見えている?
俺は思わず、隣で震えているミーナにも視線を向けた。
【対象:孤児ミーナ】
【欲望レベル:D(食欲、安全欲)】
【現在の思考:『怖い、助けて。私は本当に何も盗んでない。ただ、綺麗なパンを見ていただけなのに』】
【嘘確率:0%】
(なるほど……そういうことか!)
全身に鳥肌が立った。
これが【絶対交渉術】の力。
相手の心を読むなんて生易しいものじゃない。相手の「欲望」と「弱点」、そして言葉の「真偽」を完全に可視化するスキル。
詐欺師だった俺が、一番欲しくてたまらなかった究極のチートツールじゃないか!
「……ククッ」
自然と、笑みがこぼれた。
ゴミスキルだって? バカを言え。
これは、最強の武器だ。
「なんだ、気持ち悪いガキだな! お前もまとめて衛兵に……」
「衛兵を呼びたくないのは、アンタの方だろ? ボルツさん」
俺は商人の名前を――ウィンドウに表示された情報を――口にした。
商人がピクリと反応する。
「な、なぜ俺の名を……いや、店の看板を見れば分かることだ!」
「今日は売り上げが悪いみたいだね。焦る気持ちは分かるよ。月末のギルドへの納金、足りないんだろ?」
俺はウィンドウに表示される「現在の思考」から、さらに一歩踏み込んだ推測を口にする。
商人の顔色が変わった。図星だ。
「て、適当なことを言うな! 俺の店は繁盛している!」
【嘘確率:100%】の表示が、赤く点滅する。
「へぇ、繁盛してる店が、たかだかパン一つの万引き疑惑で、こんなに目くじら立てるかな。しかも、まだ盗品も見つかってないのに」
「こ、これから見つけるんだ! きっと仲間に渡したに決まってる!」
「なら、衛兵を呼ぼう。俺が呼んできてやるよ」
俺は踵を返すフリをする。
「ま、待て!」
商人が慌てて俺の肩を掴んだ。
「……子供相手に衛兵なんて大袈裟だ。今回は、その、示談にしてやってもいい」
思考ウィンドウが更新される。
【現在の思考:『やばい。衛兵を呼ばれたら、商品の在庫確認をされるかもしれない。先週横流しした小麦の粉飾がバレる!』】
(なるほど、そういうことか。ビンゴだ)
俺はニヤリと笑い、商人の耳元に顔を寄せた。
周囲には聞こえないように、だが商人にははっきりと、死神の囁きのように告げる。
「なぁ、ボルツさん。『先週の小麦』、どこにやった?」
「ヒッ!?」
商人が短く悲鳴を上げ、飛び退いた。
顔面蒼白。脂汗が滝のように流れ落ちる。
「な、ななな、何を……」
「ギルドの監査が入ったら、一発アウトだろうな。帳簿と在庫が合わないんだから。……ねぇ、衛兵を呼ぶ? それともギルドの職員を呼ぼうか?」
俺は畳み掛ける。
相手の逃げ道を完全に塞ぎ、精神的に追い詰める。前世で何度もやってきたことだ。
商人の目から、威圧的な色が消え、怯えの色が浮かぶ。
【現在の思考:『なぜコイツがそれを知っている!? 悪魔か!? いや、どこかで見られていたのか? まずい、破滅だ!』】
完全に落ちた。
俺はゆっくりと、商人に手を差し出した。
「……慰謝料だよ、ボルツさん。濡れ衣を着せられた彼女の心の傷は深い。銀貨……そうだな、五枚ってところか?」
金貨一枚(銀貨百枚相当)をふっかけた相手に対し、現実的だが痛い金額を提示する。
「ぎ、銀貨五枚だと!? ふざけるな!」
「おや、安いもんだろ? アンタの店の『信用』と、これからの『商売』を守るための必要経費だ。それとも、奥さんに『隠し財産』の話でもしようか? あの壺の中の……」
「わ、分かった! 払う! 払うから黙ってくれぇ!!」
商人は半泣きになりながら、懐から銀貨を五枚取り出し、俺の手に押し付けた。
「もう二度と来るな! この疫病神!」
捨て台詞を吐いて、商人は店の中に逃げ込んでいった。
周囲の野次馬たちは、何が起きたのか分からず、ポカンとしている。
俺は銀貨をチャリと鳴らし、まだ震えているミーナに向き直った。
「ほら、もう大丈夫だ。帰れるか?」
「う、うん……ありがとう、リヒト君……」
ミーナは涙目で何度も頷き、逃げるように走り去っていった。
俺は手の中の銀貨を見つめる。
ずしりと重い、本物の銀貨。
たった数分の「会話」で、俺は孤児院の子供たちが一ヶ月働いても稼げない金を手に入れた。
……笑いが止まらなかった。
「ハハ……最高だ。最高だよ、神様!」
俺は空を見上げて、洗礼の時とは違う意味で神に感謝した。
この【絶対交渉術】があれば。
どんな強敵の弱点も見抜ける。どんな嘘も見破れる。どんな絶望的な状況でも、活路を「交渉」で切り開ける。
剣も魔法もいらない。
俺はこの舌先三寸で、この異世界を完全に攻略してやる。
「さて、元手はできた。……次は、もう少し大きな『商売』といこうか」
俺は市場の喧騒の中に、新たなカモを探して歩き出した。
足取りは、転生してから一番軽かった。
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