メリアと不思議な列車
稲屋戸兎毛
第1話 不思議な列車①
年の暮れ、一年の終わり、煩悩の鐘が鳴り響く夜。幼い少女はふっと目を覚ました。
見た目歳の頃は10才程だろうか、栗色の長い髪を腰まで下ろし、あどけない瞳には年相応の好奇心を宿している。
重たい瞼を擦りながら、チラリと時計を見ると、時計の針はまだ深夜を指し示していた。
数時間後には今年初めての太陽が昇るとはいえ、まだまだ夜は長い。目が覚めるには早すぎる時間だと思った。
夜中にふっと理由なく目が覚めることは誰にでも経験があるだろう。
しかし少女には、自分が置かれているこの状況が不思議で仕方がなかった。
べつにトイレに行きたいわけでもなければ、昼間にうたた寝をしていたわけでもない。
一度眠りについたら体を揺すられても朝まで起きる事はなく、朝になっても目を覚さないこともよくある事だった。
だからこそ、なぜ自分が目覚めたのか理解できずにいた。
まだ暗い部屋の中、そんなことを考えていると、ふっと誰かに呼ばれているような気がした。
実際に誰かの声が聞こえてきたわけではない。
だからこそどうしてそんなことを思ったのかわからなかった。
だがなぜか、自分は誰かに呼ばれていると強く思ったのだ。
布団からゆっくりと立ち上がり、足元に気をつけながら暗闇の中を歩いていく。
少女の部屋は2階にあった。
片手を壁に添わせながら、おぼつかない足取りで階段を降り、そのまま廊下を進む。
玄関へとたどり着いた少女は、暗闇の中手探りで、お気に入りの靴を見つけると、左足、右足と順に足を通していく。
2歩、3歩と歩みを進め、玄関の扉を開けようと扉に手を掛けたところで、ピタリと動きを止めた。
玄関扉に手をかけたままの姿勢で考える。
こんな時間に一人で外に出て、両親に怒られはしないだろうか。
今まで一度だって、こんな時間に一人で外に出たことなどなかった。
そもそも出たいと考えたことすらなかった。
だからこそ、何か怖いことや辛いことが、外で待っているのではないかという不安と、なぜ自分は外に出ようとしているのか、という疑問が頭の中を駆け巡る。
漠然とした不安と疑問が、モヤモヤと心の内を満たしていく。
「やめておいた方が良い」
どこかで誰かが、そう言っている様な気がした。
扉の隙間から溢れる霧のような冷気が、好奇心を後ろに押し込んでいく。
その声に従ってこのまま引き返すことが、正しいことのようにも思えた。
しかし少女は止まらなかった。
やめた方が良い、そう頭では分かっていても、外に出なければいけないという、使命感にも似た強い想いの方が勝っていたのだ。
自分自身にさえ説明することのできない、想いに突き動かされた少女は鍵を開け、扉を開いて外に出た。
開け放たれた扉から、冷たい空気が勢いよくなだれ込んでくる。
全身を突き刺すような空気に、少し目を細めて身震いした。
月と星と闇が支配した世界で、細めた瞼から滲み出す光景に思考が止まる。
まだ自分は布団の中で眠っていて、これはそんな自分が見ている夢なのではないのかとも思った。
それほどまでに、目の前に広がる光景は現実味がないものだったのだ。
少女の住んでいた家は、2階建ての一軒家だった。
幅4m程の道路に面した普通の家で、青い瓦屋根を少女は気に入っていた。
海と山と川に囲まれた田舎の港町。
ありふれた街のごくありふれた民家が少女の生まれ育った家だった。
家の前の道路は、大通りに比べると狭い方ではあったが、人や車が通るのには何ら不都合のない広さだった。
宅配便のトラックや工事のトラック、街でよく見る車達や、バイクだってよく通る。
それは車かもしれないし、自転車かもしれないし、人かもしれない。
陸地で見かける大半のものは、道路を走る。
そのために造られたものなのだから、なんら不思議なことではない。
しかしこれは違うと、少女は思った。
確かに陸地を走る乗り物ではあるのだが、軋む鉄の車輪は、とてもアスファルトの上を走るのに適したものだとは思えないし。
いくつもの箱を繋げて長くした体躯は、グネグネとした細い道を走るには不向きの様に思えた。
月明かりに照らされ闇夜に映し出された外装は、漆黒の光を宿し、時折呼吸をするかの様に蒸気を噴き出している。
まるで巨大な生き物のように熱を帯びたそれは、今にも唸り走り出しそうな力強さを、全身から放出していた。
それは列車だった。
軋む鉄輪がアスファルトを掴み、咆哮のような蒸気が夜の闇を押し除けて無限に広がり続ける。
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