『お太り様の逆襲 ~愛の質量を食い潰せ~』 The Fat-Mass Success: The Most Powerful Destruction
【グルメ】 お太り様の逆襲 「沈黙の美食家が、CMを変えた日」
『お太り様の逆襲 ~愛の質量を食い潰せ~』 The Fat-Mass Success: The Most Powerful Destruction
ルミナスノワール
【グルメ】 お太り様の逆襲 「沈黙の美食家が、CMを変えた日」
序章:透明な男の至言
深夜2時。東京都心の片隅、名もなきローカル局のスタジオに、異様な静寂が支配していた。番組は『TOKYO・ドカ食い・ナイト』。視聴率は常に局の最低ラインを這い、スタッフからは「捨て番組」と揶揄されていた。
その日の主役は、ヒサシ・タチバナ。年齢不詳、体重は優に三桁を超える。彼の顔は、街の喧騒やSNSのフィルターに覆い隠され、まるで社会から透明化されたかのように目立たない。だが、彼は知る人ぞ知る、「世界で一番、食物を美味そうに食べる男」という密かな噂を持っていた。
チーフプロデューサーのオオタは、この「裏の評判」に最後の望みを託した。局の倫理規定は常に「健康的なイメージ」を要求するが、オオタは過去、太めの新人アイドルを追った番組を制作したが、マッスルバーガー競合他社であるとあるスポンサーの「健康イメージ規定」で番組を歪曲させられた過去がある。「あの時、真実の喜びを潰したスポンサーを、今度こそぶっ潰す」。彼の「嫌気」は、個人的な屈辱と復讐の炎だった。
オオタは、楽屋で先ほど飲んだ無味無臭のプロテインゼリーの感覚を、まだ口の中に感じていた。 過去、彼が自分の信条を売り渡した罪として自らに課した自罰。彼は、味覚を伴う食事を自ら禁じていた。タチバナの「食の喜び」は、彼にとって、失った信条と自罰からの贖罪(しょくざい)を意味していた。
「いいか、タチバナさん。君の持ち味は、その表情だ。一切喋るな。ただ食え。それができれば、局の意向も、世間の目も、すべてぶっ壊せる」
タチバナは無言で頷いた。彼の胸には、常に一つの至言が秘められていた。
─「誰かの行動が、それを見た何者かの人生を変える」
そして、彼らの前に、巨大なハンバーガーチェーン『マッスル・バーガー(MB)』の新作、「メガ・デリシャス・タワー」が置かれた。MBは、CMに常に細身のアイドルとボディービルダーをを起用することで「理想の肉体」を体現する者だけがわが社のハンバーガーを食べる権利を持つことが出来るというイメージ戦略を徹底管理していることで知られる業界の巨頭だった。
スタジオのモニターには、CMのキャッチコピーが浮かび上がっている
『明日からまた頑張る』ための、唯一の裏切り。100人のストイック・ボディービルダーが選んだ『チートデイ・キング』それがマッスル・バーガー!
CMは、ハンバーガーのカロリーを「筋肉を裏切らない燃料」と表現していた。彼らにとって、タチバナのような体型は、規律を持たない者、すなわち「最高の顧客」ではない者と定義されていた。
今回のメガ・デリシャス・バーガーはカロリーを全面に押し出した爆弾級の裏メニューである。それは上からバンズ、モッツァレラチーズ、ハンバーグステーキ、モッツァレラチーズ、ベーコン、ハンバーグステーキ、モッツァレラチーズ、ハンバーグステーキ、バンズという野菜の欠片もない圧倒的カロリーを生む怪物だった。
第一幕:無言の爆発
照明が落ち、カメラが回る。タチバナは、目の前のハンバーガーを見つめた。
彼はまず、その巨大な質量を両手で包み込む。バンズの焦げ目、チーズの蕩ける様、ベーコンの反り返り、ソースの艶。そのすべてを瞳に焼き付けた後、彼はまるで聖餐を受けるかのように、静かに、そして深々と、一口目を飲み込んだ。
圧巻だった。
彼の表情は、一言の台詞もなく、ナレーションもなく、ただ「旨い」という感情で埋め尽くされていた。目を閉じ、口角が上がり、眉根が緩み、そして目尻にわずかに涙が浮かぶ。それは、「この一口を食べるために、自分は生きている」という、純粋で、無条件の「生命の肯定」を象徴していた。
タチバナは、ハンバーガーの構造を丁寧に解体し、時にソースを指で掬い、時に口内に溢れる肉汁を飲み込み、その一つ一つの行為が「今この瞬間を生きている」ことを証明していた。
スタジオの隅で見ていたオオタは、涙と、そしてよだれが止まらなかった。それは、彼がテレビの世界で失いかけていた「真実の感情」だった。
この食レポの動画は、放送直後に番組のSNSアカウントからアップロードされた。タイトルはシンプルに「沈黙の美食家」。
一夜が明ける頃には、SNSは熱狂的なバズに包まれていた。
「こんなに美味そうに食う奴、見たことない」
「この男のCMなら、このバーガーのカロリーなんかどうでもいい」
「生きる喜びって、こうでなきゃだろ」
動画は瞬く間に数百万回再生を超え、タチバナ・ムーブメントが始まった。
そして、その熱狂は、タチバナと同じ体型を持つ人々、いわゆる「お太り様」たちのコミュニティにも飛び火した。
第二幕:排他への怒りと連帯
タチバナの動画のコメント欄に、一人の女性が投稿した。
「あの人を見て、本当に嬉しかった。でも、マッスル・バーガーは私のような体型の人たちをCMに起用しない。なんで私たちをマッスル・バーガーは無視するの?」
彼女は、SNSでフードブロガーとして活動する、ミカという女性だった。彼女の投稿は、それまで抑圧されていた不満と疑問を一気に爆発させた。
ミカは過去、CMオーディションで「あなたの笑顔は素敵だが、ターゲット層の購買意欲に繋がらない」と、体型を理由に明確に拒絶された経験があった。彼女の怒りは、個人的な尊厳を踏みにじられた痛みに根ざしていた。
そしてその痛み、不満、疑問はお太り様に伝播した。
「そうだ!なぜ、あのタチバナさんのように、誰よりも美味そうに食べられる我々をCMに起用しない?」
「彼らのCMには、我々の『生きる喜び』は映らない。あれは排他だ!」
この声に、長年、自身の体型と企業のマーケティングの狭間で苦しんでいた有志たちが結集し始めた。彼らは、単なる怒りではなく、ただ「我々を否定しないでほしい」という気持ちに基づいた、「私たちの存在を肯定せよ」という要求を掲げた。
彼らの代表となったミカは、警察へデモ行進の申請を行った。
「私たちは暴力も破壊も求めません。求めるのは、『マッスル・バーガーの最高の顧客である私たちを、CMでも顧客として認めること』です」
警察は申請を許可した。「警察指導の元、正当な抗議デモ」という、極めて合法的な、そして論理的に非の打ち所のない抗議が準備された。
第三幕:論理の崩壊と倫理の勝利
デモの日。マッスル・バーガー本社前は、多様な体型を持つ人々で埋め尽くされた。彼らはハンバーガーを食べながら、「We Are Your Best Customers!(私たちは最高の顧客だ!)」と、喜びと尊厳に満ちた声を上げた。
この「警察指導の正当なデモ」は、MBの経営陣を深く困惑させた。デモ隊を排除することはできない。批判することもできない。なぜなら、彼らは「正当な顧客の声」であり、彼らの訴えは「なぜ我々を排他する?」という、企業の倫理的な矛盾を突く、最も鋭い問いだったからだ。
MBの広報部長は頭を抱えた。
「我々の『不健康イメージ回避』という論理が、『顧客無視』という致命的なイメージ崩壊を招いている。我々は間違った論理を守ろうとしていた…」
屈したMBは、デモから一週間後、緊急記者会見を開いた。
「我々のCM戦略は、『理想の押し付け』という点で、顧客の皆様の多様な存在を無視していました。深くお詫び申し上げます」
そして、彼らは「ボディ・ポジティブ」の名の元、新しいCM戦略を発表した。
終章:現実になった至言
新しいCMには、タチバナが起用された。彼は再び無言でハンバーガーを食べる。しかし、今回は、彼の表情にカットインして、デモに参加したミカや、様々な人々の「最高の笑顔」が映し出された。
CMは大きな反響を呼んだ。一部からは「不健康を助長する」という批判が上がり、一時的に売上は増減した。しかし、「真実の喜び」を求める人々の支持は強く、やがてMBの売上は以前の記録を越えた。
お太り様たちは、社会を変えることに成功したのだ。
番組を企画したオオタは、タチバナに尋ねた。
「タチバナさん、あなたは本当に世界を変えました。なぜ、あの時一言も喋らなかったんですか?」
タチバナは微笑み、静かに答えた。
「言葉は、良くも悪くも捉えられる事が多い。だから、私はただ『生きざま』を見せたかった。「私の行動が、誰かの人生を変える」それこそが、私の座右の銘だからです」
彼の至言—「誰かの行動が、それを見た何者かの人生を変える」—は、タチバナという一人の男の「生きざま」を通じて、現実の社会の「非情な論理」を打ち砕き、「お太り様への、肯定」へと世の認知を変えた。
そして、その瞬間、タチバナは、自分が世界を変えるために「世を震わすほどの何か」を引き起こす役割を担っていたことを確信したのだった。
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