第24話 雨上がりの教室で、影を整理する

校舎の窓から差し込む昼の光は、曇天にやわらかく遮られ、

教室内を静かに薄暗く染めていた。


葉月は自分の席でお弁当を広げ、

箸を持ちながらも窓の外の庭をぼんやりと眺める。


雨上がりの校庭には水たまりが残り、

緑が鮮やかに光っていた。


けれど――

屋敷での出来事の影が、まだ胸の奥に重くのしかかっていた。


スマートフォンが小さく振動する。


画面には「ご主人様」の文字。

葉月は軽く息を整え、そっと電話に出た。


「はい、葉月でございます。ご連絡ありがとうございます」


『葉月くん、先日の件だが……状況を整理したところ、少々複雑なようだ』


千秋父の声は冷静だが、

どこかに事の重さが滲んでいた。


「承知いたしました。

 具体的な内容は、差し支えなければお聞かせいただけますでしょうか」


『まず、涼香くんの行動については主として謝罪する。

 君に負担をかけたことは重々承知している』


葉月は短く頷く。


「お気遣い、恐れ入ります。

 事実として、受け止めるほかございません」


『それから、君に見てもらいたい資料がある。

 憂くんの誕生日の様子を収めた動画だ』


葉月は少し間を置き、端末を手に取った。


画面には、

千秋がピアノを弾き、憂が歌う姿。


「……ご主人様、これは屋敷での憂の誕生日のひとときを撮影したものです」


受話器の向こうで、ご主人様がゆっくりと息をつく。


『なるほど……演奏も歌も、実に落ち着いた表情で楽しんでいる。

 千秋との関係も伝わる……いい映像だ。ありがとう、葉月くん』


葉月は短く頭を下げた。


「恐縮です。

 石田からも、憂のカウンセリング報告において、違和感があると伺っております」


『そうか……では、慎重に状況を見極める必要がある』


千秋父の声が、少し低くなる。


『それから、御陵家についても調査を進めた。

 長女・雪乃くんが幼少期に交通事故で亡くなっていることも確認した。

 また、涼香くんが脅迫メールを受け取っていた件も自白されたようだ。

 脅迫者の正体を突き止める必要がある』


葉月は息をのんだ。


「承知いたしました。

 石田と相談しながら、状況の整理に協力いたします。

 脅迫メールの件も、注意深く追及します」


『ありがとう。焦らず、慎重に対応すること。

 必要な際にはこちらから連絡する』


通話が切れ、静けさが戻る。


葉月は窓の外の光を見やり、

そっと箸を取り、昼食を口に運んだ。


雨上がりの校庭の緑は静かに揺れている。

遠くで屋敷の影を思わせるその光景に、

葉月の心も少しずつ整理されていくようだった。


昼食を終えると、

葉月はスマートフォンを手に取り、もう一つの作業に移る。


雪乃の遺品――

古びたノートの内容をデータ化したものを慎重に確認し、

ご主人様宛にメールで送信した。


送信ボタンに触れる指先が、わずかに震える。


それでも葉月は静かに息を整え、ためらいなく押した。


「……これで、確認していただけますように。」


送信ボタンを押すと、

画面には送信完了の通知が静かに光った。


しばしの沈黙。

葉月は深く息をつき、ゆっくりと顔を上げる。


そして、ふっと微笑む。


「よし、午後の授業も頑張らないと、ね」


――さっきまでの仕事モードが嘘のように、

いつもの明るい声が教室に戻ってきた。


教室の光が、彼の素の笑顔をやわらかく照らしていた。

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